鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、…

鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、考えたこともつらつらと。

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本棚のない文学部学生。

 近年、活字離れがよく取り沙汰されるが、いち文学部生として少し考えたことをまとめたい。  読書を取り巻く現状として、近年よく叫ばれることではあるが、読書という行為自体に割かれる時間がほとんどないという点がある。(以下を参照)  さらに、一般的な文脈上で語られる“ 読書 ”とは、いわゆるビジネス書や自己啓発系の話題作を読む、ということを指していて、小説は含まれていないと感じている。書店の話題書のコーナーに小説が置かれていることはほとんどないし、芥川賞や直木賞が発表された時に

    • トリレンマ。

      「覚悟はできています」 リーダーは椅子に深く腰掛け、僕を見上げている。その表情は毅然としているが、そこはかとない人情が皺に滲み出ている。 「……私にはね、たくさんの同志がいたよ。夢を語り合い、勝利を信じて疑わなかった、かけがえのない同志達が」 リーダーの視線には、理屈では説明しきれない威厳が宿っている。 「しかし、今こうして心臓を打ち鳴らしているのは、私一人しかいない。その意味が分かるかね?」 「誰よりも強い覚悟を、リーダーは……」 「その逆だよ」 リーダーは咳払

      • 不眠の神様。

        「お前は俺に、愛されてしまったのさ」 彼は自らを不眠の神様と名乗った。 「でも、これは夢ですよね」 頭はすんと冴えている。 「いいや、夢じゃない。目を開いてごらん」 遮光カーテンが再現する暗闇。ぼんやりと天井が知覚できるが、呼吸のできる深海に放り投げられたような感覚の方が強い。 「お前はもう、満足に眠ることは出来ないな」 重力が遅れてやってきたみたいに、脳みそがぎしぎしと重くなる。このしこりを取り除く作業が眠りだとしたら、僕はちょっとした煉獄に閉じ込められる

        • デイリー。

          チャットGPTに食ませた文章を、マッチした相手に送る。まるで星新一が描いたディストピアみたいだなと辟易をする。いや、例えば妖精みたいなモチーフがない分、今の世界の方がよりグロテスクなのかもしれない。誰かの思惑に最適化される自分を見ていると、ほとほと嫌気がさす。 見渡しても、打算的なものしか目に映らない。打算的な家具、打算的な服、打算的な性愛。先人たちの飽くなき闘争の果てに得たものが、打算的なものであるという結末は、悲劇にしてもよく出来すぎている。そこはかとない諦念や鬱憤を、

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        • 一万編計画
          1,341本
        • Handmade Stories
          4本

        記事

          Burnt butter.

          よく熱したフライパンにバターを落とす。すぐにバターは輪郭を捨て、その芳香で他者に死化粧をしようとする。僕はフライパンを持ち上げ、溶け出したバターを全体に拡げる。バターは急速に焦げ付き、フライパンの表面に拘泥する。うたかたの香りだけが、キッチンにこびりつく。火を止めて、回路を思考に切り替える。 恋愛をこの状況に仮託してみる。初めはバターが僕なのかと思った。つまり、熱源に自ら飛び込んだことで、僕の輪郭は溶け落ち、その儚き抵抗として甘すぎるくらい艶やかな香りを醸す。メタファー、あ

          インターホン。

          鍵穴が変わっていた。マンションのエントランス、鍵のきっさきが触れた瞬間、この鍵が拒絶されていることを悟った。まったく、きっと放置している郵便受けにでも新しい鍵が入っているんだろう。時刻はてっぺんを過ぎていて、管理会社に電話しても徒労に終わるし、知り合いの住人においそれと助けを求めることもできない。誰かがコンビニにでも出向いた時、盗人のように侵入する他がない。僕は溜息をついて、せめてもの抵抗として自分の部屋番号の呼び鈴を鳴らした。 「はい」 僕はびっくりした。間違えて隣人の

          Vivid.

          ワインを飲むといつも眠くなる。これは紛うことなき啓示だ。宿命だ。世界はワインを通じで僕に大切なメッセージを発信している。バルの喧騒では聴き逃してしまうかもしれないから、僕はマンション8階の自室で静かにカベルネ・ソヴィニヨンを迎え入れる。 すぐにボトル一本分を飲みきってしまうけど、集中力が足りない。そこにあるべき啓示がないものとして振る舞う……まるでパントマイムの傀儡になったみたいだ。僕はベッドに移り、仰向けになって聴覚に心血を注ぐ。脳のリソースを、耳とその周辺の感覚器官に集

          唾棄。

          ウイスキーに唾液を垂らすと、自分がウイスキーの一部として溶け込んだような錯覚に陥る。唾液ほど、自分自身を仮託できるものは他に存在しない。初めは簡単に出るのに、数刻も過ぎれば枯れてしまうという縛りもある。幼気な私をウイスキーに溶け込ませることが私の嗜みであり、私の慈愛であった。 昨夜は、特にその欲求が殊更だった。私の瞼は眠りを拒絶して冴え、肝臓は求職を渇望していた。私はサディストでありマゾヒストだ。コップ一杯に自分を溶け込ませないと、昨夜は気が済まなかった。私は水道水を非常用

          パスタが有り余る。

          毎日、500gのパスタを茹でている。たっぷりのお湯を十分に沸騰させて、塩をひとつまみ。ミックスペッパーを儀礼的に削り落として、円錐を象るようにパスタを投入する。時間は計らない。僕はパスタと会話をする。パスタ1本1本の要望を聞いてはいられないから、無作為な10本のパスタの意見を参考にする。聖徳太子みたいに全員の意見が聞ければどんなに良いかとは思うけど、例え聖徳太子であっても約1000本のパスタの意見全てを聞くことはできないだろうから、裁判員制度的な抽出が妥協点だ。 頃合を見て

          半分夢を見る。

          潮が満ちていく速度を感覚的として認知できないのと同じように、昼間の眠気は自然と満ちていく。気付いたら入眠のぬかるみに足を踏み入れていて、多くの人は平静を装ったつもりの中、発情したキリンみたいに首を振っている。覚醒と睡眠がせめぎ合う中で夢を見ることはできないが、ぬかるみの中では半分夢を見ることができる。 前腕にハンカチをかけて、机に突っ伏す。目を閉じて、ぬかるみに体重を預けて沈んでいく。そうすると、脳内の暗渠たるデータベースに接続することができる。紡がれる予定の下ごしらえを味

          亜オフィス。

          見知らぬ街の、見知らぬオフィスを眺めることが何よりも好きだった。ビルの2、3階にある、業態も分からないオフィス。僕は裏びれたビジネスホテルの低層階を好んで予約し、目の前にある裏びれたビルのオフィスを眺めることが好きだった。気に入ったオフィスなら、何日もその部屋を延泊した。僕にとって、旅とは覗きであり、純粋な傍観者になれる唯一の手段だった。 ちょうど5日が経って、その日のオフィスは定休日だった。休日出勤をしている人はいなくて、電気のついていない部屋は、孤独死を孕んだ空間のよう

          スター・ラヴァー。

          星空の下でも、僕は思いを告げることが出来なかった。星はありのままの輝きを降り注いでくれているのに、僕の心の壁はすんと、まるでベルリンの壁が立ち戻るみたいに堅牢さを殊更にして、気づけば僕は口を開くことすら難しくなっていた。寄せ合う肩は体温を共有しているのに、言葉は結び目が解けたように紡がれることはなかった。 「あ、流れ星」 「……」 それは、星屑に過ぎないのに。 「何をお願いしましたか?」 「……」 不可能な復唱を課すことは、夢が往々にして叶わないことに対するメタフ

          人形棚。

          またひとつ、人形が増えた。 使わなくなった筆箱。僕はチャックを開けて中を空にすると、彼女への思いを込めた。かつては実存的な物質に頼らざるを得なかったが、卓越した今は明確なイメージを持つことさえできれば入魂が可能だ。いささか時間が掛かったが、入魂は完了する。垂直にした定規を下敷きにして、砕けた消しゴムを端に重ねる。こうしてまた一つ、人形が増えた。棚には様々な形の人形が並んでいる。 僕が求めているのは意匠ではなくて、入魂だ。だから、人形は一様ではなく、棚の上は隣の宇宙のバザー

          ドリーム。

          「どうして、まだ夢に出てくるの?」 僕は彼女に尋ねた。夢世界のカフェテリアは、テーブルと向かい合う彼女の輪郭はとてもはっきりしていたけれど、背景は茫漠としていた。 「……」 彼女の柔らかな表情は、まるで水をかけた氷みたいに途端に強ばり、蔑むような視線を僕にぶつけた。 「僕の夢は、そんなに居心地がいいの?」 「まるで、私の意志みたいな言い草ね」 僕が彼女と一度寝てから、もう5年が経とうとしている。僕も彼女も、かつて大学生であったことが虚構に感じるくらい、社会に忙殺さ

          アット・ラスト。

          目が覚めると、彼は花束になっていた。 悪い冗談みたいな彼の部屋で、彼が成り果てたと思えるものは花束しかなかった。溢れんばかりのものが同居する部屋は、その事実を揺るがすくらい整頓されていて、例えば彼が何かに置き換わるという状況の対象はたくさんあった。でも私は、彼が花束になった(吸い込まれた、という表現の方が正確かもしれない)ことを、ある意味では確信していた。花束の出で立ちに、入魂のしるしをありありと感じ取ってしまった。 「もう、戻らないの?」 もちろん返答はない。彼は本来

          蝿。

          私は生ゴミにたかる蠅なんだ、と思った。彼は正真正銘の腐った蜜柑で、そんなことは匂いからも見た目からも分かりきっているのに、私はそれにほいほいと飛びついてしまう。それは私の弱さというより、私の宿痾だ。腐敗した彼を憎しみの対象に祭り上げるのは簡単なことだし、そうすることが一般的な消化の仕方だとは思うんだけど、私はさっき、すごく腑に落ちた。 彼にそういう話をした 「君は、横光利一的な蝿になれるよ」 「そうしたら、あなたは落ちる側ね」 「腐敗物は、堕ちた方が摂理にかなっている