鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、…

鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、考えたこともつらつらと。

マガジン

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固定された記事

本棚のない文学部学生。

 近年、活字離れがよく取り沙汰されるが、いち文学部生として少し考えたことをまとめたい。  読書を取り巻く現状として、近年よく叫ばれることではあるが、読書という行…

啓示。

余りにも克明だった。その夢の感触は現実を越えていた。明晰夢の向こう側にあった。僕は彼女が運命の人であることを悟ったし、彼女もまたそれを自覚して振る舞っていた。そ…

偶然。

夜道、缶チューハイを気持ちよく傾けて上を向いたら、ちょうど窓から人が落ちてきた。ストップ! なんと、そこで時間が止まってしまった! 僕は考える。どうして、時間が…

マザー。

彼が静かに泣き始めると、シューマンの『謝肉祭』の一節が、まるで出来合いのテレビドラマみたいに流れ始めた。BGMのある夢なんて生まれてはじめてだったけど、夢がもつ不…

呪詛。

「君は、雨の日に死ぬよ」 君が死神と揶揄されるゆえんは、死期を示唆する戯言が時々当たってしまうからだった。 「だから雨雲に気づいたら……気をつける方がいい」 …

髪と本と眠り。

カジュアルなボルドーワインを一本飲み干してしまうと、僕はシャワーを浴びる。一定以上の品質のワインはいくら飲んでも明日に響かない(もちろん、あくまで比喩的な域は脱…

幻想的クオリア。

幻想の幻想らしさを、彼は追い求め続けている。 庭園には、蜜蜂の楽園がある。千日紅の馨しい香りがある。カーネーションのあっけらかんとした美しさがあり、鈴蘭の淫靡な…

逃運。

性格のいい悪魔は、彼女の願いを渋々受け入れた。 「本当に、知りたいんだね?」 性格のいい悪魔は長い人差し指をぴんと立てて、彼女に警告をした。彼女はとても草臥れた…

笑み剥製。

君は笑顔がとても可愛いから、僕はそれを剥製にしようと思った。 剥製の作り方はこうだ。 ①皮を丁寧に剥いて、汚れを落とす ②なめし液にそれを浸す ③石膏型を取り、ウ…

ノイズ・タイピング。

「すみません」 イヤフォンを外して振り向くと、見知らぬ男性が不服そうに立っていた。半袖の白いシャツからは細い腕が伸びていて、その骨ばった表層は僕に蜘蛛を思わせ…

カプレーゼ・ジャッジ。

「今日は、カプレーゼを作って置いて欲しいんだ」 彼が手料理のオーダーをしてくるのは初めてだったから、私は張り切って準備をした。オリーブオイルはエクストラバージン…

熊仮託。

木彫熊が部屋に来てから、僕の生活はとても規則正しくなった。 木彫熊は僕が実際に購入する前から、僕の夢に闖入してきて、僕に箴言をした。 「おい」 木彫熊の声は遠い…

万色の空白。

「何も思いつかなかったら、その空白を描けばいいのさ」 先生は確かにそう仰ったが、私の空白は描かれることを粛然と断った。それどころか、憐れみの表情を浮かべて、私に…

黄泉。

「正直言ってさ、ここはまさに地獄だよ」 僕はその言葉の意味を推し測るべく、黄泉の国を見渡した。そこは瀟洒なホスピスの庭園みたいに、牧歌的な世界だった。 「確かに…

Rooted Bouquet.

彼に贈られたスターチスのドライフラワーは、いつまでも枯れなかった。 私が部屋を出ようとすると、彼は首尾良く花瓶からスターチスを抜き取った。 「折角だから、あげる…

クッキーイニシエーション。

チョコレートクッキーを君のために作った。でも、君はいなくなってしまった。あるいは立ち去ったのが僕の方だとしても、君がいなくなったという現象は変わらない。君は消え…

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本棚のない文学部学生。

 近年、活字離れがよく取り沙汰されるが、いち文学部生として少し考えたことをまとめたい。  読書を取り巻く現状として、近年よく叫ばれることではあるが、読書という行為自体に割かれる時間がほとんどないという点がある。(以下を参照)  さらに、一般的な文脈上で語られる“ 読書 ”とは、いわゆるビジネス書や自己啓発系の話題作を読む、ということを指していて、小説は含まれていないと感じている。書店の話題書のコーナーに小説が置かれていることはほとんどないし、芥川賞や直木賞が発表された時に

啓示。

余りにも克明だった。その夢の感触は現実を越えていた。明晰夢の向こう側にあった。僕は彼女が運命の人であることを悟ったし、彼女もまたそれを自覚して振る舞っていた。それは現実を超えた意味を持っていたし、100%の啓司だった。僕は目が覚めてから、詳細に記録をした。他の夢とは違って、その記憶(といって差し支えなかった)が、簡単に消えることはなかった。 彼女は全く知らない人だった。誰かに似ている訳でもない。つまり、僕がまだ出会っていない人だ。夢の組成は、種々とした記憶から紡がれることが

偶然。

夜道、缶チューハイを気持ちよく傾けて上を向いたら、ちょうど窓から人が落ちてきた。ストップ! なんと、そこで時間が止まってしまった! 僕は考える。どうして、時間が止まったんだろう? 脳が死を自覚して、限りなくゆるやかに事象を認識しているのか、あるいは本当に時間が止まってしまったのか。でも、少なくとも思考はこのように続いている。少なくとも僕は、考えることができる。 走馬灯。僕は思い当たった。死ぬと仮定すれば、それを見なければもったいない気がした。例えば、この瞬間に突然時間の流

マザー。

彼が静かに泣き始めると、シューマンの『謝肉祭』の一節が、まるで出来合いのテレビドラマみたいに流れ始めた。BGMのある夢なんて生まれてはじめてだったけど、夢がもつ不確実性を挙げ始めればきりがない。私は彼を抱き寄せて(100%の明晰夢は、私をより大胆にさせた)、つむじにキスをした。ヘアワックスの香りは写実的であると同時に、その感触はどこまでも虚構だった。 「あなたは本当に、泣いているのね」 そのパラレルな認識は、私の愛が獲得した技能だった。夢と現実が交錯することはできないけど

呪詛。

「君は、雨の日に死ぬよ」 君が死神と揶揄されるゆえんは、死期を示唆する戯言が時々当たってしまうからだった。 「だから雨雲に気づいたら……気をつける方がいい」 それ以来、僕は傘が嫌いになった。雨を予期した行動全てに、君の言葉が絡みついてくる。雨の日には、気をつける、方がいい。好きでもない太陽に、安堵の念を抱いてることに気づいた時、僕は君に呪われていることを知った。君は好む好まざるによらず、100%の呪詛師だった。 「あいつは、7月に死ぬよ」 君にとっては害のない1/

髪と本と眠り。

カジュアルなボルドーワインを一本飲み干してしまうと、僕はシャワーを浴びる。一定以上の品質のワインはいくら飲んでも明日に響かない(もちろん、あくまで比喩的な域は脱さないけれども)から、気兼ねなく飲める。毎日ボルドーを飲むほどの稼ぎはないけれども、時々飲むことはできる。つまり、僕は相対的にとても幸せな状況にある。 髪を乾かしたら、布団に入って、本を読んだり映画を観たりする。欠伸の波が来るまで、僕はあまり動かないようにする。やがて、天使の口づけのような眠気が僕を包むと、僕は読書灯

幻想的クオリア。

幻想の幻想らしさを、彼は追い求め続けている。 庭園には、蜜蜂の楽園がある。千日紅の馨しい香りがある。カーネーションのあっけらかんとした美しさがあり、鈴蘭の淫靡な毒がある。そこは幻想的な空間だった。現実感が滑らかに研磨され、間断が続く眠りで見る夢のような、虚構的な感触が毛穴の一つ一つを撫でる。冷たい風が、畏怖に似て背筋をそばだてる。その空間には彼の哲学があり、彼の弱さがあった。 「クオリア」 彼の頭はクオリアで充ち満ちていた。それは形而上学的なフレームだから、彼の頭の中は

逃運。

性格のいい悪魔は、彼女の願いを渋々受け入れた。 「本当に、知りたいんだね?」 性格のいい悪魔は長い人差し指をぴんと立てて、彼女に警告をした。彼女はとても草臥れた様子で、薄幸に頷いた。 「運命の人がこの先にいることが分からないと、もう生きる気力が沸かないの……」 性格のいい悪魔は彼女の承諾を確認すると、長い指を互い違いに絡ませあって、祝詞を唱え始めた。悪魔がアクセスできるのは、その対象に運命の人は何人いるのか(どれだけ神様が錯乱していても、1人以上は必ず存在する)、そし

笑み剥製。

君は笑顔がとても可愛いから、僕はそれを剥製にしようと思った。 剥製の作り方はこうだ。 ①皮を丁寧に剥いて、汚れを落とす ②なめし液にそれを浸す ③石膏型を取り、ウレタンなどでボディを作る ④なめしが終わった皮をボディに被せ、乾燥させる ⑤パーフェクトでプリティな化粧を施す うん、工程は使い古した方程式みたいに頭に入っている。②以降は流れるように出来るけど、なんせ①が難しい。笑顔を固定したまま皮を剥くのは、技術以前に至難の業だ。ハッピーな成分をいくら使っても、固定の瞬間に

ノイズ・タイピング。

「すみません」 イヤフォンを外して振り向くと、見知らぬ男性が不服そうに立っていた。半袖の白いシャツからは細い腕が伸びていて、その骨ばった表層は僕に蜘蛛を思わせた。 「タイピング音があまりにもうるさいので、気をつけてもらえませんか」 その言葉が脳に染み込むのに、少し時間がかかった。かなり集中していたから、頭は熱をもってぼおっとしている。 「……失礼しました」 彼はそれを聞くやいなや(あるいは僕に言い残すことが目的で、返答なんて期待していなかったのかもしれない)、踵を

カプレーゼ・ジャッジ。

「今日は、カプレーゼを作って置いて欲しいんだ」 彼が手料理のオーダーをしてくるのは初めてだったから、私は張り切って準備をした。オリーブオイルはエクストラバージンのものを選び、トマトは綺麗な赤いものを、モッツァレラチーズはスーパーで一番高価なものを選んだ。とっておきの丸皿に、私は渾身のカプレーゼを盛り付けた。 「会うのは、これで最後にしよう」 彼はカプレーゼを一目見た瞬間、そう言い落とした。 「今日は、カプレーゼを作って置いて欲しいんだ」 カプレーゼ? 私がその言葉を

熊仮託。

木彫熊が部屋に来てから、僕の生活はとても規則正しくなった。 木彫熊は僕が実際に購入する前から、僕の夢に闖入してきて、僕に箴言をした。 「おい」 木彫熊の声は遠い昔の誰かに似ていた……ふうか? 小学二年生の末に、転校をしてしまったふうかの声だ。 「……ふうか?」 「だから何だ」 15年以上前の、特に思春期の萌芽の兆しも無い時の、感傷がありありと残っていることに僕は驚いた。僕はふうかがいなくなって、初めて寂しさを憶えたんだ。 「……ふうか?」 木彫熊は高笑いをした

万色の空白。

「何も思いつかなかったら、その空白を描けばいいのさ」 先生は確かにそう仰ったが、私の空白は描かれることを粛然と断った。それどころか、憐れみの表情を浮かべて、私に諦めを促したりする。僕は先生に思いを馳せざるをえなかった。先生、あの言葉はよもや嘘だったんですか。 「考える前に書く。書き終わったら、酒を飲んで思考を止める。その繰返しでしかないんだ」 「先生は、幸せですか?」 「君の悪いところは、二元論にほとほと犯されていることだ」 先生は物語でしか、私の疑問に答えてくれな

黄泉。

「正直言ってさ、ここはまさに地獄だよ」 僕はその言葉の意味を推し測るべく、黄泉の国を見渡した。そこは瀟洒なホスピスの庭園みたいに、牧歌的な世界だった。 「確かに、見かけはいいよ」 彼女の声は、死んでいることが嘘みたいに真に迫っていた。 「でもさ、おかしいと思わない? 世界中の死者がこの場所に集まっているはずなのに、人が全然いない」 世界中の死者がこの場所に集まっている。僕は頭の中でそれを繰り返した。僕はここが彼女の為だけの世界であると錯覚していた。確かに、人は全然い

Rooted Bouquet.

彼に贈られたスターチスのドライフラワーは、いつまでも枯れなかった。 私が部屋を出ようとすると、彼は首尾良く花瓶からスターチスを抜き取った。 「折角だから、あげるよ」 彼の手慣れた素振りは暗喩的だったけど、その時私はふわふわしていた。初夏に舞うポプラの綿毛みたいに。彼はささやかなブーケを設えて、小さな酒瓶(糊の効いたシャツみたいにパリッと乾いていた)と共にそれを紙袋に入れた。 「ドライフラワーは、手が掛からないから良いんだ」 スターチスは酒瓶の底を抜け、観念的に私の部

クッキーイニシエーション。

チョコレートクッキーを君のために作った。でも、君はいなくなってしまった。あるいは立ち去ったのが僕の方だとしても、君がいなくなったという現象は変わらない。君は消えてしまった。チョコレートクッキーに背を向けて。それはどんな犯罪よりも悪質で、倫理的な謀反と言わざるを得ない。 僕はチョコレートクッキーを元に戻さなくてはならなかった。遺骨を潰すみたいに、目一杯の力を込めてクッキーを砕いた。死に惑う声が苦しかった! 形を崩すには煮立てるしかない。牛乳をクッキーの残骸に浸して、憎しみを込