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ノイズ・タイピング。

「すみません」 

イヤフォンを外して振り向くと、見知らぬ男性が不服そうに立っていた。半袖の白いシャツからは細い腕が伸びていて、その骨ばった表層は僕に蜘蛛を思わせた。

「タイピング音があまりにもうるさいので、気をつけてもらえませんか」

その言葉が脳に染み込むのに、少し時間がかかった。かなり集中していたから、頭は熱をもってぼおっとしている。

「……失礼しました」

彼はそれを聞くやいなや(あるいは僕に言い残すことが目的で、返答なんて期待していなかったのかもしれない)、踵を返して自席に戻った。その足音は図書館の静寂によく響いて、僕の戸惑いを囃し立てるようだった。

僕は静かなキーボードタッチを心がけようとしたけれども、僅かなさざ音も彼の耳の元に届いているのではないかと気になって、結局身支度を整えて図書館を後にした。けれども、家に帰ってからも彼の言葉が骨身に染みた。タイピング音があまりにもうるさいので、気をつけてもらえませんか。

僕はそれ以降キーボードに文字を打ち込むことが出来なくなった。フリック入力に精通できたのは怪我の功名だけれども、僕は未だに彼の言葉を引きずっている。彼は今日も、誰かのキーボードタッチを奪っているのだろうか?

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