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Burnt butter.

よく熱したフライパンにバターを落とす。すぐにバターは輪郭を捨て、その芳香で他者に死化粧をしようとする。僕はフライパンを持ち上げ、溶け出したバターを全体に拡げる。バターは急速に焦げ付き、フライパンの表面に拘泥する。うたかたの香りだけが、キッチンにこびりつく。火を止めて、回路を思考に切り替える。

恋愛をこの状況に仮託してみる。初めはバターが僕なのかと思った。つまり、熱源に自ら飛び込んだことで、僕の輪郭は溶け落ち、その儚き抵抗として甘すぎるくらい艶やかな香りを醸す。メタファー、あるいはイニシエーションとして、僕はバター焦がしを行った。しかし、と僕は思う。しかし、僕はフライパンなのかもしれない。

魅惑された僕が熱されたせいで、バターは失われているのかもしれない。バターが落ちることが必然ならば、この焦げは僕がもたらした遺物だ。バターが先か、フライパンが先か。あるいは僕があなたというバターに入り込んだせいで、落下という現象が起きたのかもしれない。あるいは僕があなたというフライパンに入り込んだせいで、熱源を求めたのかもしれない。そのいずれかであるのかもしれないし、いずれもの要素が ーちょうど、溶け出したバターのようにー 混ざりあっているのかもしれない。

失恋とも呼べるし、美しき恋とも呼べる。僕は焦げたバターがこびりつくフライパンを、洗えずにいる。

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