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小説★プロレスガール、ビジネスヒロイン? 第十七話 全日本対抗戦構想 <入社4年目春~夏>

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 雪が降り、それが融け、桜のつぼみが膨らみ始める。ミナミと橋本はAIシステムの実戦トライアルを継続し、どんどん改良を進めていった。
 春先には、リアルタイムAI実況を搭載。ポイント表示だけでなく、技や試合の流れのAI解説まで実装した。イズミのTV活動アピールも相まって、一年前のランキング制導入のブームをはるかに超えるビックウェーブがSJWを覆い始めていた。

 そして、ミナミが入社して四年目が始まる四月一日。AIシステムの本格稼働が開始。
 決算速報も絶好調。売上五億八千万円(前年比一四一パーセント)、営業利益約三千万円(前年比二五五パーセント)を記録した。M&A、ランキング制度、AIシステムがうまく回った結果である。
 好決算を受けて、大沢は全選手との契約金額二〇パーセント増、従業員給与二〇パーセント増。ITに詳しい営業人材を二名中途採用。
 経営上は順風満帆である。
 しかし、ミナミは浮かない顔をしていた。それを気にした大沢がミナミを呼び出す。
「何を悩んでいるんだ?」
「……えっと……」
「何でも言っていいぞ」
「……あの、ですね。私、強く……なりたいです」
 ミナミ唇をかみしめた。
「私、AIランキング最下位です。両国でも勝てませんでした。先輩に助けられ、地方興行も免除されていますが、それに甘えていちゃダメなんだって。本当はもっと試合に出て実践経験を身に着けないといけないんだって……」
「そうか」
「地方興行免除ではなくて、普通の選手として、全興行に参戦したいです」
 いくらトップ選手からの指導を受けて練習を頑張ったとしても、ランキングや試合勘は実戦数が少なければ向上しない。ミナミの悩みはそこにあった。
「それは構わない。で、仕事はどうする? 選手に専念したいか?」
 それを聞いて、ミナミは怯えるように大沢を見る。
(まだ、やりたいことがあります。でも……)
 大沢はミナミが導き出した答えに気が付いているのだろう。選手に専念したいだけなら、ミナミはこんなに悩まない。
「両立したいんだな?」
「……はい」
「で、仕事の方にもこだわる理由は?」
 AIシステムは理想に近い形に仕上がってきている。にもかかわらず、無理を承知で全試合参戦と通常勤務を両立させるということは、まだやりたいことがあるということだ。
「なんでも言っていいといったはずだぞ。どんな提案でも、おれはミナミをサポートするつもりだ。遠慮はするな」
(ああ、やっぱり、この人は見抜いているのね……)
 ミナミは観念して、口を開いた。

「AIシステムを、他の団体にも開放して使ってもらいたいんです」
「ほう」
「せっかく作り上げたのにと怒られるかもしれません。でも、プロレスの本質を変えられるシステムができたんです。だからこそ、これを使って女子プロレス全体を変えていきたいんです」
 ミナミは勇気を振り絞り、俯いて捲し立てた。これまでは大沢が想定した方向に向かって全力でがむしゃらに突き進んでいた。今、初めて、ミナミは自分の本音を、自分の言葉で大沢にぶつけた。
 大沢は、かつての言葉を思い出す。
『技の魅力がきちんと評価されるプロレスの世界を作りたい』
 その対象はSJWに限られない。
(ミナミはあの時から、女子プロレス全体を見ていたんだな)
 大沢はミナミの頭をくしゃっと撫でた。
「今のSJWは他の団体を巻き込むことができる位置にいる。他団体がAIに手を出す前にすぐに動けば、おれたちが業界を動かせるはずだ」
 ミナミは胸がはちきれそうだった。SJW社長としてはシステムの独占を狙ってもおかしくないのに、大沢は理想の拡大に理解を示してくれた。そして……
「おれも考えていたことがある」
「考えていたこと?」
「AIシステムを使って、四団体対抗戦を開こう。全日本女子プロレス対抗戦だ」
 ミナミは驚いて大沢を見上げる。
「AIシステムを他団体にも使ってもらうなら、まず対抗戦でAIシステムを知ってもらうのが手っ取り早い。そのうえで、システムの提供を提案するべきだ」
「……すごいです。それ、大賛成です」
 ミナミは震えた。やはり、自分の考えと大沢の考えは一致していると信じることができる。そして、自分は漠然と全団体で使ってもらえたらいいなと考えていただけだったが、大沢はすでに具体的なアイデアまで考えている。
 胸が大きく高鳴っている。
「選手と対抗戦の成立、両立は大変だと思うけど、がんばってやってみるか?」
「はい。ぜひ、やらせてください」
 そして、大沢は最後に付け加える。
「じゃあ、来週からの興行は全部参戦するようにAIマッチングの条件を変更しておけよ。あと、明日ノートPCとモバイルルータを支給する。リモートワークができた方が良いだろう」
「あ……ありがとうございます」
 ミナミは、自分がなんと幸せかを実感して、涙が出そうなのを一生懸命こらえた。

 それからというもの、ミナミと大沢は、本社だろうが地方興行先のホテルだろうが移動中のバスの中だろうが、オンラインオフライン構わずに頻繁に打ち合わせを重ねていった。
「タイミングは七月下旬。夏休みの前半にしたいね」
「他三団体へのアプローチはどうしましょうか」
「おれに任せろ。元ZWWの企画責任者として、各団体へのコネクションは持っているつもりだ」
 やはり、こういうところは圧倒的に頼もしい。段取りはどんどん進んでいった。
 
「四社会談が決定したぞ」
「すごいです。設定早すぎですよ」
「おれたちのシステムはディスラプターだ。各団体も無視はできないのさ」
 大沢はあえてディスラプター(従来市場を破壊し強制的に新規市場を作り出すもの)という言葉を使った。各団体とも、いきなり出てきたAIシステムブームにどう向き合うか悩み始めている。対応を間違えたら一気にプロレス業界の流れから取り残されるという危機感があるからだ。
 それほどの強烈な影響力がついたSJWからの会談要請を断れるはずがない。その事実を大沢は十分に理解していたからこそ先手を打ちにいった。
「各団体ともに、団体代表と選手の一名ずつが集まることになった」
(であれば、やはりアキラさんが適任ね。イズミさんやサクラさんだと、打ち合わせの席で誰かと喧嘩始めそうだもの……)
 心の中でクスクス笑うミナミ。しかし、笑っている場合ではなかった。
「うちの選手代表はミナミで行くぞ。いいな?」
「へ? えっと、アキラさんが適任では?」
「AIシステムについて説明できる選手はミナミしかいない。だから、君が代表だ」
 そう言われると覚悟を決めるしかない。
「……は、はい……」
 ミナミは不安でドキドキしながらも、覚悟を決めた。

 数日後、新宿西口にある都庁近くの有名私鉄系ホテルで四社会談が開催された。主催者の大沢とミナミは早めに会議室に入った。
 まもなく、ガルパの社長と代表選手であるクーガーが登場。
(うわ、すごいかわいい。さすが元アイドルだわ)
 そして、OWPの社長と渋谷。
(渋谷さんは対抗戦以来。さすが日本最強ヒールの貫禄ね)
 そして、業界一位のDIVAが登場する。代表選手は吉祥。
(この人が……日本最高プレイヤーと名高い吉祥さんだ……おとなしそうなのに、オーラが全然違う。アキラさんに似た雰囲気ね)
 ミナミは、錚々たる選手たちの前に、自分があまりにも釣り合わない気がして肩身狭く感じるのだった。

 大沢は各団体の社長や代表選手とも顔見知りのようだ。ひとりひとりに軽い雑談を交えながら挨拶をしている。
(さすが、元ZWW企画部長。顔が広いわね)
 やがて、全員が席に着くと大沢が会議の開始を宣言した。
「とにかく、まずはSJWのAIシステムについて知ってもらうことが大事です。資料も準備しましたので、それをもとに説明をさせてください」
 そういうと、ミナミに目配せする。ミナミは橋本と一緒に作った資料を配って回る。
「最初のページはAIシステム全体像です。今急成長を見せている生成AI技術を使って試合のリアルタイム評価を行うこと。そして、マッチングを提案できます」
 いつもは社長としてプレゼンを受ける立場の大沢が、今日は堂々と自らがプレゼンしている。
「我々は東大発ベンチャー企業と業務提携をしています。彼らは東大の最先端LLM技術、特に動画を扱えるマルチモーダルLLMを得意としています。これがプロレスにぴったりとフィットした理由です」
 ミナミは大沢の躍動的で情熱的なプレゼンを見るのは初めてだった。
(か、か、かっこよい。かっこ良すぎる。どうしよう……スマホで動画保存したい……さすがに不謹慎かしら)
 そんなミナミの葛藤をよそに、大沢はAIシステムで何ができるのか、SJWでどのような効果が発揮し始めているのか、よどみなく説明をしていった。
「以上がAIシステムの概要です。今日はこれを使った四団体の対抗戦を提案したい。日本中を、いや、世界を驚かせるイベントになると思います。ここにいるみなさんと手を組んで、東京ドームを満員にしたい」
 大沢はこぶしをぐっと握った。
「AIシステムについてのご質問があれば、ここにいる平ミナミに答えさせます。彼女は選手と経営企画を兼務していて、このAIプロジェクトの責任者です」
 大沢はそういうと席に座った。
(せ、せ、責任者? い、い、いつからそうなったのよ?)
 ミナミは慌てて大沢に抗議の視線を向けるが、大沢は爽やかな顔で受け流した。

 質疑応答は三〇分を越えたところで、漸く収まった。
「では、今後の話をしましょうか」
 大沢が話題を次に進める。
(はぁ……なんとか、うまくお答えできたかしら)
 ため息をつきながら大沢を見ると、大沢は満足そうに笑顔を返す。
(よかった。うまくできたみたい)
 その後、大沢から対抗戦の構想が伝えられる。
 試合内容
 ・四団体総当たりの団体戦
 ・団体戦はそれぞれタッグ戦三試合×三団体=一団体当たり全九試合
 ・出場選手はAIが各団体から九名を選出する
 ・AIポイントでMVP団体と選手を決める
 各社は、これを吟味し、次回の会合で協議することとなり解散した。
 すると、渋谷が近づいてきた。
「以前、八王子で会いましたね。サクラと一緒の時に」
「は、はい。あのときはお世話になりました」
「まさかあなたがヒールとはね。リングで会えるのを楽しみにしているわ」
 そう言って去っていく渋谷に対し、深々と頭を下げる。
(なぜヒールとバレてる? ……絶対、サクラさんがばらしてるんだわ。もう、サクラさん……個人情報ばらさないでよね)
 ミナミは冷汗をかいて顔を上げると、目の前にはDIVAのトッププレイヤー吉祥が立っていた。
 吉祥は日本最高女子プロレスラーと言われている。パワーや強さだけではない、素質、言動、好感度、貢献度、美貌、それらの総合的な魅力のすべてを備えている。だからこそ、最強をしのぐ最高の称号を持つ。ミナミからすると天上界の存在だった。
 その吉祥が語りかけてきた。
「あなたがサザン……いや、ミナミさんね。どうぞよろしくお願いしますね」
「わ、わ、こ、こちらこそ、いつも拝見しております……」
 吉祥はクスッと笑う。
「SJWにはすごい可能性を秘めた娘がいるってね。ツツジから聞いているわ」
「つ、ツツジ? ……元気にしてますか?」
「ええ。まだ内緒だけど、今度私のタッグパートナーになってもらう予定なの。いずれあなたとも対戦するかもしれないわね。そのときはよろしくね」
 吉祥はニコッと笑う。
(ツツジ、すごい。あの吉祥さんのパートナーになれたんだ)
 ミナミはこれ以上ない嬉しい気持ちで満たされていた。
「あの~」
 最後に声をかけてきたのは、ガルパの代表選手、クーガーだ。
(元アイドルだけあって、圧倒的なかわいさ。しかもおっぱい大きい。何カップなんだろう……)
「AIシステムを勉強するために、うちの興行で試してみることはできますか~?」
 その声色は蕩けそうな甘い色をしていたが、その内容は前向きな打診であった。

 会合が終わると、大沢から新宿西口の居酒屋に誘われた。二人きりでの食事など一年半前の正月以来だ。
「今日はミナミもジャージじゃないから、少しオシャレなお店の方が良かったか?」
「もう……ジャージは忘れてください」
 ミナミは赤面しながら乾杯に応じる。
「疲れは出てないか?」
 ミナミがかなりハードワーク状態であることを知らないわけがない。
「大丈夫です。充実しています。しっかりやり遂げたいです」
「そうか。試合の方も調子が上がってきているみたいだな」
「いや、まあ、あはは」
 まだ一か月とはいえ、毎週末二回、実際の試合に出るようになった。それだけでも動きは大きく変わる。元々の素質はアキラやサクラ、イズミたちからも折り紙付きだ。実戦が伴えば成績がついてくるのは自明だった。
「それで……ガルパさんの提案はどうしましょうか?」
「ああ。ミナミはどう思う?」
 ガルパはトップ選手のクーガーをはじめアイドル出身者や現在もアイドルと兼業している選手が多く、四団体の中でも一番アイドル路線を推し進めてきた。
「アイドル系の魅力も観客が求める要素の一つだと思います。AIシステムがそれをどのように評価するのか、そしてどのような調整をすべきなのか、興味があります」
「そうだな」
 大沢は同感だと頷いた。
「ミナミ、一度AIシステム持って遠征してきたらどうだ?」
「え、遠征? 私が、ですか?」
「ああ。クーガーと戦ってみたらどうかと思ってな」
「は、はぁ……アキラさんとかサクラさんじゃなく……ですか?」
 アイドル出身とはいえクーガーはガルパのトップだ。失礼に値しないだろうか。
「歯が立たないとあきらめるか?」
 鋭い指摘だ。
(……弱気な気持ち、バレたかしら?)
「おれは、今の努力しているミナミなら、いい勝負ができると思うぞ」
「そ、そうでしょうか? そうだといいのですが……」
「腕試しがてら行ってみたらどうだ? その試合から、AIシステムのチューニングの方向性も何か掴めるかもしれないしな」
「……」
 当然、SJWを代表してということになる。
(本当に私でいいのかしら? もしかして……おちょくってる?)
 でも、大沢の笑顔は、人をおちょくっている表情ではなかった。どちらかといえば、少年がTVの前でわくわくしている表情だった。

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