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小説★プロレスガール、ビジネスヒロイン? 第十五話 スコアリング改革構想 <入社3年目秋>

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 翌日。
(……うじうじしていても仕方がない。やれることを、やるしかないわ)
 ミナミは出社し、そのまま社長室に向かった。
「答えは出たか?」
 大沢の問いに、ミナミは首を振る。
「何をすべきかはまだわかりません。でも、今はとにかく改革を進めたいです。そして、もう二度と今回のような別れはしたくないです」
 ツツジを失った気持ちはあまりにも大きい。でも、ここで折れたらそれすらも無駄になる。これは、ミナミの覚悟の表れだった。
 大沢は、ほっとしたような、うれしいような、複雑な表情をしながら答えた。
「それでいい」
 大沢はミナミを席に座らせる。
「ランキング制で様々な魅力を定量評価することができるようになった」
「はい。でも、まだまだ課題はたくさんあると?」
「どんな課題があると思う?」
 ミナミは昨日から悩んでいることを口に出し始めた。
「試合評価のために、委員会メンバーの大きな負担をかけています」
「それで?」
「だから、あまり細分化された評価はできていません」
「人がやっている作業だから仕方がないところだな」
「時間もかかるので、試合中にその場で評価ができません」
「そうだな」
 大沢は大きく頷く。
「その場で細かい評価ができたらどうなる?」
「観客にアピールできますよね。どこがどう良かったのか」
「おれもそう思う。今は単なる勝ち負けだけど、どれだけ良い試合だったかをアピールできるようになるはずだ」
「そうすれば……」
 ミナミの顔に明るさが戻り始める。
「より良い試合が勝ち以上に評価されるから、やらせなんてできなくなるかもしれませんね」
 大沢はにこりと笑った。
(完全に誘導されている? でも、方向性は見えてきた)
「問題は、これをどうやって実現するかですね」
 大沢は難しい顔で頷く。
「他のスポーツみたいに毎回審査員をおくにしても、そんな人材豊富にはいないしコストもかかるしバラツキも大きいからな」
「私……ひとつ、アイデアがあります」
 ミナミは覚悟を決めた。難しい課題だけど、やらないで後悔はしたくない。 
 すでに相談相手の最有力候補は頭の中に浮かんでいる。
(相談したら嫌味をいわれそう……ヤラセじゃないのかってしつこく言ってたもんね。でも、背に腹は変えられない)
 ミナミはスマホを取り出すと、ゼミのグループにチャットを入れた。

「ええ? 今日って優勝祝いの会じゃなかったの?」
「そんな、波乱万丈だったのか……」
「そもそも、あれがやらせだったってマジか?」
 ほぼ予想通りのゼミ仲間の反応。予想外といえば、声が大きすぎることか。
「ちょっと。全部がやらせじゃないわ。ほんの一部よ。一部。それに、こんなとこで大声でしゃべってバレたら大変なんだから、気を使ってよね」
「大丈夫、こんなどこにでもいそうな可愛い子ちゃんのミナミが、まさか覆面ヒールだなんてだれも予想もしないから。それより、何てかわいそうなミナミ……」
 ガっと抱き着くタマちゃん。ガシッと受け止めるミナミ。
「タマちゃんだけが友達だ」
「おお、友よ」
 それはそうと、さっきから黙っている橋本が気になった。
「橋本君、いつもならやっぱやらせだーって一番はしゃぎそうなのに……元気ないわね」
 彼はちょっとムッとする。
「冗談でからかっていいときと悪いときくらい区別してるよ」
 キッとにらむ。
(もしかして……気を使ってくれてたんだ……)
「そっか、ごめん。ありがとうね」
 ミナミは反省した。そして、うるっと来そうになる。
(わざと茶らけてごまかそうとしてたのは私……こんなストレートに言われると、ごまかせなくなっちゃう)
 ビールを思いっきり飲んで、なんとか涙をこらえる。
「で、相談ってのは何?」
 橋本は話を促す。そうだ。相談のために来てもらったのだから、忘れてはいけない。ミナミは橋本に答える。
「AIを教えてほしいの」
 橋本が、びっくりした顔で箸を止める。口だけがパクパクしている。
 周りのみんなもう同様に驚いた表情。一呼吸置いて順次声を上げる。
「未だに鉛筆とノートが必須のアナログミナミがAIだって?」
「そもそも、AIの意味わかってるのか?」
「ミナミ、AIは愛じゃないのよ? 愛なら私が注いであげるから」
 ミナミはコメカミが切れそうな感触を感じていた。
(みんな、私をバカにしてるの? 三人とも銀座線のホームに並べてヒカリエからプランチャお見舞いしてあげようかしら……)
 はしゃぐみんなとは異なり、橋本は静かに答えた。
「いいよ」
「え?」
 やはり、いつもと様子が違う。
「やらせ撲滅のためにAIを使ってみたいんだろ? 一度考えてみてもいいよ」
「……うん、ありがとう」
 このときの橋本は今までで一番凛々しく見えた。
 ミナミはドキドキしてしまい、うまく返答ができなかった。

「へぇー、ここが女子プロレス団体の練習場なんだ」
「そうよ。あまりじろじろ見ないでね。橋本君が襲われても助けてあげられないからね」
 二人は練習中の選手たちにぺこりと頭を下げて、階段を上り、会議室に入る。
「早速AIを使ってみるか」
 橋本はノートPCを立ち上げる。
「横に来いよ。PC画面見えないだろ?」
「う……うん」
(私、朝練の後、シャワー浴びたわよね?)
 橋本はそんなことはお構いなしに、説明を始めた。
「まずはディープラーニングから行こうか。この絵をAIに分析してもらおう」
 サザンがデビュー戦でリングに上がっている写真を開く。
「ちょっと。なんでこんなものを使うのよ」
「ミナミの反応が面白いから」
「……相変わらず、性格悪いわね」
「まあ、見てなって」
 その写真をアップロード。すると瞬時に、解説が出てくる。
『覆面女子プロレスラーです』
「……おお、きちんと理解してるわね。これがAIの能力なの?」
「そうだ。AIに事前に大量の画像を学習させると、未知の画像が来てもその画像が何かを類推できるようになるんだ」
 難しいことはわからないけど、AI画像認識を初めて目の当たりにして驚くミナミ。
「画像だけじゃない。音声も認識できるぞ」
「おおー、すごい」
「まあな。でも、ここまでは昔からある技術だ」
「え、こんなにすごいのに昔の技術なの?」
 AIは奥が深い。まだまだ序の口らしい。
「LLMとかGPTとかって聞いたことあるだろ? 所謂、生成AIってやつだ」
「聞いたことはあるけど……」
「ディープラーニングの発展版だ。たとえば……」
 橋本が『私はミナミです』と打ち込み、AIと会話を始める。
『こんにちわ。ミナミさん。何かお手伝いできますか?』
『生成AIを教えてください』
『人間のようにデータから新しい情報を生成するための技術です。文章を書いたり、質問に答えたり、画像を生成したりすることが可能です』
「え? すごい……会話できてる」
「そう。LLMは事前に言語データをたくさん学習して、それをもとに新しいコンテンツを生成できる技術なんだ」
 橋本は、一通り生成AIのデモを続けると、一旦PCを止めた。
「何をAIにやらせたいのか。それを把握し考えて作り込むのが俺たちAIスタートアップの役目だ。で、ミナミは何をやらせたいんだ?」
 ミナミは元気に答えた。
「プロレス試合のリアルタイムスコアリングをしてほしいの」

 翌週。橋本との再打合わせ。早速概要書を手渡された。表紙を捲ると目次が載っている。

『開発サービス概要 目次』
 ①プロレス用マルチモーダルLLM(追加学習)
 ②リアルタイムスコアリングシステム(アルゴリズム)

 目次をめくり、概要書の中身をちらちらとめくっていくミナミ。
「……詳しくはわからないけど、なんだかすごいじゃん」
「ポイントは、AIにプロレスをしっかり教え込むこと。そのために動画も扱うこと。プロレスはテキストだけじゃ評価できないだろ?」
「そうね。技もそうだけど、雰囲気や緊張感、観客の盛り上がり、そして試合の流れや間、相手の技を引き出す魅力なんかもあるからね。文字だけでは伝わらないと思うわ」
 評価委員会メンバーも動画で評価をしている。
「テキスト以外の画像や音声、動画ファイルも扱えるLLM技術をマルチモーダルLLMというんだ」
「マルチモーダル?」
「最新の技術だ。うちの専門分野でもある」
 もう一枚の紙を差し出される。見積書だった。
「問題は、開発と運用に数億円のコストがかかることだ」
「……やっぱり、そうよね」
(さすがに、今のSJWにはそんな資金はないわ……)
 ミナミはがっくりと肩を落とした。
「そこで、ひとつ提案がある」
「提案?」
「リアルタイムスコアリングシステムはうちの投資で開発しようと思う。SJWはプロレス用マルチモーダルLLMのみ投資してもらう案だ」
「橋本君が投資してくれるの?」
「その代わり、リアルタイムスコアリングシステムはSJW独占にはできないけどね」
「なるほど、主旨がわかってきたわ」
 つまり、このシステムを他スポーツ向けビジネスにも使いたいということだろう。
「正直数億の投資はうちでもリスクが大きい。でも、プロレスに限らない最先端の汎用スポーツテックAIスコアリング開発をするといえば、ベンチャーキャピタルから資金調達ができるはずだ」
「橋本君……ありがとう」
 詳しく聞かなくてもわかる。この提案によると、橋本の会社は全資金と人材をこの事業にフォーカスすることになるだろう。つまり、この事業が上手くいかなければ潰れてしまうほどの大きな賭けだ。
 ミナミは資料を机に置いた。
(さすがに、こんな大きなリスクを負わせるわけにはいかないわね……)
 橋本をまっすぐに見つめる。
「提案はすごく嬉しい。でも、そこまで迷惑はかけられないわ」
 でも、橋本は首を横に振った。
「ミナミは本気で取り組みたいんだろ? 夢なんだろ? おれは心底手伝いたいんだ」
 夢なんだろ? その言葉は、ミナミの心を大きく揺さぶった。

 数日後。ミナミは橋本をSJW本社に呼んだ。社長の大沢を口説くためだった。
「初めまして。ハシモトネットワークスの代表を務めています、橋本です」
 大沢は二人をソファに促す。
「噂はかねがね聞いています。東大の有名なAI研究所出身のベンチャーは数多いけど、その中でもマルチモーダルLLMの開発をしていることが特徴でしたね」
 ミナミも橋本もびっくりした。そんな情報は大沢に入れていない。AIベンチャーやっている大学同期がいるので、話を聞いてほしいと言っただけだ。
「よくご存じですね。光栄です。それでは、あまり会社の説明はいらなさそうですね」
 橋本は早速、先日ミナミと会話した概要書の修正版を手渡し説明を行った。
 大沢の理解度は極めて高かった。
「なるほど。リアルタイムスコアリングはそちらで開発という提案ですか。確かに、プロレス分野以外はSJWで使うことはありません。むしろ、他のスポーツにも広げられるならいいことでしょう」
 ミナミはほっとする。
(それにしても……なんでこんなに詳しいんだろう。やはり、最初からAIスコアリングが必要だと分かっていて、事前に自分で調べてくれてたのかしら……)
 ミナミはそう思い当たると、合点が行き過ぎて苦笑いした。手のひらで転がされているようにも思えるが、自分の考えと大沢の考えが外れてなくてほっとしたというのが本音だ。
「コストと条件が合うのであれば、SJWから正式に発注を出しましょう。それによってスポーツテックAIスコアリングの需要を証明するエビデンスとして役立ち、御社の発展が描けるのであれば、ベンチャーキャピタルからの資金調達にも役立つでしょう」
 大沢の発言は的を得ている。いや、的を得すぎていると言った方が良い。橋本も驚いていた。橋本がベンチャー企業のCEOとして、何を考え、何を求めているのかを完全に理解しているようだ。
(この人は奥が深い。SJWも事業がプロレスだから中小企業に見えるけど、実際起業して三年。おれたちベンチャー企業の起業家そのものと変わらないのかもしれない……これは、とんでもない男が相手になりそうだ)
 橋本の額から冷汗が流れ落ちた。


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