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連載小説★プロレスガールがビジネスヒロイン? 第二十章 特訓 <入社4年目夏~秋>

第一章&全体目次はこちらから
トップ絵は……ひ・み・つ(^^♪ ヒント:黒髪お団子頭


本章のダイジェスト

  • 大沢はミナミに専属トレーナーを用意する。ミナミが女子プロレスに魅了されたきっかけ、元トップベビーフェイスのアラタだった。

  • アラタは、ミナミが中学生の時に入団試験を受けに来て『やらせなんて言わせない、技の魅力がきちんと評価されるようなプロレスをやりたい』と主張したことを覚えていた。

  • そんなアラタは練習嫌いが原因でケガをして7年前の旧ZWW(当時最大の女子プロレス団体)解体時に引退。現在は東大スポーツ科学研究室の助手をしていた。

  • アラタはミナミにスポーツ力学を伝え始める。F=mΔv/Δt。技のキレ(衝撃力)はスピードを上げて、衝撃時間を短くすることだと。

  • 特訓が進む中、ミナミは身体をかばいつつも繰り出せる新技につながるヒントを伝授されていく。

本章本編

第103話 再会

「あ、あの、昨日は酔ってしまって……タクシーで送ってもらっちゃいましてすみません」

 送ってもらったことだけ朧げに覚えている。
 マンション前で降ろしてもらい、部屋に入り、そのまま寝てしまった。
 おかげで朝起きたら化粧落としていない、肌はボロボロ、瞼は腫れてる、スーツも着たまま。

(そ、そ、そんなことより……)

「あ、あの、私、変なこと言ったりしてませんでしたか?」
「そうだな。お酒と練習が大好きだって言ってたぞ」
「え?お酒?練習?え??」

 それを聞いて、大沢は軽く笑う。

「お、大沢さん?からかわないでくださいっ!!」

 ミナミは顔を赤ながら俯く。

(やっぱり夢の中の話よね……変なこと、口に出していないわよね)

 ミナミの不安に気づいてか気づかないでか、大沢はいきなり切り出した。

「昨日も少し言ったけど、ミナミに専属トレーナーをつけるぞ」
「え?トレーナー?」

 着る方のトレーナーじゃないことは確かだ。

(でも、今までもイズミさんやアキラさん、サクラさんによくしてもらっていた。さらに専属なんて……)

 でも大沢はミナミの葛藤など気にしない。

「ミナミは基礎がしっかりできているから、後は如何に応用力をつけるかだ。今回のトレーナーの指導はかなりトリッキーだけど、必ず力になると思う。がんばれよ」

 自分のことを考えてくれる大沢に感謝の気持ちでいっぱいになる。

「ありがとうございます。頑張ります」
「ああ、そうだ。ミナミ専属だからミナミの報酬からトレーナーフィーは控除になるからよろしくな」
「え……ええ!?」

(ちょっと……お金の話……せっかく感動してたのに……)

 ミナミは口を尖らせながら仕事に戻っていった。

 そして夕方。
 仕事を終えたミナミは、いつものように夕方の自主練のために更衣室で着替える。
 柔軟と基礎トレを終えると、1階のリングに降りる。

(……そういえば、トレーナーが付くとか言ってたけど、いつの話だったかしら?)

 その答えはすぐ目の前にあった。

「こんばんわ。あなたがミナミちゃんね?」

 トレーナーはゆっくりとミナミに近づく。

(う……うそ……なんで?……)

 女性としてはやや大きめの身長。
 肩幅が広くしっかりとした骨格。
 ぱっと見おとなしそうな美人だが、その瞳は氷点下の鋭さを秘めている。
 綺麗なロングヘアを後頭部で丸めたお団子ヘアー。

「あ……あ……アラタさん!?」

 そこにいたのは、ミナミの最大の憧れのレスラーだった。

第104話 思い出

 全和女子プロレスリング、通称ZWWの長岡での興行を観戦したのは、ミナミが小学5年生のとき。
 アラタは当時28才。トップレスラーへの階段を登っている最中だった。
 ミナミは、このときのアラタに魅了され、プロレスを目指す決意を固めた。

 中学3年生の修学旅行で上京した時にこっそりZWWを訪問。面接官のはからいでミナミは憧れのアラタに会うことができた。これが、これまでのミナミとアラタの唯一の接点だった。

 その後、東大合格し上京してすぐにZWWを再訪し、当時の企画部長の大沢と面談はできたもののアラタには会えなかった。

 その半年後にZWWは選手大量離脱を経て廃業。
 そのときトップレスラーのピークを越え始めていたアラタは、新団体に移籍することなく、惜しまれながら引退を選んだ。当時36才。それから7年が経つ。その間、表舞台には現れていない。

「ほ、ほんとに……アラタさん?初めまして、いえ、えっと、実はその……」
「覚えているわ。中学生で入団テストに来た娘でしょ?」
 アラタはにっこり笑う。
「お、覚えてくれてるんですか?」

 この話はゼミ仲間にしか言ったことはないはずだ。
 なのにアラタが覚えているといったということは、本当に覚えていてくれたということ。
 ミナミは緊張と感激で汗が止まらない。

「だって、中学生で親にも内緒で入団試験受けに来るなんて前代未聞だったもん」
「あ……その節は……」
「そんな娘が『やらせなんて言わせない、技の魅力がきちんと評価されるようなプロレスをやりたい』って力説してたんだから、忘れられないわ」
「な、生意気なことをいいまして……」

 ミナミの汗が冷汗に変わり始めた。

(そ、そういう意味で覚えられていたのね……なんだか、これって黒歴史?)
 急に恥ずかしくなり赤面する。

「ま、それにしても、あの娘が本当にここまで来たんだと思うと感慨深いわ。だから、今回コーチを引き受けたのよ」
「あ、ありがとうございます」
「私のアドバイス通り、足腰鍛えてきたんでしょ?」

 それを聞いて、ミナミの表情はパッと輝く。

「はい。それだけは自信があります」
「ふふふ。じゃあ、思い出話は練習後にするとして、早速トレーニングに入りましょう」

 そういうと、アラタは羽織っていたパーカーを脱ぎ捨ててリングに向かう。
 その後姿は、引退して7年経つとは思えない、引き締まった肉体美だった。

第105話 天才

 全日本対抗戦以降、ミナミは密かにツツジとの交流を再開していた。

「アラタさんが専属コーチ?」
「内緒よ?」
「イズミさんに続いて……ミナミってレジェンドに好かれる属性?」
「ははは、どうかな?」

 苦笑するしかない。

「でも、アラタさんの訓練は特殊で大変なのよ」
「どんな風に?」
「もうね、才能があり過ぎて……」

 実は、アラタ本人が最初にミナミに告白していた。

『私、練習は大っ嫌いだったの。練習しなくてもどんな技でも出せちゃうんだもの。だけど結局膝を壊しちゃってね……練習不足を後悔したわ』

 引退の理由も、ムーンサルトプレスによる膝の故障だという。

「だから、スポーツ後進に貢献したいと言って、知り合いの伝手で東大スポーツ科学の研究室に入って助手をやっているんですって」
「東大で?すごいじゃない」
 ツツジはかぶりを振った。

「やっぱ、トップレスラーは違うわね」
「本当ね。今は力学の視点から正しいプロレスの技の出し方、受け方の論文を書いているらしいの」
「それはぜひ教えてほしいわね」
「でしょ?でもねぇ……天才すぎて説明についていくのが大変なのよ」

 今度はミナミが、アラタの指導の様子を思い出し、かぶりを振る。

『それ、なんか違うわ。
 もっと、スパッといきなさい。
 違う違う、そこはズバーっていくところよ』

「……みたいな感じで、何言ってるかわかんない時が多くてね」
「ああ、天才にありがちってやつ?なんでもできちゃうから、できない理由がわからないって」
「そうかもね。でもまあ、あのアラタさんに直接教えてもらえてるんだもの。嬉しくてしょうがないの。絶対に失望はさせないわ」
「まあ、ドMのミナミには願ったり叶ったりの環境かもね」
「ちょっと、どういう意味よ」

 そのままの意味だと言い直すかわりに、ツツジは疑問を投げる。

「でもさ。ミナミが大好きな大沢さんが、偶然ミナミの憧れの人を専属トレーナーに引っ張って来たってことでしょ?」
「ちょ、ちょっと、だ、だ、大好きなって、そんなこと……」

 真っ赤になるミナミを無視するツツジ。

「それって本当に偶然なの?」
「え?……でも、アラタさんが私の憧れという話は誰にも言ったことなかったから……大沢さんも知らなかったはずよ」
「ふーん。じゃあ、やっぱ大沢さんとは運命の糸ってやつかものね。ミナミ、早く告れよ」
「ちょっと。だから違うって」

 所属団体は変わっても、仲良しの関係は変わらない二人であった。

第106話 プロレス力学

「研究室に入ってから、プロレスでももっと科学的知識を積極的に導入すべきって考え始めたの」
 アラタは大学教授の助手である片鱗を見せ始める。

「例えば、技のキレが重要っていうけど、力学的に説明できる?」
「え?え?えっと……私、物理は専攻じゃなくて……」
「ミナミちゃんは東大卒だからすぐ思い出すわ。私なんか高卒だから全部ゼロから勉強しなおしたんだからね」

 その勤勉さに感心するミナミ。
 アラタは、壁にかかっている白板にマジックで公式を書く。

『力の総量は力積=運動量
 FΔt=mΔv(mは質量、Δvは速度変化量、Δtは時間変化量)』

「難しい積分とか無視すると、Fを衝撃力として……」

『F=mΔv/Δt』

「と書けるわけ。簡単でしょ?」
「あわわ……」
 ミナミは慌てて頭を回転。

「Fを大きくすることが、技のキレを良くするということですか?」
「そう。ぶっちゃけ衝撃力の大きさが技のキレなのよ」
「そのためには……質量を上げて、スピードを上げて、衝撃(インパクト)時間を短く……できればいいのでしょうか?」

 するとアラタはにっこりと笑う。

「スピードとインパクトは練習詰めばできるわ。やってみようか」
 アラタはミナミの背後に回り、ジャーマンスープレックスを打つ。

「ぐえっ」
「次は別の技よ。しっかり首と肩で受け身を取りなさい」

 今度は後ろ手に両手を縛られたような固め方をされ、そのままスープレックスで投げられた。ジャーマンとは比べようもない衝撃がミナミを襲う。

「うがっ」
「どう?わかった?」
 ニコニコするアラタ。

「……多分、腰ではなくて腕を支点に投げられるから回転半径が大きくなって速度が上がったんだと思います」
「あらまあ、よくわかったわね」
「あと、腕による受け身が取れないので、速度も殺せずインパクト時間も短いです」
「きゃー、さすが東大生。やればできるじゃない」
 べた褒めで喜ぶアラタ。

(私……遊ばれているのかしら?でも……)

「ありがとうございます。コツがわかりました」
「とにかくインパクト時の速度と時間よ。インパクトの瞬間だけ力籠めたり加速したりもありね。キレだけでなく見栄えも良くなるわ」
「ありがとうございます。あ、あの……」

 ミナミはついでに聞いてみる。

「ところで、今の技は?」
「あれはジャパニーズオーシャンスープレックスよ。教えてほしかったら体で覚えなさいね」
「あ、ち、ちょっと待って……うげっ」

 こうして、また投げられるミナミだった。

第107話 不死鳥

 9月末。
 アラタによる週二回の専属トレーナー特訓を始めてはや二ヶ月。
 ミナミの成績には如実に成果が表れ始めていた。

 もともとの素早い動きに、インパクトのキレが備わったことに対し、観客の目も、そしてAIシステムも評価を示す。
 フォール率、引き分けでの判定勝ち率も上がり、戦績は勝率5割を超えてきた。

「調子いいみたいね」
「ありがとうございます。アラタさんの特訓のおかげです」
「まあ、そうだと思うけどね」

 アラタはニコニコ笑う。

「プロレス力学は防御でも色々使えますね」
「お、どんなふうに?」
「腹筋と腹圧で緩衝するとか、力の向きを変えて受け流すとか」
「さすがね。ミナミは凡才だから知識と努力で補わないとだめだもんね」

 アラタは高笑い。

「もう……言い方意地悪ですよぉ。あの、ところでなんですが……」
「ん?何?」
「私……小学生のころ長岡でアラタさんのムーンサルトプレスを見てプロレスに入ることを決意しました」
「前にも言ってたよね」

 すると、ミナミが真剣な表情で答える。

「はい。親にも認められず、友達からはやらせだっていじめられて。それでもやる気を保てたのはあのときのムーンサルトのおかげなんです。だから……教えていただけませんか」

 アラタは茶化すのをやめた。

「思い入れを持ってくれるのは嬉しい。でも、その結末は知っての通りよ。大沢ちゃんが禁じているのも、この膝が理由だもの」

 アラタの左膝の靭帯は切れてしまっている。

「なんでムーンサルトのような後方回転系は危険か。それは力学的に言うと回転運動量、所謂モーメントの問題なの」
「モーメント?」
「モーメントは回転軸から遠いほど強くなるのよ」
「それって……」

 後方回転系は上半身を回転軸としてバク宙して相手にボディプレスをかぶせる。
 一番モーメントが大きいのは足だ。
 しかもマットに膝を打ち付けることが多い。

「膝にダメージが集中しやすい危険な技なの。わかるでしょ?」
 アキラはミナミの頭を撫でた。

(理論はわかるけど……)

「発想の転換をしたらどう?」
「発想の転換……もしかして……」

 ミナミの思考に一つの考えが生まれる。

「下半身を軸に上体を回転させればいいの?」
「そう。組み合わせたら?」

 ミナミは頭の中で想像する。

「後方回転から体を捻って前を向き、450度前転でボディプレス……」
「フェニックス・スプラッシュという技よ。あなたの空中センスならやれるかもね」

 ミナミはごくりとつばを飲み込んだ。

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