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中国的想像力ーミニ読書感想『老神介護』(劉慈欣さん)

劉慈欣さんの短編集『老髪介護』(大森望さん、古市雅子さん訳、KADOKAWA、2022年9月7日初版発行)が安定の面白さでした。訳者あとがきで、劉作品はいまや中国文学の代表で、「中国的想像力」の旗手であるという指摘が言い得て妙だと感じました。人間の本質を問う寓話性と、ぶっ飛んだSF的世界観。「古事」と「超最先端」の融合が、まさに中国的想像力だと思うのです。


たとえば、神が地球と同じように想像した「兄地球」の人類が静かに地球を侵食する様を描いた『扶養人類』。この兄地球では、資本主義が加速した結果、「終産者」というたった一人に富が集中し、空気や水さえも終産者の所有物になりました。

富を文字通り全く持たない大多数の貧困者は、最低限の生命維持だけ可能なシェルターの中で「生かされている」。シェルター民の男が、自分の母がどれほど凄惨な死を遂げたかを語る。

なのに、ある日の深夜、母は寝ぼけてエアロックを抜け、外に出てしまった。きっと大自然の中にいる夢を見ていたのだろう。法執行ロボットが母を発見したときには、すでに家からかなり離れていた。ロボットは母がエアメーターを呑んでいないことに気づき、母を家まで引きずって行った。そのさい、ロボットは母の首を掴んでいた。殺そうとしたわけじゃない。他の公民の不可侵の私有財産ーー空気ーーを守るため、母が呼吸しないようにしただけだ。法執行ロボットは母の遺体を置くと、母が窃盗罪を犯したことをわたしたちに伝え、罰金の支払いを求めた。しかし、うちにはもう金がなかった。そこで母の遺体は、罰金の一部として没収された。言っておくが、貧乏人の家にとっては遺体ですら貴重な財産だ。
『老髪介護』p119-120


淡々とした思い出語りの中で、あっという間に母が死に、遺体すらも借金のかたの資産として没収されてしまう。この重さと軽さの混在さ。独特のリズムが劉作品の特徴です。

終産者が君臨する世界の姿は、実に寓意を含んでいる。究極の貧富の差とはどういうものかを突き付ける。劉作品で語られることは、未来的なのに、「矛盾」や「李下に冠を正さず」といった中国古事に通じる普遍性が詰まっています。

『老神介護』は、劉作品の代名詞『三体』より前に書かれた作品の集まりで、『三体』でも使用されたモチーフ、エッセンスが随所に見つかります。たとえば、『白亜紀往事』では『三体』第二巻で印象を残した蟻が主人公になっている。『扶養人類』でも、侵略してきた兄地球がオーストラリアに「居留地」を設ける設定に「あ!」と頬が緩みます。

『三体』にはまった読者は、確実に楽しめる短編集です。

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