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あなたの未来を私が勝手に決め手はいけないーミニ読書感想『明日の僕に風が吹く』(乾ルカさん)

乾ルカさんの青春小説『明日の僕に風が吹く』(角川文庫、2022年9月25日初版発行)を読んで涙がこみ上げました。作中の表現を借りれば、「折れかけた心をバットでフルスイングされた」(p204)。ちょっと仕事がしんどかっり、人間関係に疲れたりした人に、逆におすすめしたい。熱い感動や励ましではなく、直球の青春が、ショック療法のように心を奮い立たせる。

主人公の男子高校生、川嶋有人は、中学時代のある出来事をきっかけに不登校となり、高校進学ができていない。部屋から出ることができなくなった有人に、尊敬する叔父が「自分が医師として働く北海道の離島の高校に来ないか」と誘い出す。離島留学。ここから、有人の再生が始まります。

と、こう書くと、離島のあたたかな人間関係、心を溶かす人情、後押しする青春イベントーーといった数々が思い浮かぶはず。本作を「直球の青春」と書きましたが、それはこうしたステレオタイプを意味しない。むしろ、現実の青春に特有の葛藤やひねくれ、反発、いわば「辛み」「渋み」をしっかり含んでいる。そういう意味で現実的というか、直球なのです。

実際、主人公はなかなか立ち直らない。本人も自覚するように、弱さがある。島の人の優しさをそのまま受け取れない。心と心で交流できない。碇を深く下ろした船のように、なかなか不登校につながった「過去」から抜け出せない。

ここからは、少しネタバレになります。


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最も印象に残ったのは、島での日々を過ごし、その「過去」の当事者と再び顔を合わせるシーン。ぼかして書くと、主人公はその当事者の未来を自分が悪い方に変えてしまったと気に病んでいる。しかし、そう本心を打ち明けると、その当事者は「怒っている」と語る。

「私はちゃんと生きてるし、やりたいことだっていっぱいある。駄目になったなんて一ミリも思ってない。でも川嶋くんは、自分と一緒に私の未来も駄目になったって決めつけた。それってすごく失礼だよ。まるで私が死んじゃったみたい。勝手に殺さないでくれる?」

『明日の僕に風が吹く』(p189)

「勝手に殺さないでくれる?」この台詞にガン、と心を打たれました。

過去からの再生。その前提は、過去が傷であり、絶望であること。普通の物語は、その前提を動かしはしない気がします。絶望的な都会の過去と、離島の現実から出発する輝ける未来。そういう対比の方が物語として容易ではないでしょうか。

しかし、この当事者はそういう物語的構図を拒絶する。勝手に決めないでよ、と。本作はこのように、物語の型を打ち破って、なお物語として紡がれようとする生命的な強さがある。

私の未来を、あなたが勝手に決めないで。この叫びは、さまざまな困難を抱える障害者や、病気を持つ人、ハンディキャップを持つ人全てから発せられるものではないかと感じました。だから胸を打たれたのです。

私は最近日々、発達障害の可能性のある自分の子どもの未来を案じてしまう。いったいどんな人生を歩くんだろうかと、心配になる。しかし、それは子どもの側からすれば、「勝手に心配しないでよ」という気持ちがあるんだろうなと、この台詞に出会って想像したのです。

心配はもちろん愛から生じる。でも同時に、それは定型発達者、多数者の側から見た「幸せ」に縛り付け、それに添えないことに関して同情的なまなざしを含んだものであると、気付かされます。

あなたの未来を、私が勝手に決めてはいけない。

青春とは、勝手に決められない、そういう可塑性のあるものだと思い至ります。本書は、読んでいて胸が苦しくなる場面が多い。でも青春って、はなからそういうものだったなと、なんだか笑いたくなるのでした。

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