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自分だけの「読書地図」を描きたくなるーミニ読書感想『SF超入門』(冬木糸一さん)

SF小説、ノンフィクションの注目最新作を発信している名ブログ『基本読書』のオーナーである冬木糸一さん初の単著『SF超入門 「これから何が起きるのか」を知るための教養』(ダイヤモンド社、2023年2月28日初版発行)が面白かったです。読書ブログの積み重ねの中で培った、冬木さんのSF知識が総動員された一冊。どのSF作品が、どのように面白いのか、「SF沼」を俯瞰する「地図」を提示する。

その地図を辿ると、読者は思わず「この作品も入れて欲しいな」と欲が湧いてくる。これが本書の最大の魅力です。冬木さんの「この本すごいよ」が、私たちの「いやいや、この本もすごいですよ」と内なる声を引き出してくれる。自分だけの「読書地図」を描きたい、そんな熱量を授けてくれる本です。


そう、だからタイトルは「超入門」になっていますが、SF初心者も、SF好きも、同じように楽しめる一冊になっている。ビジネス書の色彩を(書影からは)強く感じますが、ビジネス書は読まない本読みの方にも自信を持っておすすめできます。

本書では、「仮想世界・メタバース」「人工知能・ロボット」「生物工学」など、17のキーワードを示し、各キーワードに合致するSF作品の中から「これ!」という1〜数冊を紹介してくれる。

本というのは無数にあるという意味で広大な「森」なわけですが、その中でも特に巨大な、あるいは美しい、あるいは奇天烈な「樹木」がどこにあるのか示してくれている。そんなイメージです。あるいは森の中で立ち寄るべき岩、山、謎の建造物。そこをおさえることで、森の見通しはかなりクリアになる。

本書であえて「沼」としているのは、○○沼が人口に膾炙しているからか、「ハマったら抜け出せない」という趣旨なのだと思いますが、私は本書を読んだ時に果てのない森を思い浮かべました。

そして、冬木流の「歩き方」で森を歩くと、むくむくと湧き上がる思いがある。「いや、こっちの木も見ていってよ」と。

たとえば「不死・医療」では、伊藤計劃さんの名著『ハーモニー』や、マルク・デュガンさんが不死技術を手中に収めた大企業の支配を描く『透明性』が挙げられている。

私は村上龍さんの『歌うクジラ』を入れたい、と感じました。古代の歌を歌う「不死のクジラ」が発見されたことをきっかけに、不死を獲得した人類ととても手が届かなかった貧困層の格差社会や、実はその裏にあった秘密が描かれる長編。


本書のキーワードには「軌道エレベーター」や「マインド・アップロード」も挙がるのだけれど、そのどれにも『歌うクジラ』は関わる。本書を読んだことで、「歌うクジラはてんこ盛りの作品だったんだな」と感慨を新たにできました。

また、17のキーワード「以外」を思い浮かべる楽しみもあります。たとえば「愛・コミュニケーション」なんかはどうだろう。本書は「ジェンダー」をピックアップしているけれど、技術の進展はそもそもの「愛」にどんな影響を与えるだろうか?

「愛・コミュニケーション」なら、コニー・ウィリスさんの『クロストーク』を挙げたい。恋人の考えていることや愛情を即時リンクで感じる技術が実現した社会。その手術を受けたら、なんと恋人とは別人の冴えないギークな男と接続して、、、というコメディタッチのSFです。

愛する人と考えを共有できたらどれほどいいだろうか?とは誰しも夢想すること。一方で、「心の内」の喪失はイコール、プライバシーの消滅で、それはどれほど過酷なことだろう。SNSが拡大し、プライベートが削り取られていく現代への警鐘も込められている作品です。

こんなふうに、一枚の地図を得た私たちは、どんどんとその地図を書き換え、書き加えたくなる。

それは、著者がこの本に込めた熱量がとてつもないから。「おわりに」でこう記されている。

 56作(シリーズ)を紹介してきたが、この最も重要な選定基準は「筆者自身がのめり込むように楽しんで読んできたSF」であることだ。すべてはこの「楽しい」という気持ちから始まるのだと僕は思っている。結局のところ、夢中になって読んだ本だからこそ、人は影響を受け、変化するのではないだろうか。
『SF超入門』p436

私たちは影響を受けたくて読んだものから影響を受けるのではない。「楽しい」からこそ心動かされ、影響を受けるのだ。

本書に詰め込まれた「楽しい」が、読者の「楽しい」を呼び起こす。私は間違いなく、本書に影響を受けました。

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