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生きづらさの科学的解明ーミニ読書感想『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(井手正和さん)

心理学者・井手正和さんの『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(SB新書、2022年12月15日初版発行)が勉強になりました。ASD者(自閉スペクトラム症者)の感覚過敏や感覚鈍麻に関して、脳科学研究の最新の知見を紹介してくれる。いわゆる「生きづらさ」が、科学的に言うとどのように説明可能なのかを明かしてくれます。

こうした「生きづらさの科学的解明」は、今後さらに進んでいくのだろうなという希望を抱きます。それにより、科学的対処法だ見つかるだけでなく、社会の理解増進にもつながる可能性がある。


たとえば、ASD者には、定型発達者よりも時間の感覚が鋭敏で、動きのあるものが止まって感じられたり微妙な変化を察知したりする「時間分解能」が高い特性の方がいるそうです。こうしたASD者は、複数の感覚を処理する脳の左側の上側頭回(STG)や、感覚運動系を処理する左腹側運動前野(vPMC)の活動が活発だった(p111)。

著者は、こうした脳の機能特性を「リミッターをかけずに脳を活動させている」と表現。たとえば、ASD者には「いつもと違う道を通るのが苦痛」というこだわりが困りごとに発展する方もいますが、これに関して次のように説明を試みます。

(引用者注・定型発達者は)なぜ、「いつもと違う道」に不安を感じないのか?  敢えてわかりやすい言葉を使うならば、定型発達者は「ぼんやりと情報収集をしているから」です。ここには脳にかかる負荷を減らそうとする〝リミッター〟の役割が関係しているかもしれません。
 では、〝リミッター〟をかけずに情報処理を行うASD者にとってはどうでしょうか?  「いつもと同じ道」と「いつもとは違う道」では、道幅も違う、標識も違う、建物も違う。お店から漂ってくる匂いも違うし、耳にする音もまったく違う。皮膚で感じる細かな振動などと当然変わってくる……五感で得られる刺激のなにもかもが違います。つまり、「いつもと同じ道」と「いつもとは違う道」を、まったくの別世界のように感じている可能性があるのです。

『発達障害の人には世界がどう見えるのか』(p120)

脳機能の差を解明することで、「リミッター」という概念を導き出す。その概念を敷衍することで、「いつもと違う道を拒むこだわり」が、「別の感覚世界に連れて行かれる恐怖」という見え方に変化する。とても興味深く、意義深いと感じました。

定型発達者の私たちは、ASD者のこの特性を「こだわり」と表現することからも分かるように、何となく精神的な囚われ、「本人の意思」のように捉えがちです。しかし、科学的な見方への転回を試みた後では、「こだわり」の認識はいささか「軽い」という捉え方にも思えます。

もちろん「こだわり」という表現はやわらかく、万人の間で共有しやすいのも事実。でも、本書を読んだ後では、もう少し「本人にはいかようにもしようがないこだわり」と認識できるようになります。

本書ではさかんに強調してくれていますが、ASD者の脳機能の特性は決して、定型発達者より劣っているわけではない。両者には優劣はない。ただ単に、複雑な現代社会においては「ぼんやり理解する」という定型発達者の脳機能が有利に働きやすいということに尽きます。逆に言えば、ASDの脳機能はどうしても不利に働きやすい。

社会構造を変えるのは容易ではありませんが、少しでも、ASD者にとっても生きやすい社会がつくれないか。つくっていきたい。そう思いを強くしました。

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