見出し画像

食べるために生きるのか、生きるために食べるのか


金はいろんな猶予をくれる。考えるための猶予、眠るための猶予、病気になるための猶予、なにかを待つための猶予。

あんたはほんとはべつにすごくもなんもないよ、あんたはただの運がない人、ただの可哀想な人、風水とか占いにすがるしかない、そういう人。わかる?

黄色い家 川上未映子

怖い小説だった。

金金金金金金金金金。

金が足りない。
稼がないと生きていけない。

全体を通して貧困にスポットライトが当たっている。

お金の話はシンプルだ。
お金がないと、私たちは生きていけない。

このシンプルさが、人を壊し、貶め、狂気に誘う。

「もうさ、生きているのが嫌になるわな」エンさんはため息をついて言った。
「食べるために生きているのか、生きるために食べているのか

生きることも、どの親に生まれてくるのかも、全く選べない。

このなんの選択も持てない不利なゲームで、登場人物はやっぱり不利な状況にいた。


人生って自分がコントールできるものじゃない。


桃子も琴美さんも蘭も、怖いくらい簡単に人生の舵を手放していく中で、花だけがなんとかその運命に抗おうと奮闘する。

より良い未来を思い描いては、せっせと貯金する。

そしてそんな花が一番、人生の舵取りが全く取れず、周囲の人や環境、貧困に翻弄されていく様が、とても皮肉。


《自分で決めた人生を生きる人間なんか、この世にいないってことだよ。それを僕はみんなに知らせるために、こんなふうに存在させられているんだよ》

そうなのだろうか。

選べないのだろうか。

運命とか、血とか、生まれとか、育ちって抗えないものなんだろうか。


そんな花が最後に選んだものがある。

選べたものがある。

それは花が学生の頃、黄美子さんに食べ物でいっぱいにしてもらった冷蔵庫を忘れられなかったから。


でも果たしてこれは、花が“本当に”選べたものなんだろうか?

終わりまで後味が悪い本、だけど読み進めずにはいられない本です。


Written By あかり

アラサー女

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,615件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?