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【童話】怒りの大地

 あるとき、大地の女神は激怒した。そしてもう二度と、人々に新しい命を授けることはしまいと、世界の果てから果てまでをすべて焼き尽くしにかかった。
 山が燃え、川が途絶え、草木は萎え、種実はひとつも実らず、海さえも渇れ、地面はひび割れ、そしてすべての女が、子を成さずに死んでいったーー。

 深海の、いちばん最後の一滴が蒸発しようというとき、賭け事をして遊んでいた天空の神々は、ようやく女神の怒りに気づいたのだった。
「さあ、もうよいではないか。人間には我々から罰を与えておこう」
 このとき女神はすでに死にかけていた。これは仕方のないことである。なんといっても彼女自身が大地そのものなのであるから。人類に嫌悪した女神は、自分自身を焼き尽くすことで、地上のあらゆる恵みを取りあげてしまったのである。
 女神は最後の怒りをふりしぼり、神々に告げた。
「ならば男の腹がふくれるように」ーー。


 天空の神々が降らせた永い永い雨のあと、新しい女神の誕生とともに、人類は初めて男子が出産を経験することとなった。女だけでなく、男も、身ごもるようになったのである。
 残念ながら、この最初の出産はうまくいかなかった。その次も、その次も、うまくいかなかった。たいがい、うまくいかなかった。出産の痛みや屈辱に耐えきれず、多くの男が恐怖に泣き叫びながら死んでしまうのである。ときに耐えうる者もいたが、誰も望んで妊娠などしたわけではなかった。
 男女が交わればそのどちらかが身ごもる、この事実は男たちを憂鬱にした。彼らはみな自分の腹がふくれるのを恐れ、暴力をふるえなくなってしまった。
「これでは男女が平等であると、女が勘違いしかねない」
 そう言って男たちはメソメソ泣いた。


 天空の神々は、あいかわらず賭け事に夢中であった。今後、地上では何が誕生し、何が生き永らえ、何が死に絶えるのかーー、そんなことを考えて午後の眠い時間を過ごすのが好きであった。
「人類はもう5000年と持つまいね」
「ああ、ダメだとも。賭けにもならん」

 そのころ地上では、まだ若い新しい大地の女神の怒りがふつふつと沸き起こっていたのであるが、それを知ったところで誰に何ができるというのであろうーー。



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