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犬にとって尻尾は"心の窓"

いきなりですが、皆さんに質問です。
でも、どうか身構えないでください。

イヌのしぐさのキホンのキともいうべきごく簡単なことをとり上げます。

【Question】次の2枚のイヌの写真を見比べてください。イヌのしぐさについて、上の写真と下の写真で、特徴的に異なっている点は何ですか?

1歳に満たないワイマラナー。ワイマラナーはドイツで品種改良を重ねられて作出された。基本的には短毛だが、この犬のように長毛のバリエーションも存在し、欧州各国のケネルクラブでは公認されている。 

下の空欄【  】を埋める形で答えてください。
(漢字だと2文字、ひらがなだと3文字)


イヌの【  】の位置



なーんだ。簡単すぎて拍子抜けしたぞ
という読者もきっといらっしゃることでしょう。
でも、答え合わせはきちんとやりましょうね。

イヌの尻尾に注目してください。
一般に、尻尾の位置は、攻撃性や自信が強まるほど高くなり、気分が落ち込んだり恐怖を感じたりするほど低くなります
尻尾の位置には個体差があるので、そのイヌの平常の状態を判断基準にします。

ということで、答えは「尻尾(しっぽ)」が正解になります。
そもそも答えは、この記事の表題の中にありましたね(笑)

ところで、この尻尾ですが、イヌはうれしいときに尻尾をふります
これこそイヌのしぐさのキホンのキ。おそらく万人の共通認識のはずです。

行動学的には、おおむね次のように説明されています。

✅ゆれ幅が広いときは、親しみ誘いの気持ちが込められています。
「あなたが好きです」「仲良くしましょう」と言っているのです。
ゆれ幅が狭いときは、歓迎自己アピールをしています。
「こんにちは」「お元気ですか」「ここにいますよ」と言っているのです。

イヌの尻尾は甘えのサインとしても使われます。尻尾を下げ、くねらすようにふって、飼い主に近づいたり、感謝の意思表示をすることもあります。

警戒や威嚇のサインとしての尻尾の揺れ


しかし、実は、イヌはうれしいときだけに尻尾をふるわけではないのです。
警戒しているときにも尻尾を横にふるわせます。
注意すべきは、ゆっくりと控えめにふられ、体を緊張させている場合です。
こういうときは、人間や他のイヌに対して「近寄るな」とサインを送っているようです。

また、尻尾による「威嚇」もあります。
筆者自身が観察した例を挙げましょう。

30頭ほどの大型犬が「半放し飼い」になっている件の牧草地でのことです。
イヌたちがすれ違う際に、尻尾を高く上げて左右に小刻みにゆらすのです。
この場合、相手をじっと見つめます。「道をあけろ」と言っているのです。
もし相手が道を譲らなければ、その背中に前脚をかけたり、顎を乗せたりして、従わない相手をいさめるようなしぐさをします。

最近の研究から〜右に振るのと左に振るのでは、真逆の意味になる


さて、ここまでの話はいわば前菜です。メインディッシュを話題のテーブルの上に載せましょう。

イタリアの神経科学者たちが行なった研究によると、イヌは、他のイヌがふった尻尾の向きに応じて反応するといいます。

この件は、数年前ネットメディアでも盛んに紹介されたので、「はい。はい。聞いたことあるよ」という人も少なくないでしょう。

研究チームは、実験に先立って、イヌが、飼い主など近づきたいものを見ているときに尻尾を右にふる一方で、攻撃的な態度の他の犬など離れたいものに対面したときには、尻尾を左にふることを確認しました。

そこで、この研究チームは、尻尾を右と左にふるそれぞれのイヌの映像を別のイヌに見せて反応を分析しました。

多様な犬種の43頭で実験を行なった結果、(脅威を感じて)尻尾を左にふる映像を見たイヌは、尻尾を右にふる映像を見たときに比べて、心臓の動きが激しくなり、落ち着きのない行動をとったということです。

つまりこういうことだと言うのです。

尻尾が左にふれているのを見ると、心拍数が増加し、ストレスや不安の兆候を示す
✅尻尾が右にふれているのを見ると、リラックスする


研究で、親しみを感じたりうれしいときは脳の左側が活性化し、右側に尻尾をふる
一方、不安や脅威、ストレスを感じたときは脳の右側が活性化し、左側に尻尾をふることが判明したそうです。

補足をしておくと、従前から、動物の脳には次のような基本的なパターンがあることがわかっています。

☑️動物がリラックスした状態で物事に集中しているときは脳の左半球が使われる
☑️攻撃的になったり緊急事態や何か新しいことが起きたときは右半球が使われる
このパターンは、ヒトでも同様に見られます。

ああそうそう。尻尾の向きといえば、この前(といってももうだいぶ前ですが)、
ちょっと面白い写真が撮れたので、下にUPしておきます。

写真で解説〜 しぐさの変化に応じて尻尾はどう動く?



尻尾のふれている向き表情に注目してください。
(イヌたちは初対面で、上下の写真は同一時間帯に撮影したもの))

上の写真の柴犬の尻尾の向きは右。友好的な顔つきをしています。
相手のコリー犬に関心を持ち、「友だちになってもいいかも」と思っているように読み取れます。

一方、下の写真では柴犬の尻尾は左にふられ、顔の表情こそ見えませんが、相手に接近されすぎて明らかに緊張している様子が窺えます。

研究者たちの実験結果と矛盾していません。というより、矛盾してないどころか、あっぱれ!まるで図ったように符合してますね(笑)

ちなみに、この後の柴とコリーの関係にはどんな展開が待ち受けていたのか?絡みの妙が可笑しくて可笑しくて...こんなふうに、笑いをこらえながら撮るという経験は、ほぼないとまで2本足の犬(私のことです)に綴らせた、イヌたちの有様は、こちらでご覧になれます。


筆者の見方〜話はそれほど単純ではない


イヌたちは相手の尻尾の動きを意識的に「解読」しているのでしょうか?

論文を発表したイタリアの研究者たちは、イヌは体験によって学んでいるのではないかと考えているようです。ほかのイヌと何度か接触するうちに、尻尾が一方向によくふられている際は、その向きによって友好的かそうでないか判断できるようになったというわけです。

しかし、話はそう単純ではないでしょう。たとえば「カーミングシグナル」として紹介されているように、イヌたちには様々なボディーランゲージがあります。

また、このnoteでも何度か話題にしているように、においの信号もあります。

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おそらくイヌたちは、個々のイヌの尻尾の動きに注目しつつ、実際のところはその顔の表情やボディーランゲージ、さらには「におい」の情報を踏まえて、反応している(判断している)のではないでしょうか。

尻尾の動きに注目しているといっても、それは「無視をしない程度」に注目しているというレベルなのかもしれません。

尻尾の揺れには、そのイヌ独自の特徴がある


直近の別の研究についても、紹介しておきましょう。

2022年7月に中国科学院のチームが科学論文として発表した研究では、犬の尻尾の動きが人と対面した際にどのように 変化するか調査しました。

深層学習系のモーショントラッキング技術(AI)を使用して、10頭ビーグルの尻尾の振れ幅やスピードなど計2万1千回の動きを分析したということです。3日間の犬と人間の相互作用を調べると、対面初日に左寄りに振っていたしっぽが、3日目には右側に寄ったといいます。(✳️論文に掲載されている図解こちら

参考画像 ビーグル

尻尾は平常の範囲内だが、やや上げ気味だ。左右の揺れはない。顔つきは少し不安そうに見える。

要するに、なじみのない人と交流するとき、イヌの尻尾は左に揺れ、身近な人と接するときは、しっぽが右に振れるということです。左右偏在は、人に慣れる度合いと関係があり、人に慣れるほど右傾化するというのです。

この研究では、人間の歩き方と同様に、それぞれのイヌには安定した尻尾の動きがあり、そのイヌ独自の尻尾の揺れの特徴があることもわかったということです。


尻尾の揺れは、心理的葛藤の反映〜 体全体のようすに着目を


最後にもう一つ、面白い考察を紹介しておきますね。これでたぶんお腹いっぱいになるでしょう。

ゆれる尻尾についての、動物行動学者のデズモンド・モリスの唱えている説です。尻尾をゆらすときはイヌの中に相反する感情が芽生えているというのです。
たとえば、「あっ、この人にかまってほしいな。でもなんだか怖いな」というように、人なつこさと恐怖感が同時にわいているといった状態です。

ある動物の中に相反する感情があるとき、その動物は同時に二つの方向に引っぱられるのを感じています。前へ進みたいけど後ろに退きたい。左に曲がりたいけど右にも曲がりたい。こんな気持ちに同時に襲われていると、動物はどちらにも行けず、その場にふみとどまっていなければなりません。こうした緊張状態が尻尾に反映するというわけです。

尻尾をふっている場合、顔の表情を始め体全体のようすをよく観察して、イヌの気持ちを推し量るようにしたいものですね。

目は心の窓と言う諺があります。目を見ればその人の本心がわかるという意味です。 この諺に倣えば、犬にとっては尻尾が心の窓と言えるかもしれません。


※上記のコラムは、『イヌのホンネがわかる本』(光文社知恵の森文庫)のP 32-34を大幅に加筆修正しBlog Akira Hori Finderに投稿された「イヌは しっぽを解読する?」を当サイトへ移行させたものです。 移行にあたり、新情報を加えタイトルも変えました。


⏬ぜひ併読を!


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✳︎参考文献

Seeing Left- or Right-Asymmetric Tail Wagging Produces Different Emotional Responses in Dogs l Marcello Siniscalchi

Left-right asymmetry and attractor-like dynamics of dog's tail wagging during dog-human interactionsYong Q Zhang

家犬搖尾有何運動特征?最新研究顯示對人越熟悉越偏右|中國新聞網

デズモンド・モリス『 ドッグ・ウォッチング』(竹内和世訳、平凡社)




                  

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