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味覚で光を感じる?目のない線虫が光を視る仕組み 【論文紹介】

前回、線虫という目を持たない単純な生き物も色の情報を利用できる、といった内容の論文を紹介しました。

そこで紹介した論文では、線虫が青い光と黄色い光と活性酸素の情報を複合的に利用して緑膿菌から逃げている可能性が示されました。
では、線虫はどうやって光を感知しているのでしょうか?
線虫は目もなければ、人間などの動物が持つオプシンという光センサーの遺伝子も持ちません。そんな線虫が光を、しかも青と黄色の2色の光を感知するのはどんな仕組みによるのでしょう?

味覚受容体が活性酸素を介して光を感知する

実は、青い光の感知の仕組みについてはここ15年ほどの間ずっと調べられてきました。
2008年に線虫が青色光やUVから逃げることがわかり、またその反応にLITE-1という遺伝子が必要だとわかりました(参考1参考2)。
しかしこのLITE-1は、オプシンなどの光センサーではなく、味覚受容体と類縁性のある遺伝子です。味覚、つまり化学物質の感知に必要な遺伝子が、どうやって光の感知に使われているのでしょう?

このLITE-1が味覚受容体的な遺伝子であることから、研究業界は少しややこしい話に入っていきました。
紫外線や青色光は細胞に対して活性酸素の発生を引き起こすことがわかっています。その結果として活性酸素が遺伝子を傷つけたり、細胞死を招いたりします。
そして活性酸素とはある種の化学物質です。
これらのことから、LITE-1は直接光を感知するのではなくて、光によって生じる活性酸素を感知しているのではないか?という仮説が立ちました。

この仮説は少なくとも部分的には正しいことがわかっています。
部分的にと言いますのも、LITE-1は活性酸素にも確かに反応するが、光そのものにも反応しそうだとこれまでにわかっているのです。
まず活性酸素への応答に関連して、青色光は線虫の回避行動だけでなく線虫がものを食べるためにする喉の収縮を抑えることがわかっています。この光による喉の収縮の抑制には、青色光によって生じる活性酸素の影響がありそうだと言われています。
これは、活性酸素の一種である過酸化水素を分解したり抗酸化物質で中和する条件では光による喉の収縮が抑えられるためです。
ちなみにこの光による喉の収縮にはLITE-1の他にもGUR-3という味覚受容体の親戚が必要だとわかっています(参考3)。そして光の代わりに過酸化水素を投与した場合にも、光を当てた時と同じように喉の収縮がLITE-1とGUR-3を介して抑えられたのです。
つまり、確かにLITE-1とGUR-3は過酸化水素に反応する性質を持っていそうなのです。

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LITE-1は光そのものの吸収もできる

しかしその一方で、LITE-1は確かに光を感知しているという報告も出ています。
2016年に出た論文は、そのタイトルから「The C. elegans Taste Receptor Homolog LITE-1 Is a Photoreceptor(LITE-1は光受容体である)」と主張しています。
この論文では、まずLITE-1タンパク質を精製してきて、その溶液に光を当てたところ、確かに青色光や紫外線が吸収されたことを示しています。
さらにこの論文がすごいのは、このLITE-1の光感知に必要なアミノ酸を同定しています。
LITE-1のようなタンパク質は数百や数千のアミノ酸が一列に並んだものですが、その中でどのアミノ酸が光感知に必要かを見つけ出しているのです。
実際にそのアミノ酸を別のアミノ酸に変えてしまうと、LITE-1は光をほとんど吸収しなくなり、細胞にそのLITE-1を入れても細胞は光に応答しません(通常のLITE-1を細胞に入れると、もともと光に反応しない細胞でも反応するようになります)。

ちなみに先ほど出てきたGUR-3は光にほとんど反応しないことも示されていますが、面白いことにLITE-1の光感知に重要なアミノ酸をGUR-3に導入すると、GUR-3も光に応答するようになりました
つまり親戚同士であるLITE-1とGUR-3は、アミノ酸の違いによって光に反応するかどうかが区別されているのです。
これはLITE-1がどう進化してきたかにも関係していて、アミノ酸の種類はそもそもDNAの配列によって決まりますが、味覚受容体のDNA配列が少し変わってアミノ酸が変化すると、LITE-1のように光に反応できるようになることが、この論文によって示唆されているのです。
ちなみにLITE-1の過酸化水素の関係もこの論文で少し触れられていて、それによると過酸化水素を加えるとLITE-1は光を吸収できなくなるそうです。

結局、LITE-1・光・活性酸素の関係は?

過酸化水素と光とLITE-1/GUR-3の関係はこれによってかなり複雑になっています。
GUR-3は比較的シンプルで、GUR-3は光には反応しませんが過酸化水素には反応します
ややこしいのはLITE-1です。LITE-1は光にも過酸化水素にも反応します。しかし過酸化水素を加えると、LITE-1は光に反応しにくくなります
光も過酸化水素もLITE-1を活性化する役割は同じなのに、過酸化水素は光に対して敵対的な影響を持っているのです。
この性質のせいで、光を当てた時にLITE-1に何が起こっているかが想像しにくくなってしまっています。

つまり光を当てたらLITE-1は確かに光を吸収して反応しますが、しかし光によって生じた活性酸素はその光への反応を抑えてしまうのです。しかし光への反応は落ちるものの、活性酸素自体はLITE-1を活性化します。
何を言っているかわかりましたか?(笑)
本当に面倒くさいことをしてくれたなLITE-1、という気持ちで一杯ですが、自然な進化の末のことなので受け入れるしかありません。
ただ言葉だとややこしいですが、図にすると少し簡単になります。

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またこのLITE-1のややこしい性質は、線虫の光応答のパターンとも類似しています。
どういうことかというと、線虫は青色光によって喉の収縮が抑制されると言いましたが、その抑制は光照射してから5秒後くらいに少しだけ回復します参考4;下図参照)。
この解釈として、まずLITE-1による光感知で喉の動きが抑制されるが、そのあと光で生じた活性酸素が5秒ほど遅れてからLITE-1の光応答性を抑えるために、喉の収縮が少し回復すると考えられます。
しかも完全には回復しないのですが、それは発生した活性酸素自体が喉の収縮を抑える効果を持っているからと考えれば、先ほどのLITE-1やGUR-3の話と合致しますよね。

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【ちょっと反論】
ただし、LITE-1を持たない線虫も光照射5秒後の回復が見られ、反対にGUR-3ではその回復がないため、活性酸素がLITE-1の光応答性を抑えるから回復するという説明は地味に話が合いません。
GUR-3を持たない線虫でこの回復がないことから、GUR-3が活性酸素に順応(同じ刺激を受け続けて反応性が弱まること)してしまって、活性酸素への応答が弱くなるのが原因かもしれません。
いくつか可能な説明はあると思いますが、私の知識ではこの辺りはまだ理解しきれていません。
少し調べれば実は解明されている話かもしれませんので、こんなややこしい話をしておいてなんですが、ご興味あれば調べてみてください。

原点回帰:黄色い光はどう感じる?

さて最後に、前回紹介した論文の話に戻ってみましょう。
その論文の中では、線虫が青い光と黄色い光の比率に応じて、逃げる行動がコントロールされることが示されていました。
上述の通り青い光に反応する仕組みはわかってきていますが、私の知る限り線虫の黄色い光への反応については全く知られていません。

同論文において、黄色い光による調節にLITE-1が必要である可能性が示されています。
具体的には、色素によって黄色い光がカットされた状態と、カットされていない状態とで回避行動を比べると、通常の個体では黄色い光がカットされた場合の方が回避行動が強くなりますが、LITE-1を持たない個体では2つの条件で違いがなかったのです。

このことからLITE-1が黄色い光による調節に関与していそうなのですが、その仕組みはまだわかりません。
考えられる可能性をいくつか挙げると、黄色い光を受容するタンパク質がLITE-1とは別にあって、そのシグナルがLITE-1を調節する可能性が一つ。
別の可能性としては、LITE-1の活性自体が黄色い光を調節する可能性も考えられるでしょう。
ちなみにLITE-1は黄色い光を吸収しないことがわかっていますので、黄色い光そのものが直接的にLITE-1を調節する可能性は低いのですが、青色光と黄色光を混ぜた時にどうなるかは観察されたことがないはずなので、ひょっとすると色を混ぜるとまた違う反応性が見られるのかもしれません。
タンパク質一般にアロステリック制御という概念があって、ある刺激が別の刺激への反応性を変えるというものですが、基本的には化学物質の結合に関する言葉です。
もしかするとタンパク質の光感知におけるアロステリック制御みたいな話が出てくる可能性もありますね。

結びになりますが、線虫は味覚に関わるタンパク質を転用して光感知に使っています。
人間を含む動物種にはオプシンという光センサーを持っているものがあり、これにより様々な色を感知することができています。
しかし線虫にはそのオプシンがありません。
オプシンを持たないなりに光に反応する仕組みを獲得してきた線虫を見ると、いかに光の情報が重要であるかを再認識するとともに、光を感知するだけなら目という構造物はいらないのだなと思い知らされます。
同時に、光の空間的な分布を細かく知ろうと思うと、目のような高度なセンサーが必要になるのでしょう。
動物種ごとにどんな環境情報が必要になるのかが異なるため、感知する仕組みに多様性が生まれるのでしょうね。
妄想し始めると止まらない、面白い話です。

長文にお付き合いいただきありがとうございます。
科学の話はちょこちょこあげていくつもりなので、ご興味あればまたお付き合いください。

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