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目のない線虫も光の色を区別する!菌の感染の回避戦略 【論文紹介】

今回は視覚の仕組みについてお話したいと思います。
ただし視覚といっても、ヒトの視覚でもなければ哺乳類のでも、さらには脊椎動物のですらありません。
今回取り上げるのは線虫という小さい線状の生き物です。
線虫といってもいろんなタイプがいて、アニサキスのようにヒトに寄生するものもありますが、最もよく実験で使われるのはC.エレガンスという種類の線虫です。以下で単に線虫といったらC.エレガンスを指すこととします。
この線虫は私の研究対象でもあり、下の画像は私が自分で撮影したものです。これで体長1mmくらいの大きさです。

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さて今回の話題は視覚ですが、見てわかる通り線虫に目は存在しません。
そんな線虫の視覚を話題にしようと思った理由は、2021年3月にこんな論文が出たからです。
それが「C. elegans discriminates colors to guide foraging(C.エレガンスは色を区別して行動を制御する)」という論文です。
目のない線虫が光の色を区別するって不思議ですよね。
今回はこの論文を足がかりに、目のない線虫が光に応答する仕組みについて考えてみたいと思います。
意外とこの原始的な"視覚"から「視覚ってそもそもなんだ」とか「どう視覚が進化してきたのか」など妄想しがいのある話に繋げることができて面白いですよ。

線虫による色の識別

では早速、件の論文を解説してみましょう。
もともと線虫が青い光から逃げることは知られていました。この論文ではまず、青い光から逃げる性質によって線虫に感染する青い菌(緑膿菌)を回避している可能性を確かめています。
どう確かめたかというと、普通の緑膿菌の上に線虫を置いて数字時間後に逃げた割合が明かりを消すと低下することから、緑膿菌の回避に光の情報が使われていることをまず確認しました。次に、青い色素を合成できなくした緑膿菌で同様の実験をしたところ、緑膿菌から逃げる程度は光があってもなくても変わりませんでした。つまりこの色素を通じた光の情報が緑膿菌の回避に必要だと、ここまででわかりました。

【コラム】
実はここで一点「おかしいな」と感じたことがあります。実は線虫はここで使われている緑膿菌に初めは近寄っていくことが知られています。
これまた面白い話で、線虫は最初この緑膿菌に近寄っていき、そこで緑膿菌に感染して初めて緑膿菌から逃げるようになるのです。
なので最初この論文で緑膿菌から逃げる行動を観察したと見たときに、「逃げないでしょ。なんか間違ってないか?」と思いました。
ただこれに関しては、この論文では線虫が最初から緑膿菌に置かれているため、いきなり感染して緑膿菌から逃げる行動へと早々にシフトしているのだと思います。
また論文中で見ているのは、線虫を緑膿菌の上においてから数時間後という長い時間スケールでの回避行動なので、線虫が菌に感染してそこから回避行動へとシフトするのに十分な時間だと思われます。
ちなみにこの線虫の緑膿菌回避は、2005年から15年以上精力的に研究されていて、最近でも感染した記憶が子孫に受け継がれるという話などで盛り上がっています。
なかなか面白い話題ですので、もしかすると後日記事にするかもしれません。

しかしここで一点、調べないといけないことがあります。それは、この青い色素は活性酸素を発生させるのですが、線虫は活性酸素を嫌がることがわかっています。そこで、青い色素による緑膿菌の回避に活性酸素の影響があるかどうかを調べなければなりません。
そのために著者たちは、活性酸素を発生させないただの青い色素を使って実験をしました。この実験では先ほどの緑膿菌の代わりに線虫の餌である大腸菌を使っています。緑膿菌を使ってしまうとそれだけで線虫が逃げてしまうので、色素の影響を測ることができないからです。そうした実験の結果、青い色素だけでは線虫はほぼ全く大腸菌から逃げていきませんでした。
次に、反対に活性酸素のみの影響を調べるために、活性酸素を発生させる無色の薬品であるパラコートを使って同じ実験をしました。その結果パラコートのみでも大腸菌の回避に影響はありませんでした。
しかし、青い色素とパラコートを同時に使ったところ、大腸菌から逃げる割合が増えました
つまり以上のことから、線虫の緑膿菌回避には、色と活性酸素の両方の情報が同時に必要であることが示されました。

追記:活性酸素が必要であるという説明は誤りかもしれません。論文の文中では「活性酸素を発生させる色素が必要」という書かれ方をしているのですが、補足の実験結果によると今回の実験条件では活性酸素の一種である過酸化水素に変化は見られなかったそうです。
つまりこの青い色素とパラコートの存在下で光を当てても、今回実験に使った光の強さでは過酸化水素はほとんど発生しないようです。
別の種類の活性酸素が関与するかもしれませんが、現状では辻褄の合う実験結果にはなっていないように感じます。
今後の実験が待たれますね。

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さて、ここまでの実験について一つ考えてみましょう。線虫は青い光(と活性酸素)があるとその場所から逃げます。しかし白色光では線虫は逃げないことも論文の中で確認されています。
ですが白色光というのは様々な色の混ざった光ですので、青い光も含まれています。ではなぜ白色光では逃げないのでしょうか?

可能性の一つとして、別の色の光が青い光の効果を抑えている可能性が挙げられます。白色光に含まれる青色以外の光が、青い光から逃げることを抑制しているという可能性です。
この可能性を確かめるために、緑膿菌の青い色素と白色光とでどの色の成分に違いがあるかを確認すると、黄色い光の成分が青い色素ではかなり弱くなっていることがわかりました。
そこで青い光と黄色い光を色々な比率で混ぜた条件で、線虫の逃げる能力がどう変わるかを確かめました。
(余談)
その実験ではなぜか先ほどの活性酸素と光を使った実験ではなくて、嫌な匂いを嗅がせた時に大腸菌の上から逃げていく割合を調べています。これは、先ほどの青い色素を使った実験から、嫌な匂いからの回避も青い色素によって増強されることがわかり、この青い色素で逃げる行動が全般的に促進されるだろうという話も示すために、先ほどと違った実験をしていると思われます(Science誌は紙面の制限が厳しいので、少ない情報で多くのことをいう必要があり、時々理解に苦しむことがあります)。
(余談終わり)
さて、青い光と黄色い光を混ぜたところ、比率に応じて嫌な匂いの回避が強まることがわかりました。
つまり線虫はこれまで注目されていた青い光だけではなく、黄色い光の情報も使っていそうだと示唆されました。

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上の図はまとめになりますが、なぜ黄色い光と青い光の比率が重要になるのか、線虫がどうやってそれを見極めているのかを知るには今後の進展を待たねばなりません。

ここまでで大筋は説明が終了しました。この論文では最後に、どんな遺伝子が関与していそうかを調べていてその手法は面白かったりするのですが、結果自体はまだ今後の進展待ちな感じなので、今回は割愛します。

実はこの後に、線虫が光をどうやって感知するのか、その仕組みについて今わかっていることを書いていったのですが、長くてわかりにくくなったので、一旦ここで切りたいと思います。
続きをまたアップするので、ご興味あればまた読んでみてください。

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