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SaaS経営者×投資家対談③|チームスピリット荻島浩司氏×DNX倉林陽

SaaS起業家のみなさんへ。

SaaSスタートアップへの投資に長年携わってきたDNX倉林が聞き手となり、SaaSスタートアップのヒントを詰め込んだ、経営者インタビューを3本連載でお届けしています。3社それぞれの創業ストーリーやSaaSモデルを選んだ理由、そして若手起業家へのメッセージをいただきました。みなさんのSaaSビジネスのヒントに、そして、成功への大きなモチベーションにして頂けたら嬉しいです。

第3回目は、株式会社チームスピリットの代表取締役社長 荻島浩司さん。
昨年2018年8月に東証マザーズへ上場。2009年よりセールスフォース・ドットコムを利用したクラウド事業に参入。勤怠管理、就業管理、工数管理、経費精算、電子稟議、社内SNS、カレンダーなど、社員が毎日使う7つの社内業務システムを一元化した、働き方改革のためのクラウドプラットフォーム「TeamSpirit」を企画・開発・提供。
働き方改革の追い風も受けて急成長を続け、今では「TeamSpirit」は数多くの企業にとって欠かせないサービスとなりました。

今回は同社の創業ストーリーに加え、salesforce.comを採用した背景、上場に到るまでの道のりなどたっぷりお話を伺いました。


1.創業のきっかけ

倉林: 荻島さんはまだ日本でSaaSのビジネスがないころ、先駆け的にsalesforce.comのPaaS [1] プラットフォームであるForce.com上でサービスを立ち上げられました。SaaSビジネスの可能性に気づかれて、早いタイミングでスタートされた創業経緯をお伺いできればと思います。

荻島さん:既存ビジネスから切り替えた経緯と、SaaSを選んだ理由の、ふたつに分けてお話しします。私は1996年に独立し、インディペンデント・コントラクターとして大手メーカー系SIerの中に入って銀行向けのシステムをプロデューサーとして商品企画から設計、マーケティングなどを担当していました。私がプロデュースしたサービスを、何百人月というリソースをかけてその会社が作るわけです。最初はひとりで行っていましたが、そのうち、少しずつ人を増やして一部のコアな部分については開発まで担うようになりました。ところが、予算の関係で完全な製品化ができないので一部受託の仕事が残る、そういう受託の仕事って企画に半年、設計に半年、開発に1年、納品しても動くまで半年と合計すると製品として仕上がるまでに2年以上かかってしまうんですね。さらにオンプレミスのシステムではコストとしてハードやミドルウェアの比率が高くアプリにかけられるリソースには限界がある。つまり、最初の提案の時には最新の技術だったとしても、2年以上経つと大抵陳腐になる。お客さんからすると、2年以上経っていざローンチすると、想像していた価値の2〜3割くらいしか得られないわけです。当然怒りますよね。だから導入後にフィードバックをいただきたいと申し込んでも、喜んで受け入れてくれる人が少なくて、焼畑農業のように次々とお客様を変えることになってしまうんですよ。

倉林:お客さんがリピートしてくれないということですか。

荻島さん:そうです。リピートするとしてもリースが切れる5年後になりますし。そんなことをずっと続けていると、お金になったとしても面白くないし、働いている人たちも嫌になってくる。お客さんの課題解決に貢献できているのか疑問だったんですよね。そのなかで、受託ではなく自分たちのプロダクトを作りたいという気持ちが強くなってきたわけです。当時、ASP [2] でやろうかと思ったんですが、初期コストがそこそこ必要で踏み切れずにいました。2008〜9年ごろになって仮想化の技術が進んで、いわゆるシングルソース・マルチテナント [3]が可能になるSaaSプラットフォームが誕生してきたわけです。

[1] PaaS:Platform as a Service。SaaSアプリケーションを実行するためのプラットフォームをサービスとして提供する形態のこと
[2]  ASP:Application Service Providerの略。アプリケーションの機能をインターネットを介して、顧客に提供している業者やサービスのことをいう。
[3]  Single Source, Multi Tenant:ひとつのシステムやサービスを複数の企業(ユーザー)が共有して使うことで、リソースや運用コストを大幅に低減しつつ、個別顧客向けのニーズに対応する設計アプローチ


2.salesforce.comを採用

倉林:コスト面が合わなかったASP型から、SaaSという形になってイメージ通りのものができるようになってきた、と。Force.comを使うことにしたのはどのようなご判断だったのでしょうか。

荻島さん:Force.comを選んだのにはふたつ理由があります。当時パブリックなクラウドってGoogle Cloud、AWS(Amazon Web Service)、Force.comの3つしかなかったんですよね。エンジニアはAWSがいいと言っていましたが、私はビジネス化の観点からForce.comがいいと考えました。しかも、当時100ユーザーまで無料だったんです。もう一つはForce.comがUSでは金融機関の採用実績があるということから決めました。今のように企業のクラウド利用が一般的ではない時代に金融機関で採用されているプラットフォームがあるとは驚きでした。

倉林:利用企業が1社100人まで無料で使えるということですね。

荻島さん:そこから先はお金がかかるんですけどね。今まで受託で単一のお客様だけを相手にしていたのに、多数のお客様が使う製品を作るということは、トラブルがあったら炎上するのではないかとか・・・怖かったわけです。だから無料で出せば、怒られることはないだろうという気楽な気持ちで作ったのが最初です。Force.comプラットフォーム上で勤怠管理をするシステムを出すと、当時salesforce.comの営業の人が、高価なSales Cloudを売るために、タダ使える勤怠管理があるとオマケのように提案しはじめたんです。そのおかげで、かなり早い段階で数百社が使ってくれるようになり、そのなかでいろいろとフィードバックをもらって、製品を強化することができました。

3.初の資金調達へ

倉林:1996年の創業以降2011年まで資金調達をされてこられなかった。外部からの資金調達について、どのような経緯があって決められたのでしょうか。

荻島さん:2010年ごろ、プロダクトを無料で提供し始めて、案外自社プロダクトでやっていけそうだという感触をもてたことや、勤怠管理のサービスは他に数多くあったにも関わらず、クラウドサービスにしたことで新たな市場ができそうだという市場性がイメージできたんですね、そこで受託をやめて自社プロダクトへシフトすることを決めました。資金調達もしなくてはと動き始めたのが、2011年、まさに倉林さんがSalesforce Venturesに着任したというすごいタイミングだったんです。

倉林:私の記念すべきSalesforce Venturesでの1件目の投資となりました。SaaS一本でやると決めた後で私のところにいらっしゃったので、「もう受託の売上は立っていないんですよ」とお話しされていましたよね。投資が決まらなければ終わりという勇気のいる状況。すごい覚悟を決めていらっしゃるなと思いました。

荻島さん:もともと私の中では受託の限界が見えていました。既存ビジネスを続けながらそんなに都合よく新しいものは作れないと考え、まず受託案件を「やめる」ということを決めました。最高益で積み重ねてきた利益全てと借金でなんとかなるんじゃないかと考えていたのですが、2011年3月の震災もあって、まったく売れなくなってしまって。

倉林:そのようなタイミングで、投資が決まり、最初のラウンドができるわけですけれども、それから今に至るまでにうまくいくこともあればご苦労されたこともありました。Force.comがどのように御社の事業拡大に寄与したのでしょうか。

荻島さん:一番大きいのは運用の安定性や、情報セキュリティの確かさ・安全性というシステム面でした。SaaSのスタートアップというと、技術寄りの視点で考える人が多いじゃないですか。ただSaaSの「S」はサービス。ソフトウェアをサービスにするという意味です。そこで、サービスを組み立てていくことが一番重要になると考えました。先程お話ししたように銀行向けのお仕事をしていたなかで、銀行だけが日銀と金融庁からシステム監査を受けるので、採用されている技術は安全性が担保され、ほかの企業にも波及するんです。クラウドを使ってB2Bのサービスをする以上安全性は最優先だと思ってForce.comを選びました。


4.ギリギリだったシリーズB

倉林:その後次のシリーズBまでの間、どのような進捗だったのでしょうか。

荻島さん:2012年の春にモバイル化をし、秋冬にはCloudforceというsalesforce.com主催の展示会イベント(現SWT)にプラチナ枠で出展しました。年間の売上が2500万しかないのに、イベント出展にかけた費用は1000万以上。しかも、イベント申込時にはキャッシュがなかったんですよ(笑)。普通の展示会なら前払いなんですが、salesforce.comの展示会は後払いで。事前に申し込みだけして、シリーズBが着金してからなんとか払ったんです(笑)。当時は本当にギリギリでした。ただ、あのイベントがすごく効いて。リーマンショックや震災の後だったことから、イベント出展者が少なく、そんななか日立・富士通と並んでチームスピリットがプラチナスポンサーとして出展したのですごく目立ちました。そのあとはよかったですね。そこまでは本当に苦しかった。

倉林:さらにその後、荻島さんご自身もsalesforce.comのマーケティングオートメーションツール「Pardot」を早期に使われていたのを覚えています。

荻島さん:はい、マーケティング的な施策は相当やっていました。

倉林:フリーミアムからだんだん中小規模の会社に入り、昨今はGB [4] とかEBU [5] のお客様も増えてきて、Sierさんと一緒に商談に行くなどして進化してきたと。

荻島さん:そうですね。ポジショニングはすごく意識していて、たとえば勤怠管理や経費精算を単品で提供する会社がありますが、我々のゾーンっていわゆるERPのフロント機能なので、この単品製品とぶつかることというのは、実はもともとないんです。どちらかというとマザーズに上場したいと考えているような、内部統制などを必要としている企業に使われていました。今も東証マザーズ市場の15%以上、今年3月月までの上場承認ということでいうと25%以上が、弊社のお客さんなんです。

倉林:上場前に内部統制を強化するタイミングでチームスピリットを導入したほうがいい、という流れが出てきているということなんですね。

荻島さん:はい、証券会社とか監査法人が紹介してくれるようになりました。すると今度は大手企業がERPを刷新する際に、スクラッチで一から作るよりTeamSpiritを利用したほうがいいということになって。我々のものを知った大手企業の担当の方がが出入りのパートナーに声をかけてくれて、ERPとセットで入れたいという話にまで発展してきているという流れです。

倉林:ID課金のサブスクリプションとしては本当に理想的だと思います。チームスピリットは顧客の全社員が使うべきアプリケーションですから、600円程度の単価でも、使ってくれる社員数が増えれば売上高の成長率は加速する。素晴らしい事例だったなと思っています。

荻島さん:ありがとうございます。

[4] GB:General Businessの略。従業員 600〜2000人未満の企業を表す。
[5] EBU:Enterprise Business Unitの略。従業員2000人以上の企業を表す。


5. モメンタムを捉えること、運を引き寄せること

倉林:私がさすがだなと思ったのは、働き方改革という国内の流れを最初に捉えられて、働き方改革研究所を設立された点です。モメンタムを荻島さんが察知して、逃さなかったのも大きかったんじゃないかなと思います。

荻島さん:もともと勤怠管理や経費精算を一体にしたということ自体は、いわゆるERPの入力機能をアンバウンドして一体化し、生産性を向上させるというコンセプトに基づいたものでした。ただそれを一言で言えと言われると難しかった。そこへ「働き方改革」という言葉が出てきて、「これだ!」と。ドンピシャでしたね。今の働き方改革は「長時間労働の是正」が中心になっていますが、次のステップは「生産性向上」が重要になってきます。我々は、働き方改革の肝はタイムマネジメントが重要であると考えていて、それゆえにコンセプトを、アウトプットを最大化することにおいてきました。そこが今お客さんにウケているポイントなんですね。

倉林:なかでも、御社の事業のすごいところは、サービスリリース以降常に低い解約率、Net Negative Churnでずっと運営できているところだと思います。投資家としてこれほど安心なことはありませんでした。カスタマーサービスやプロダクトの設計など、意識されていたことをお聞かせください。

荻島さん:プロダクトの観点で言えば、何と言ってもUI/UXデザインをよりよくすることをずっと考えていました。本来、勤怠というとHRなどの管理者目線でサービスが作られていることが多いんですが、我々は最初から「従業員のため」を唱い、従業員が使いやすいものを意識してきました。2011年にDreamforceの雰囲気を見て、マークベニオフの本も読んで、一番の命がお客様の組織化にあるということに気がついて、体制を整えました。とはいっても当時私たちは7人しかいなくて、私以外全員エンジニアで。営業の人もサポートする人もいなかったので、トラブルがあってもエンジニアが対応していました。問題があったらエンジニアが電話で受け付けて「今直しておきます」と対応していたので、かえってお客さんの満足度はめちゃくちゃ高かったんですけど(笑)。そのうち仕事量が増えてくるとエンジニアでは対応しきれなくなり、火が吹きはじめてしまって。そんなときに、グーグルで国内のサポートチームを立ち上げたうちのひとりが、ちょうどチームスピリットへ入社してくれて、彼女がひとりで全部つくりあげてくれたんですね。タイミングが本当によくて。運が良かったです。とにかく私たちは運がいい。さっきの倉林さんに出会ったタイミングだとか、salesforce.comのイベント代金を支払うタイミングでシリーズBが決まったりとか。ここしかないというようなタイミングで色々な人たちと出会って、いろいろなことが起きているなと思いますね。

[6] Net Negative Churn:解約で失ったMRRを、既存顧客からのアップセルがもたらすMRRが上回った状態のこと


6.アドバイス

倉林:最後に、若手経営者への応援メッセージを頂きたいと思います。SaaSのスタートアップが日本でも本当にたくさん出てきて、調達環境がいいのでまだ売上がない段階で大型増資が決まる会社も出てきています。昨今の日本のB2B SaaS・クラウドのスタートアップや若手経営者へ、応援メッセージをお願いします。

荻島さん:ぜひ大きなミッション‥‥志を持って経営してもらいたいと思います。経営は「ヒト・モノ・カネ」の相互作用だと思いますが、志がないと覚悟ができない、覚悟がなければ人もついてこないしモノもできない、仮に辛いことや大変なことがあったとしても、志があれば前向きに、前のめりに倒れていけると思うんですよ。そんな風にして倒れていく人を誰も助けないわけはない。実際そういうときにみんなしっかり引き上げてくれた。まず志が先ではないかなと思います。ぜひそんな覚悟を持ってやってもらえたらいいなと思います。

倉林:本日はありがとうございました。

写真:平岩享  / 聞き手:倉林陽 / 編集:上野なつみ

前回記事
>> SaaS経営者×投資家対談①|Sansan寺田親弘氏×DNX倉林陽
>> SaaS経営者×投資家対談②|MoneyForward辻庸介氏×DNX倉林陽



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