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全文公開!「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」 by SaaS部 2021 Spring

みなさん、こんにちは。今回は、2021年3月に開催したイベント「SaaS部 2021 Spring」のレポート記事をお届けします。弊社の投資先およびSaaS領域で起業した起業家を対象にDNXが主催となって開催しているイベントですが、緊急事態宣言開け直後、久しぶりのリアルイベントに、経営者たちの集中と熱量溢れる学びの詰まった会でした。

3つのセッションから、まずはDNX Ventures倉林のプライシングのセッションをレポート。
前回のSaaS部でBoston Consulting Groupの服部奨さんが行ったSaaSプライシングの講演を踏まえ、今回は倉林自らがSaaSプライシングで活用すべきフレームワークなど「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」についてお話しました。実は倉林、昨年MITのオンライン講義でプライシングについて学んだばかり。グローバル水準のプライシングの考え方を直伝します!みなさんの会社のプライシングのヒントになりますように。


従来産業とSaaSでは、プライシングを考えるべきタイミングが異なる

みなさん、こんにちは。DNX Ventures倉林です。
前回のSaaS部にインスパイアされ、プライシングについて勉強しなおすとともに、この数ヶ月間は、投資先の社長数名と議論しながら、「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」について私なりの見解がまとまったのでお話ししたいと思います。

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こちらの資料は、マッキンゼーの記事から引用させていただきました。上段がいわゆる伝統的なものづくり業界におけるプライシングの仕方です。一方下段は、いわゆるリーンスタートアップの考え方が活用される、最近のインターネットやソフトウェアのサービスにおけるプライシングの考え方です。前者は、材料を仕入れプロダクトを作り、いざ売るぞというタイミングでマーケティングをして、値段を最後に考えるというフローでした。これに対して、我々が提供しているようなサービスというのは、まずペインがあり、それを解決するようなバリューがある。そのバリューを明確化する時に、バリューに対してどのくらいチャージできるかプライスにも頭をめぐらせる。ようやくそこからプロダクトを作っていって、最後にマーケティングメッセージでその価値をお客様に伝える。プライシングのタイミングが全然違う点に注目いただければと思います。


プライシングはチームで決めていくことが重要

では、これらのプライシングを一体チームの誰がやるべきでしょうか。

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色々な文献に目を通しましたが、各機能を統括しているCレベルの人が一緒になって、プロダクトに重要な4つの柱「バリュー」「コスト」「プライス」「ボリューム」のすべてをセットで考えるべきとありました。プロダクト担当者やファイナンス担当者が勝手にプライシングを考えるのではなく、チームで決めていくことが重要ということですね。

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一方で、スタートアップにおいては、アメリカのスタートアップですら、CEOが全部決めるという会社が、シードステージで82%、Expansionステージ(日本だと上場できるARR20億円規模)で70%、さらにグロースステージでやっと半分くらいです。いかにCEOの仕事として値決めが重要かということがわかります。

また、これらの米国のスタートアップのうち、プライシングの決め方については、本日お話しする「Value Based Pricing」を用いているスタートアップは40%程度でした。日本との比較感で言うと、非常に多い印象です。一方で、アメリカでも、ガッツフィーリングである意味適当に決めている人もいるようですね。単純に競合製品の価格をそのまま持ってきている人もいるようです。

本日のセッションでは、SaaSプライシングにおいて重要な、「Value Based Pricing」のアプローチを考えてみたいと思います。


プライシングの4つの手法

まずは世の中でどのようなプライシング手法が存在するのか、前回のSaaS部の各社の事例やいろんな文献を参考に、倉林流に4つにまとめてみました。今後みなさんのご意見も聴きながらアップデートしていきたいと思っています。


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❶ Industry Benchmarks:顧客規模毎の他企業SaaS課金データ
「この規模の会社の、この類のSaaSの場合単価は大体いくらか」というデータを参考に全体感でプライシングを行う手法。アメリカではデータが公開されており情報を収集しやすい環境にあります。一方で、個別アプリケーション毎の違いを反映できず、ある意味ざっくりと設定することになるのでプライシングの精度は低いと言えます。

❷ Competitive Analysis:同じ顧客セグメントの顧客予算を奪い合う別プロダクトの参照価格
ここでいう「Competitive」は競合製品のことではありません。前回のSaaS部でアンドパッドのCEO稲田さんがおっしゃっていたお話と近いのですが、お客さんのIT予算を把握し、そのお財布を奪い合うという意味での競合の製品・別プロダクトが、予算のどれくらいを占めていて、自社のプロダクトでどれくらいとれる余地があるか、という点から値段を考える手法です。こちらのアプローチも非常に重要な考え方です。

❸EVC Analysis:自社と比較検討される参考プロダクトの価格と提供価値の差分による値付け
こちらが今回推奨するプライシングの手法です。後述しますのでここでは割愛します。

❹Market Research:統計データから分析した価格
4番目はMITの授業で学んだ、様々な統計的データから分析する「マーケットリサーチ手法」です。これは過去の価格データや、価格についてヒアリングする先が膨大にないと分析精度が上がらないので、母数が多いBtoCでないとほとんど使えない手法です。BtoB SaaSの起業家向けの今回はこちらも割愛します。


「EVC」をベースにプライシングを求める手法

さて、本題のEVCですが、そもそもEVCというのはEconomic Value to the Customerの略称となります。EVCの求め方は「Differentiation Value + Reference Price」です。

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ここでいう「Reference Price」とは、ここでは「Next Best Alternative」と記載がありますが、自社製品がなかったら何を使うかというサービスです。類似のサービスの高いものをピックアップして「自社も高い単価が取れる」と考えるのは安易です。リストプライスと実際の単価が違ったり、お客様にとっての「Next Best Alternative」は他社製品ではなく「社員が人力で頑張る」というケースもあるので、定義づけがとても難しいんです。

さて、この「Reference Price」に、自社製品の他と比べた際の差別化ポイント「Diferenciation Value」を足したものがEVCになります。これが「顧客が払える最大の価格」の定義です。

EVCは「顧客が払える最大の価格」なので、その金額そのままをチャージしてしまうと、お客さんにとっては、得られる価値と同等分を支払うことになり、行って来い、何も得られないということになります。そこで、ここからどうディスカウントするかを考えていきます。まずはフェアネスルール・50/50というルールがあります。ゲーム理論のような考え方で、50/50で分けるとお互い納得感が出るというものですね。お客さんに対して、「自社のプロダクトを利用すればROI 200%が出るのでいいよね」というロジックです。ところが、一般的にはソフトウェアの場合50%でもまだ高い。とあるデータでは「ソフトウェアでは一般的にEVCの10-20%は最低でもチャージできる」とあったりします。ご存知のとおりSaaSの場合は「Land and Expand」で、最初に小さく利用開始してもらって、その後アップセルやクロスセルでチャージすることも重要になってきます。特にシードアーリーのスタートアップの場合、プロダクトが本当にそのEVCを実現できるかというリスクもありますし、まずはユーザーになっていただくためにディスカウントを考慮する必要があります。だからこそ、戦略的にディスカウントをすることもできるのではないかと思います。50/50からさらにディスカウントして、長期的に20-30%を狙っていくというのがいい塩梅ではないかと思います。


EVCを計算するための7つのステップ

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EVCを計算するための7つのステップがこちらです。お客様の価値を定義づけしたあと、類似の製品「Next Best Alternative」とその価格「Reference Price」を確認する。繰り返しですがリストプライスではなくて、実際に売られている価格、もしくは社員の人力で代わる可能性がないかどうかを確認します。単位を揃えたうえで差別化「Differentiation Value」を確認して数字に落とし、EVCを算出します。

では続いて、「Differentiation Value」の求め方についてご紹介します。

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基本的には、このプロダクトがあることによって、売上高や利益があがるか、あるいはコストが下げられるかで「Differentiation Value」が生まれます。そのとき発生するSwitching Costも一応加味しましょう。

Salesforceの方にインタビューをさせていただいたところ、経済価値の算定においては、作業が減る「Time Saving」が計算のベースになるとコメントをいただきました。作業半減に伴ってその時間を社員が生産的なことに使い、いくらの売り上げに変えることができたか、これを「Revenue Growth」に換算する式を作ることになります。


EVCは、「営業力強化」と「セグメントの見極め」にも役立つ

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EVCは、プライシングの仮説設定をできるという以外にも、いくつもメリットがあります。これまでお話ししてきたように、新規プロダクトの場合は、EVCが生まれるプロダクトの仮説を立て、そこからどれくらいディスカウントすれば売れるのか、というのを初期顧客で検証することになります。

一方既存プロダクトについても、今一度お客さんにどのくらいEVCが実現できているかヒアリングし、EVCを検証してみることをお勧めします。これによって2つのいいことがあります。

■ 営業力向上
ひとつは営業力の強化です。「お客さんが自社サービスの利用を通じてこれくらい経済的な価値を得られている。」「だからこのプライシングがフェアなんです。」という具体的な提案ができるようになるはずです。また、競合の類似の商品の方が安いと言われた時に、競合商品と比較してどのような違いがあり、他社より経済価値を生み出しているという話をできるようになる。営業チームのクロージング力が上がるというのは、大きなベネフィットです。

■ 顧客セグメント
もう一つは顧客セグメンテーションが見直せること。EVCが明確化していないところでは売れず、明確化しているところでは売れる。これを検証することによって正しいセグメント、売っちゃいけないセグメント、もっと値段をあげられるセグメントが見えてきます。活用できれば、非常にパワフルなツールですね。


誰しもが悩む値上げ、米国では一般的

米国企業がEVCの考え方を踏まえ、どのように価値を顧客に説明し、それを刈り取っているかを図にしたものがこちらです。

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左上からご説明すると、上場企業や、VCから投資を受けている企業は、調達したお金をプロダクトやUI/UXのチーム、CSチームを拡充するために、大きなお金を投資しています。言い換えれば、顧客のEVCを上げるために投資をしているわけです。

すると、チームやサービスの拡充で顧客側のEVCが前年よりも上がっているはずで、これに伴いEVCに基づいたプライシングも毎年上がっていっていいはずなんです。実際、米国企業は毎年5%くらい値段をあげています。世界的にも日本はもっとも価格圧力が強い国の一つと言われているだけあって、日本にはあまりない感覚ですよね。ただ、左下に記載の通り、単純に価格をあげるのではなく、様々な刈り取り方があります。

例えばコア製品の単なる価格上昇ではなく、クロスセルの実現で顧客あたりの単価を上昇させるやり方もあります。ARPAをあげるイメージですね。もしくは、更新タイミングに「半年前に決めてくれたら前年と同じ価格でいいです」とコミュニケーションする。しっかりコミュニケーションできれば、むしろ同じ値段で提供することはお客さんにギフトをあげているようなもの。そういう説明をしてチャーンレートをさげていく。毎年SaaSの価格は上がるべきである、という認識を持ってビジネスをするかしないかで、顧客への接し方も変わってくるのではないかと思います。


米国企業ではEVC専門チームも

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今回「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」をまとめるにあたり、Box社、Workday社、Salesforce社の「Value Management」や「Value Engineering」といった専門の方々にお話を伺いました。

彼らは、過去のデータからEVC予測を立て、それを元に大型商談のクロージングの際に活用していました。顧客が迷っている時に「このプロダクトを使ったらこれぐらい経済価値が出ます」「今うちのサービスを入れたらこの時間こう変わります」という具体的なデータをバリュードライバーごとに積みあげる。各社シートに入力するとEVCが可視化される仕組みをつくったことで、顧客にROIを見せることができ、クロージングがしやすくなったといいます。

ただ、UB Venturesの岩澤さんとお話しした時に、「逆に既存のお客さんに経済価値を説明しすぎると、やぶへびになる可能性がある」という貴重なアドバイスをもらいました。お支払い頂いた値段に見合う価値を毎年出せているのか、というのを可視化すると、ちゃんと活用できずEVCをリアライズできていないお客さんの場合、チャーンすることもある。一度獲得した企業へのその後の見せ方・ヒアリング方法は工夫が必要です。


課金方法の見極め、従量課金が合うかどうかはモデルによる

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最近プライシングのモデルがどんどん変わっていて、様々なレポートが出されています。SnowflakeやShopifyなど、従量課金型のSaaSも増えてきています。ご覧の資料は、参考文献を和訳しただけのものですが、従量課金は、合うモデルと合わないモデルがあるようです。スティッキネスが高いと従量課金がしやすい。一方、顧客によっては変動する価格体系に慣れていない企業もあり、そうした企業では固定金額で更新した方が経理上処理しやすい。実は後者は日本企業には特に多く、ID課金の方が向いている可能性もあるので見定めないといけません


EVCをベースにコホート分析にも活用

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こちらは、3月に出たBattery Venturesのデータです。全体的または平均値でKPIを見るのではなく、コホート別に見ようというものです。まずはPricing Planでみる。その際顧客ごとにKPIを見ることが重要。EVC分析が、このセグメント分けにも活用できます。非常にパワフルな指標だと思います。


まとめ「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」

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まとめに入ります。

■ Update EVC & Business Plan
まずひとつめは、EVCをしっかり考えましょう。そして、定期的に更新しましょう。プロダクトと値段は一緒に変わっていくべきものですので、定期的にプライシングも見直しましょう。

■ Think Price Last
グロースが達成できないとついつい価格を下げてしまうのですが、これは最後の手段と心得ましょう。ギリギリまで、本当に値段が原因なのか、ということを考えましょう。自分があるべきEVCを理解していればむやみにディスカウントしなくなるはずです。「Price Integrity」を守り、より高機能なプロダクトという認知を得られれば、ビジネスにとしては非常に大事なアセットになりますよね。安く売りすぎないように気をつけたいところです。

■ How you change trumps what you change
最後は、ID課金にこだわらず新しいチャージの仕方を取り入れていきましょう。いくらかという価格よりも課金の仕方もUI/UXの一部として重要です。お客様と価値を共有できるものにしましょう。


さて、いかがでしたでしょうか。倉林がMITのプライシングのレクチャーを受け、それに加えて本やWhite Paperで読んだものをもとに、「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」をまとめました。参考にした書籍についても、以下にまとめましたので、ご興味ある方はご覧ください。

また、今回「最適なSaaSプライシング実現のためのルール」をまとめるにあたり、DNXの多くの投資先経営者に壁打ちのご協力をいただきました。ここでも改めまして感謝を申し上げます。

参考文献:
■ MIT Sloan Executive Management Education
“Pricing: Using Data to Improve Pricing Performance”
Monetizing Innovation: How Smart Companies Design the Product Around the Price
■ Openview “Mastering SaaS Pricing” &
“The Usage-Based Pricing Playbook”
■ McKinsey & Company “Delivering Value to Customers”


 
(文・上野 なつみ 監修・倉林 陽)



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