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日本のトイレは世界一キレイですか?

汚い公衆トイレにがっかりする。誰もが経験したことがあると思います。
日本人はキレイ好きで清潔、日本の公衆衛生は世界のトップクラスで、日本のトイレは世界一キレイ。そう思っている方は多いのではないでしょうか。でも、昭和を知る世代は、日本のトイレがひと昔前まではヒドいものだったことを覚えているでしょう。

「トイレがキレイな国」が意味するものについて、世界のトイレ事情をもとに考えてみました。

あなたが考える「民度」って何ですか?

「民度」という言葉は、使う人によって意味が様々だし、差別的な文脈で使われることもあるので要注意ですね。
英語で standard of living とか cultural level などと説明する人もいて、嗚呼、私が意味するものと違うんだなあ、と気づかされたりもします。

私が考える「民度」とは、人の行動様式に表れるものです。

自宅のトイレ、職場のトイレ、公園のトイレ。
人にはそれぞれのトイレの使い方に違いがあるでしょうか?
自宅のトイレは、自分がメインユーザーなので、たいていの人はキレイに使おうとします。
職場のトイレはどうでしょう。
100人の職場の同僚が使うトイレでは、自分は全ユーザーの1%に過ぎません。それでも、たいていの人は自宅のトイレと同様にキレイに使おうとするでしょう。
それは、自分が職場の同僚たちを(少なくとも顔くらいは)知っていて、次に使う人のことを考えるからです。同僚に対する思いやりがあり、次に使う同僚が汚いトイレで嫌な気持ちになったらかわいそうだなと思えば、トイレが汚れた状態で立ち去ることなどできません。

では、公園のトイレはどうでしょうか?
公園のトイレを使う可能性がある人は不特定多数です。自分の次に使う人は、まず赤の他人でしょう。しかも、自分が入ったときにすでに汚い状態であることもありますよね。
それでも、自分と全く無関係の知らない人のことまで考えて、自宅のトイレと同じようにキレイに使い、来たときよりもキレイにして出て行く。

このような行動様式をもつ人が、私の考える民度が高い人です。

パリの街は犬の糞だらけ

日本の大手旅行代理店が実施した面白いリサーチがあります。
顧客がその都市に「旅行する前の期待度」と「旅行した後の満足度」を比較して、その差が大きい都市をランキングにしたものです。

旅行前の期待度に対して、旅行後の満足度の「落差」が最も大きかった都市はパリでした。

その理由:
「地元民が皆不親切で高飛車で礼儀知らず。滞在中ずっと不愉快だった」
「街が汚すぎる。そこらじゅう犬の糞だらけで、歩くだけで不快だった」

ちなみにその逆、つまり旅行前の期待度に比べて旅行後の満足度の「上昇」が最も大きかった都市は、ウィーンでした。

フランス人は、ヨーロッパの嫌われ者ナンバーワンの名をほしいままにしているようなところがあります。
傍若無人な国民性は、私にも思い当たる経験が多々あります。
また、「私たちは長い歴史を通じていつもヨーロッパの中心である」という傲慢は、同じようにアジアの中心であるらしい某大国にも似て、周辺諸国の民をゲンナリさせる力があるようです。これは、多くのヨーロッパ人たちの会話の端々からそう感じます。

私は、仕事で関わった嫌な人間たちを除けば、フランスという国に嫌悪感はありません。

ただ、フランスの道路を運転していると、やたらとバンプが多いことに気づきます。この国は、ドライバーにスピードを出させないために強制的な構造物を必要とする、ということです。

民度が高い人は、バンプなどなくても、通学路や住宅地の付近では自らスピードを落とすものです。

フランス人は民度が低い、と思われても仕方がないかもしれませんね。

「トイレは有料」が常識のヨーロッパ

ヨーロッパの街中や公園などにある公衆トイレは、コインを投入するとドアが開く有料式が普通です。
レストランやパブなどの店内にあるトイレも有料です。トイレの入り口に座っている人に何ユーロかを渡してから中に入るルールになっています。
美術館や劇場、その他の商業施設も同様です。

有料のトイレがキレイなのは当然と言っていいでしょう。
むしろ、なぜ有料にしているのかを考えるべきです。

無料にすると、トイレットペーパーやら便器やらを盗んでいく人がいるからでしょうか。
それとも、無料にするとトイレを汚く使う人が増えるとでも考えているのでしょうか。

受益者負担の精神からくるものとも考えましたが、高速道路が無料でトイレが有料なのは説明がつきませんよね。

「キレイ」と「キタナイ」が極端なアジア

ファイブスターホテルのトイレと公衆トイレを比較しても意味がありませんし、同じ国でも首都と地方都市では差があるでしょう。
それでもやはり、トイレのキレイ度は国によって差が出ると思います。

例えば、マレーシアのトイレはキレイで、フィリピンのトイレは汚い。
経済的な格差だけでは説明できない気がします。
国際性の差?
いいえ、たしかにクアラルンプールの国際都市っぷりは目を見張りますが、マニラも負けていないと思います。むしろ、イスラム色が薄くて英語が通じやすいマニラのほうが国際都市としてのポテンシャルは高いでしょう。

やはり、国民の衛生観念の違いなのでしょうか。

香港は、キレイとキタナイが同居している例です。
総じて香港人は常識人が多く、お行儀が良くて衛生観念も高い、と私は感じています。
しかし、香港にはトイレがキレイな場所と、気絶するくらいキタナイ場所があります。それは、中国からの移住者や旅行客が多いからです。

香港人と中国人の違いは、本当に同じ民族なのか?と真顔で考え込むレベルです。
人間の集団を民族とかルーツで語ることの無意味さを思い知らされます。
なぜ香港人が中国人と全然違うのかはここでは触れません。
察してください。

香港の一部のトイレがキタナイ理由はもうひとつあります。
香港では多くの一般家庭がメイドを雇っていて、なんとメイドが労働人口の10%を占めるそうです。
メイドの98%はフィリピンとインドネシアから出稼ぎに来ている女性。

香港の「一部のトイレ」がキタナイと言ったのは、女性用トイレのことです。

日本人はいつからそんなにキレイ好きになったの?

誤解しないでいただきたいのですが、フランス人の民度が低いとか、一部のアジア人の衛生観念が低いとか、そんなことが言いたいのではありません。
仮にそうだとしても、それらは個性のひとつであって、決して侮蔑していいことではないのです。

それに、私は昭和生まれの日本人として、重要な事実を言わねばなりません。

昭和の日本人なんか民度も衛生観念もめっちゃ低かったっちゅーねん
「犬の糞を片づけないどころか、放し飼いにしてたやん」
「子供も大人も道端で立ちションしてたやん」
「駅のトイレなんか臭いし汚いし紙なかったやん」
「新幹線のトイレなんか線路に汚物垂れ流してたやん」


この30年ほどの間に、日本は見違えるような清潔大国、そしてトイレ大国になりました。

TOTOさんの企業努力も凄まじいですけど、それ以前に、日本をキレイで清潔な国にしようという強い志をもって心血を注いできたツワモノたちが存在した、と思うんですよ。
この国が国際的地位を高めるためには、何よりもまずトイレをキレイにすることだ、という明確なビジョンをもった人たち。トイレがキレイになれば、国民の民度も衛生観念も自ずと高くなるに違いないと確信していた人たち。無名かもしれない。けれど、彼らの信念は正しかったと思うし、彼らが成し遂げた偉業は大いに称賛されるべきだと思います。

トイレがキレイな国、日本

それは、ただ単にキレイ好きで清潔なだけではなく、外から来る人たちを含む不特定多数の他人にまで思いやりをもてる民が住む国のことだ、と私は思うのです。