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ミッドナイトマッドメン

専門学校に通っていた頃に、深夜のネットカフェでアルバイトをしていた。深い時間帯ならではの特徴なのか、かなり個性的な客が多かったように思う。
深夜0時を過ぎると、夜行性の人間がぽつり、またぽつりと現れ、予期しないトラブルや、望まない群像劇に発展させていく。特に週末は地獄であった。混雑し、オーダーは狂ったように鳴り響き、重要な備品は切れる。現場は常にパニック状態で、カオスだった。
客も変だったが、スタッフも変だった。独特で癖が強く、やたらと無気力な人間が深夜帯に集結していたのだが、これらが野放しになっていたのだ。
社員は人手不足の影響で、ひどい時には夜の9時から、夜の9時まで働いていた。気絶するように仮眠を取る歴代の社員を、何人も見てきた。憔悴しきって、アルバイトを管理する余裕がなかったのだろう。そういった事情につけ込んでいたのかは不明だが、だらだらとなまけるアルバイトが多かった。
仕事や職場での人間関係にようやく慣れてきた頃、60代のおじさんと一緒に働くことになった。そのおじさんは絵に描いたような上品な紳士で、“ミッドナイトジェントルマン”という、キャッチフレーズを影でつけられていた。
ジェントルマンに駐車場の清掃を教えた時のこと。僕は彼に清掃の範囲と手順を伝え、接客をするために現場へ戻った。数分後、様子をうかがいに駐車場へ向かうと、彼は散乱したゴミを丁寧に集めていた。無駄のない効率的な動き。ほうきが描く美しい軌道。駐車場は見違えるように綺麗になっていた。
洗練されたほうきさばきに見惚れていると、彼は集めたゴミを室外機の影に、さっ、と隠した。
ジェントルマン像がガラガラと音を立てて崩壊。巨大な疑問符が、頭に浮かぶ。どうせなら、もっと豪快にさぼって欲しかった。なまけ方が、せこい。
「そこまでやったのに、なぜ……」
そう考えるとおかしくてたまらなくなり、彼がゴミを隠した瞬間が、脳裏から離れない。
奇行を目撃されたことで、立派な大人が気まずそうにおろおろしている。しかし、気まずいのは彼だけではない。さぼる瞬間を目撃してしまった僕も、内心ではおろおろしていた。
「集めた倉庫は裏のゴミに捨ててくださいね」
「せい」
単語があべこべになり意味が分からないし、聞き馴染みのない返事。お互いに動揺を隠し切れずにいた。
風に煽られた紙屑と悲壮感が駐車場を旋回し、ゆらゆらと舞い上がった。夜空に溶け込んでいく紙屑を、おじさんとふたりで恋人同士のように眺めた。
脳裏に焼きついた奇行が、黒い宇宙の中で消滅していく。
不意におとずれたロマンチックな情景に、思わず手を繋ぎそうになった。そして、落下した紙屑の衝突音とともに、我に返る。

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