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「人間の愚かさと生の本質」  風の谷のナウシカ 原作漫画

初めて読んだ時、とても言いようのない衝撃を受けた。
嵐が通り過ぎた広大な原野に1人放り出されたような気分だった。

それは、父に勧められて読んだ原作漫画版『風の谷のナウシカ』。
私は荘厳な世界観と生きる者たちの姿に完全に虜になった。

この漫画は、今の私達が生きる世界と重なる部分が実に多い。
この記事ではその視点を交えた私の考えをまとめてみた。

考察

結論から言うとこの漫画から私が感じ、考えたことは
人間の愚かさについて、生の本質が「破壊と共生の混沌」であること、
そして生に溺れた人間はその本質を見失ってしまう 
ということだ。


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部族同士で憎み罵り合い、戦争で兵は死に集落は集団自決する人間たち。
さらに王家の血族内では親殺し子殺しの陰謀が図られる....
腐海(瘴気を発し人間が住めない森)が安息地を奪い、100年もすれば大陸がほぼ腐海に飲み込まれるという状況にも関わらず、人間は殺戮と無下な死を止めようとしない。

詰まるところ「人間の愚かさ」、これを物語はまず一貫して描いている。

その光景は、今の私達の世界と皮肉なまでに一致するように感じる。
技術と医療が発達し、距離と言語を超えたコミュニケーションや高度な医療体制を持つのに、一向に人間同士の争いは絶えない。
深刻な人権侵害、軍政府の市民虐殺、宗教を巡る緊張状態。
憎悪や侮蔑は人間から冷静さを失わせ、いとも簡単に衝突へ向かわせる。たとえ未知の感染症が世界中に蔓延している、協力が欠かせない危機的な状況であろうとも。

では、人間は愚かな争いの運命をたどることしかできないのか。
最早どうすることもできないのだろうか。
この問いにナウシカは終始悩まされていた。


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苦悩の行き着く先で、彼女は忌まわしき知が蓄えられた「旧人類の墓」(ここは仮の名称としてこう呼ぶ)の真相を暴くことになる。そこでは腐海の正体、人間の未来、そして旧人類が子孫に遺したものの謎も明らかになる。
その時ナウシカが放った言葉には、生の本質に対する宮崎駿の観念がうかがえると私は思う。

私達の身体が人工で作り変えられていても私達の生命は私達のものだ
生命は生命の力で生きている
生きることは変わることだ

王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう 腐海も共に生きるだろう

全ての生命は、種に関わらず数多の死と相互共存の関係の上に成り立つ。
血みどろに殺し合うだけでも、行儀良く助け合うだけでもない、それら両方が混じり合った姿が生命の本当の姿であり、生きる力である。そしてその中で生きるために自ら変化してゆく力も生命は持っている。

つまり、皆が等しく生の本質として「破壊と共生」の混沌を持ち合わせ、それは同時に生命が生きようとする力でもあると宮崎は言っているのだ。


これを現世の人間において考えてみると、私達はいわば生に溺れ、その本質を見失いかけている状態なのかもしれない。

人間は、人間が知る限りで地球史上最強の生物だと言う人がいる。
その理由は、個体の力こそ弱いが高度な知的能力と自我を持つのはもちろん、人という同種の生物との関係だけに留まらず他種とも豊富な関係を持ってきたからだ。

しかし種の拡大と維持に成功してきた人間たちは、自らの生に執着するあまり多種の存在をないがしろにするようになった。
より豊かな、便利な、美しいものを生み出し続けようとするにつれて、野原に生える草木や樹木、池を泳ぐ魚たちや木々に止まる鳥たちと自分が同じ生命の原理にあることを忘れてしまう。喰う・喰われる、育てる・育てられるという異種間のやりとりの存在を見失ってゆく。

やがて「破壊と共生」のグレーゾーンでバランスを取れなくなくなってきた結果、環境や他の生命体の均衡が綻びを見せ始めるわけで、今の地球は既にその段階をとうに過ぎているだろう。

もしかすると宮崎は、最終巻刊行の25年前の時点で今の世界をおぼろげながらも予感し、憂慮していたのかもしれない。


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おわりに

原作版『風の谷のナウシカ』は結末がそうであるように、概念的で難解な
物語であり、映画版とは全く異なる話と言っても過言ではない。
そして最後にナウシカが取った選択の先にどんな未来が訪れたのかは語られておらず、ハッピーエンドか否かを決定づけることはできない。
なぜならナウシカのしたことは、長い時間で見ると人間という種を絶滅させてしまう可能性があったからだ。
その点の考察も含めてこの漫画は非常に奥深く、安易に語れない。

一方、感染症が世界中で猛威を振るう今日に重なるシーンがやはり多い。
ナウシカの世界において腐海ではマスクがなければ生きていけないように、現在私達もマスクを付けないと自由な行動がとれない世を生きている。
これまでの価値観や人間の生き方に変化が生まれつつある現在、この物語から考えさせられることは多いのではないだろうか。
是非多くの人に読んで欲しいと心底感じている。






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