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発達障害を持つ子どもは自己肯定感が低いのか?ー発達と自己肯定感の関係性とは

こんにちは。発達障害や不登校など「学校生活に特別なニーズがある子どもたち」を対象にした個別支援学習教室、スタジオplus+で、教室長・児童発達支援管理責任者をしている渡辺です。

私が所属する教室では、より一人ひとりの子どもに合った学習支援を提供できるよう、定期的に職員の勉強会を開催しています。
先日は「発達障害の子どもたちと自己肯定感」というテーマで勉強会を実施しました。

そもそも自己肯定感とは何を意味するのでしょうか。
発達障害を持つ子どもたちは自己肯定感が低いのでしょうか。
勉強会実施を通じてわかったことや学びについて共有させていただければと思います。

【目次】
・自己肯定感とは?
・発達特性と自己肯定感との関係
・発達に特性のある子どもたちに見られる自己肯定感の特徴
・「ありのままの自分でいい」と思える場所との出会い


自己肯定感とは?


思えば、子どもたちの自己肯定感が低い、自己肯定感を上げなければならないと叫ばれて久しい世の中になりました。

しかしそもそも、自己肯定感とはどういったものなのでしょうか。

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自己肯定感について辞書を参照すると、以下のように記載されています。

「自分のあり方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定する感情などを意味する言葉(出典:実用日本語辞典)」


わかりやすく言えば、自分自身が価値のある存在であると感じる・自分に自信があると感じられるということでしょうか。また「自尊感情」「自己存在感」「自己効力感」等の言葉は、概ねこの「自己肯定感」と同様の意味を持つと言われています。

一方「自己有用感」に関してはやや違っていて、こちらの意味は次のように記載されています。

「人の役に立った、人から感謝された、人から認められたなど、自分と他者との関係を自他共に肯定的に受け入れられることで生まれる、自己に対する肯定的な評価(出典:国立教育政策研究所)」


自己肯定感はあくまで自分自身の評価であるのに対し、自己有用感の評価には他者目線が関わっていることが大きな違いです。

日本の子どもたちの自己肯定感の低さには、自己有用感が大きく関わっていると言われています。

日本の子どもたちの自己有用感が諸外国に比べて低いわけではないのですが、自己肯定感が低い場合日本の子どもたちは

「人の役に立たないから、自分には価値がない」
「人から認められていない、だから自分には存在意義がない」

と考えてしまいやすいのだそうです。

諸外国も日本も共通して、長所や挑戦心、主張性など、自己が自覚しているものについての項目と自己肯定感との間に共通して関係が見られるものの、自己有用感(他者との関係との中で自覚することができるもの)と自己肯定感の間に相関が見られるのは日本だけの特異な傾向だそうです(加藤,2014)。
これは他者の目線やその場の調和を重要視する文化の影響があるのかなと思います。


発達特性と自己肯定感との関係


おそらく発達に特性のある子どもに対する支援を行っている皆様であれば、「発達障害のある人は自己肯定感が低い」という言説を一度は聞いたことがあると思います。

でも少し待ってください、本当に「発達障害があるから」自己肯定感が低いのでしょうか?

発達に特性があると言われる子どもや大人、定型発達と言われる子どもや大人、双方の自己肯定感の比較検討を行った研究はいくつか存在しているのですが、発達特性のある人々の方が低いとされる研究もあれば、定型発達と変わらないとされる研究、逆に高いとされる研究もあり、実は見解が一致していないのです。

どうして見解のずれが生じるのでしょうか。

海外の研究では概ね、発達に特性のある子どもの自己肯定感は低いとされることが多いのですが、日本の子どもに関しては、定型発達であっても自己肯定感がそもそも低いため、定型発達の子どもと比較したときに、発達に特性のある子どもの自己肯定感がそれほど低いわけではないと言われています。

さらに、児童期から10代にかけては、定型発達の子どもたちにおいても自己肯定感が下がるとも言われています。
言い換えてしまえば、発達の特性に関係なく、日本の子どもたちは皆、自己肯定感が低くなりやすいといえるでしょう。

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ただし、発達の特性に併存して反抗挑発症(大人に対して怒りっぽかったり、かんしゃくを起こしたり、人の気に障るような言動を故意に繰り返す状態)など別の症状が生じている場合や、うつ病を抱えていたり、虐待を受けていたりする子どもは、定型発達の子どもたちと比較して自己肯定感が低くなると言われています。

発達の特性がある子どもたちは環境への不適応や、周囲の理解不足等からいわゆる二次障害(痛みや食欲不振、チックなどの身体症状や不安、うつ、緊張などの精神症状、さらには暴言・暴力、自傷行為等)を発症したり、虐待を受ける状況に置かれやすかったりするので、そういった意味では発達障害の子どもたちの方が相対的に、自己肯定感が下がりやすいリスクを抱えているとも言えます。


発達に特性のある子どもたちに見られる自己肯定感の特徴

発達に特性のある子どもたちの自己肯定感の特徴として、自己概念の不明瞭さ、不安定さが大きく影響していることが挙げられます。

「自己肯定感」とは本来、自律的・自発的に自らの行為を意味づけ、自分の価値を信じている安定的なものです。それとは対になるもので、他者からの期待や評価に対応して変動する状況依存的な随伴性自尊感情と呼ばれるものがあります。

これは他者からの評価、称賛の有無が自己肯定感に大きく左右するので、条件付き自尊感情とも呼ばれています。

自己肯定感の揺れはこの随伴性自尊感情(条件付き自尊感情)の領域に関連した、肯定的出来事と否定的出来事が起こることで生じますが、その領域数、つまり他者から評価されている領域項目が多いと、1つの領域で揺れが生じても他の領域が緩和するので、自己肯定感は安定します(Crocker&Wolfe,2001)。

例えば、随伴性自尊感情(条件付き自尊感情)の領域が多い子どもであれば、数学のテストの点数が良くないという否定的出来事が1度あったとしても、部活ではレギュラーとして活躍していたり、数学の提出物をきちんと出して評価されていたり、他の教科のテストは点数を取れていたりといった他の肯定的出来事が緩和してくれるので、すぐに「数学のテストで点数が取れない、だから自分はダメな人間だ」とはならないでしょう。

一方、テストの評価のみが自尊感情を左右している子どもの場合、テストの点数に直結して「自分はできる人間」「自分はダメな人間」という認識につながってしまう可能性が高いと言えます。

ストーリーボード ブレインストーミング プレゼンテーション (1)


通常、自己肯定感を計る尺度は安定しており、短期間で上下しないのですが、発達に特性のある子どもたちの場合には短期間での自己肯定感の変動が起こりやすいと言われています。

その結果、周囲の出来事によって自己肯定感が低くなってしまう、あるいはその逆が起こりやすく、不安定ながらも高い自己肯定感になることがあります。

一方、被虐待児の場合や、身体症状・精神症状等が併存して生活に支障がでている場合には、否定的な出来事が多く積み重なり、否定的な自己概念が確立され、結果自己肯定感も低くなるのではないかとされています。

また、言語的能力の高いASD(自閉スペクトラム症)児者の場合、周囲と比較せず、すべての判断基準が自己にあるということから、自己肯定感は高くなることもあります(磯崎・古荘,2013)。
この場合には他者との調和を度外視すると考えると、周囲からは疑念を持つ言動になることもあるかもしれません。

さらに発達に特性のある子どもの場合、自己肯定感に影響を与える領域は、その子どもにとって重要な領域かどうかが大きいとされています(中山・田中,2008)。これは特性上、興味関心の領域が絞られやすいことが理由にあるかもしれません。

例えば、その子にとって学習は重要ではなく、サッカーが得意なことの方が重要だとすれば、「おれは勉強できなくてもサッカーができるから」ということで、自己肯定感が高く保たれることがあります。本人にとって重要と感じる領域を念頭においたかかわりが必要であると言えるでしょう。

まとめると、一概に「発達に特性があるから」自己肯定感が低くなるとは言えないものの、発達に特性のある子どもたちは環境への不適応や周囲の特性への配慮不足、本人が重要と感じる領域への理解不足等が積み重なることで、肯定的な自己概念を明確に抱くことができない、あるいは否定的な自己概念になってしまうことが多々あり、そのことから「発達障害のある子どもは自己肯定感が低い」と言われるようになったのでしょう。

「ありのままの自分でいい」と思える場所との出会い

もし自分と関わる子たちが、「自分はバカだ、ダメな人間だ」と言ってきたら、どのように返しますか。もしかしたら衝撃的に感じる方もいるかもしれませんし、「そんなことない!」と即座に否定したくなる方もいるかもしれません。

しかし、子どもが自己肯定感の低さを言葉にした時、その考えそのものを否定したり、躍起になってその子の自己肯定感を上げようとしたりするのは、自分を受け止めてもらえてない、そう感じるのではないかと私は思うのです。

私自身の経験ですが、中学時代自己肯定感の低さを口にすると、自分自身では全く良いと思えないことを周囲が出して「こんないいところがあるんだから」と話をされたことがあります。自分にとってそれは自己肯定感を下げる要因の1つなのに…。

自己肯定感を高めるためには、肯定的出来事の積み重ねという「根拠」が必要です。その根拠を無理やり周りが作ったり、本人にとって受け入れられないものまで根拠としたりしても、周囲の思惑とは裏腹に、自己肯定感は高まらないのではないかと思っています。

一つ言えるのは、自己肯定感の低さを出せるというのは、肩を張らずにありのままでいられるということなのかなと思っています。巷では今日「自己肯定感を上げよう!」という言説が多くあふれ、大人は子どもたちの自己否定的な考え方に敏感になっているように感じます。様々な出来事から自分を認められない、だけどそれを周囲になかなか言うこともできない子どもたちにとって、「自分はダメな人間なのかもしれない」と本音を言える場は、とても貴重です。

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だからこそ、私はスタジオplusでの授業では「ありのままの自分でいい」と思える場を作っていきたい。

無理に自己肯定感を上げるのではなく、自己否定してしまう気持ちに寄り添い、その子と一緒に自分自身について考えてみる。否定的な気持ちを受け止められ、長所も短所も含めて自分であると考えた経験が、ゆくゆくは自分自身を丸ごと認めることにもつながるのではないでしょうか。

スタジオplus+が発達特性のある子どもたちにとって、自分自身の揺らぎやすい自己肯定感や否定的な自己概念と、うまく付き合っていくための場になるといいなと思っています。


文責:渡辺 実可子
児童発達支援管理責任者/社会福祉士/児童学修士
社会福祉法人が運営する障害者支援施設の支援員を勤めた後、大学院で発達臨床を専攻。現在NPO法人ダイバーシティ工房が運営する「スタジオplus+」市川中央教室教室長。発達障害や不登校など「学校生活に特別なニーズがある子どもたち」を対象にした学習支援を行う。


【参考文献】
古荘純一(2019):本物の自尊心が低いことの諸問題‐小児精神医学の立場から. 教育心理学年報,58,354-358.
磯崎祐介・古荘純一(2013):「心」とは何か‐医学的視点と教育学的視点を統合するために. 小児内科,45,1367-1371.
加藤弘通(2014)自尊感情とその関連要因の比較:日本の青年は自尊感情が低いのか?. 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査,119-133.
小島道生(2018):自閉症スペクトラム症者の自尊感情と主観的幸福感. LD研究,27(4), 491-499.
小島道生・納富恵子(2013):高機能広汎性発達障害児の自尊感情、自己評価、ソーシャルサポートに関する研究‐通常学級に在籍する小学4年生から6年生男児について‐. LD研究, 22(3), 324-334.
中山奈央・田中真理(2008):注意欠陥/多動性障害児の自己評価と自尊感情に関する調査研究. 特殊教育学研究, 46(2), 103-113.
小塩真司(2019):国際比較と時代変化から見る日本人の自尊心‐質問紙調査のデータから. 教育心理学年報,58,352-354.
生徒指導・進路指導研究センター(2015):生徒指導リーフ「自尊感情」?それとも「自己有用感」?Leaf.18. 文部科学省国立教育政策研究所.


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