【「はじめに」公開】『すぐ転職を考えていない人のための キャリア戦略』
はじめに
案外みんな、同じ悩みを抱えている
「この先のキャリアが見えません。仕事とライフイベントのバランスをとれるかが心配です。このままでいいのでしょうか?」(20代女性)
「入社してからさまざまな部署で仕事をしてきましたが、思うように評価されません。私だけの『これだ!』という強みがないので不安です」(30代男性)
「任されている仕事や責任に対して、給料が安いように感じています。今の職場で働き続けても昇給は見込めません。いずれ転職した方がいいでしょうか?」(40代男性)
働くうえでの悩みや不安。これらは、私が企業向けのキャリア講演や社内研修に登壇した際に耳にした言葉です。
私はこれまで、大企業からベンチャー企業まで、さまざまな業種で働く累計10万人以上のビジネスパーソンの方々に、キャリアについての知見を伝えてきました。対面での社内研修の参加者は多くても100名程度でしたが、コロナ禍以降のオンライン研修では、一度に500名近くに向けて話すこともあります。
企業講演や社内研修は、壇上に立つ私にとっても大切な時間です。現場のリアルな声を聞くことができるからです。ですので、対面やオンラインにかかわらず、できるだけインタラクティブな進め方を心がけています。
オンライン登壇で「あなたが今、抱えているキャリアの課題や悩みは何ですか?」と質問を投げかけると、数百ものコメントが書き込まれます。
そこで、コメント一つひとつに目を通していくと、見えてくることがあります。それは、ビジネスパーソンが抱えるキャリアの悩みは一人ひとりの事情は異なれど、業界や職種を超えて、悩みの内容は似ているということです。
私たちが悩みつづけるのは、働く・稼ぐ・生きるの3つのバランスがうまくとれないから
ビジネスパーソンが抱えるキャリアの悩みは、働く、稼ぐ、そして、生きていく、この3つのバランスがうまくとれないことに関係しています。
2021年4月に施行された「改正高年齢者雇用安定法」により70歳までの就業機会が延長されることになり、私たちの働く期間は、これまで以上に長期化していきます。うまくいかないことに目をつむり、我慢しながら逃げきるには、あまりに長い期間を働いていかなければなりません。
人生の多くの時間を費やすのであるならば、やりがいや働きがいを感じながら、キャリアを形成していきたい。そんな風に感じているビジネスパーソンは少なくないのではないでしょうか。
でも、そんな方法はあるのでしょうか?
そのやり方を学ぶ機会がビジネスパーソンにはありませんでした。
学び方は学校の先生や塾の講師が教えてくれました。習い事は、専門のコーチやインストラクターが教えてくれました。しかし、働き方、稼ぎ方、生き方を教えてくれる先生は近くにいません。
独り立ちして働くようになると、両親に無駄な心配をかけられない。友達や同僚に相談することさえ気がひけてしまう人もいるでしょう。仕事やキャリアのことを誰にも相談できない。打ち明けにくい不安や悩みを一人で抱え込む。そこから抜け出せずに悪循環に陥る……そうしてメンタルに不調をきたす人も少なくありません。
家族や友達に相談したり、アドバイスをもらったりすることもあるかもしれません。しかしそこで背中を押してくれる言葉をもらったりしても、自分にとっての「正解」は見つからず、結局また一人で悩んでしまう……という方も多いのではないでしょうか。
加えて、コロナ禍でこれまでの働き方が通用しなくなり、これからのキャリア形成が見えにくくなった人も少なくありません。私のところにくるキャリア相談の件数も激増しました。
仕事・職場の悩み、人間関係の悩み、恋愛・家族・出産・子育て・介護の悩み、健康・老後の悩み、そして、お金・家計の悩み……。みんなそれぞれ、何らかの悩みを抱えながら生きているのです。
キャリアに悩んだ過去
ここで、本書を書きたいと思うようになった、私自身の過去も共有させてください。
私は2008年4月に法政大学の教員として着任しました。教員生活を3年間、過ごした頃に、「このままでいいのかな?」「このまま働き続けるのかな?」と悩むようになったのです。たしかに、学生たちとの学びは充実したものでした。ただ、私自身のキャリア成長を感じることができなくなっていたのです。
今振り返ると、理由は明確です。教員として着任する前は、在外研究の機会をいただいて、「自分のやりたいように」研究活動をしていたのです。しかし、着任してからは「思うようにはできなく」なりました。日々の業務に追われるようになったからです。「自分の好きなように」することから「組織が求める」仕事をすることへの転換ができていなかったのです。
当時の私は、仕事に対してネガティブでした。
「また、会議?」「この会議、意味ある?」「これ、僕がやるべき仕事なの?」……。
こんな言葉ばかりが頭を埋め尽くしていました。文句ばかりを並べ、表情も曇っていたように思います。私自身もキャリアに悩んでいたのです。
そんな時に藁にもすがる思いで読み漁ったのが、数々のキャリア論でした。「これがダメなら……」という気持ちで、私はさまざまなキャリア理論を学んでは実践することを続けました。すると、徐々に仕事の悩みが和らいでいくことに気がつきました。悩む時間が減り、戦略的に考え行動するようになったのです。悩んで堂々巡りを繰り返すくらいなら、まずは手数を増やし、動くようになりました。
働き方を見直すことで、生き方も変わりました。仕事に悩んだあの時、何もしなければ、私は潰れていたと思います。キャリアの知見を習得し、毎日の生活で実践することを通じて、私は変わることができたのです。
私のなかで起きた仕事やキャリアへの向き合い方の変化は、決して前人未到のチャレンジを行ったわけではありません。誰でも今日からできる行動を繰り返すことによってもたらされたのです。
キャリアの悩みを解決するために
本書では、キャリア論の知見と私自身の経験、企業登壇やビジネスパーソンへのヒアリング等で得たリアルな悩みをもとに、キャリアの悩みを和らげ、これからのキャリアをあなたらしく築いていくための方法をお伝えします。
その名も、「キャリアナレッジ」。
キャリアナレッジとは私の造語で、キャリアの悩みを一つひとつ解決していくために、具体的に取り組むことのできる思考法を集めた、「知の基盤」です。数十に及ぶ思考法から形成されるので、キャリアナレッジズ(Career Knowledges)という複数形で表現するのがより的確です。言葉として親しまれ、多くの人に活用されていくことを願って、キャリアナレッジと表記することにします。
キャリアナレッジは、次の3点を大切にしています。
①形式的な知識ではなく、実践的な知識であること。
②転職・副業・兼業・起業など、キャリアの「転機」だけではなく、キャリア形成の「日常」に重きを置き、日頃の働き方や生き方を考えること。
③キャリアを過去のものではなく、過去─現在─未来の時間軸のなかで捉え、自ら構築していくものであると認識する。言い換えれば、キャリアとはこれまで生きてきたすべての経験からなるあなたの足跡であり、これからを生きていく羅針盤であると考えること。
キャリアナレッジという知識を手に入れ、実践することで、私たち一人ひとりが「自分らしく生きる」ことを本書では目指します。
本当に大切なのは、実際に行動すること
キャリアナレッジは、キャリア理論を日常生活に活用できる形で実践的にカスタマイズしたものです。問題を発見し、分析し、解決に導く、キャリア理論をベースにした術=テクニックであり、人生のさまざまな悩みを科学的かつ具体的に解決していくためのトレーニングでもあります。
キャリアナレッジは、
これまでの過去を受け入れ、
あなたが置かれている今を最大限に活かし、
これからの未来を自らより良くしていくためにあります。
本書を手にとってくださったあなたは、そうした変化を受け入れ、これからの生き方の方向性のヒントを掴みたいと考えていながら、実際には目の前の仕事に追われ、膨大な時間を費やして働いているのではないでしょうか。そして働き方と生き方を考える時間をとれずに、これからどうしていこうかなと不安を抱いているのではないでしょうか。
本書を通じて、これからを生き抜く突破口を一緒に探していきましょう。
何もしなければ、さまざまな悩みに押しつぶされるばかりで、キャリア形成が円滑に進みません。自分らしく生きることは、関わりあう人びとや組織に感謝しながら生をまっとうすることです。本書でキャリアナレッジを習得し、実践していくことで、自分らしい生き方を構築していきましょう。
明日からの自分を変えるために大切なこと
本書の読者として想定しているのは、次のような方々です。
「このまま、今の職場で働いていてもいいのかな?」というモヤモヤを抱えているが、今すぐ転職を考えているわけではなく、働き続けている。
会社のことや同僚のことは好きだが、給料が見合っていない、やりたいことができないなど、何らかの思いや事情で転職を考えている。
転職を考えているが、一方でその自分に疑問を持っている。不安がある。
転職や独立をしたものの、不安がぬぐいきれない、後悔している。
今の組織で今後も働き続けていく、または働き続けていかなければならない事情を抱えている人の、これからのキャリア形成に本書を活用していただければ幸いです。
そして、そんなあなたに私から伝えたいメッセージは、大きく3つあります。
①キャリアとは、転機のときだけに考えるものではなく、日々つくりあげていくもの。自分らしく生きるために、日頃からもっと身近にキャリアについて考える。
②何を大事にしたいかを考え、正しく悩み、そして、まず行動・実践してみる。主体的に、自分らしい人生を選ぶことを諦めない。
③これからは、個人も組織も活かせる人が未来をつくる。個人と組織を対立させるのではなく、共に活かしあうパートナーである。
そのため、本書は4つの章で構成されています。
第1章は「戦略設計」。
キャリアにも戦略が欠かせません。経営や事業で使われている戦略と同様のことが個人のキャリア形成にも適用できます。「自分らしく生きる」を構築するために、キャリアを認識する地図を手にして、具体的な戦略を考えていきましょう。
第2章は「意識改革」。
知識を手に入れるだけでは意味がありません。これからの働き方や生き方に自ら向き合い、自分らしく生きるために、意識を改革していきます。本書を読んで自然と変わるのではなく、本書をきっかけにして、あなた自身を自ら変えていくのです。
第3章は「自己研鑽」。
今日から一人でできるキャリアトレーニングを紹介しています。3分でできるものから15分程度のものまで、何度も繰り返して、習慣化してください。キャリアを悩むことから脱却し、キャリアを考えることをルーティン化するのです。
最後に、第4章は「組織貢献」。
キャリアに関連する書籍は、個人目線に偏りがちですが、本書では、個人の視点から組織との関係性をより良くしていくこと、個人のキャリアと組織の成長を共に活かし実現していくことを非常に大切にしています。個人と組織の関係性を個人の視点から考え、組織に貢献していくキャリアナレッジを深めていきます。
読んで満足するのではなく、自ら行動してその変化を実感してください。
あなたがどんな人生を生きたいのか、思い浮かべてください。
どう生きたとしても一度限りの人生です。
本書で一つひとつキャリアナレッジを吸収し、自分らしく生きるために諸々の所作を習慣化し、新たな一歩を踏み出していきましょう。
■目次
はじめに
Part1 より良い仕事、よりよい人生は、自己認識から始まる
第1章 あなたに必要なのは「キャリア戦略」だ! 自分だけのキャリアの地図を手に入れよう
第2章 「稼ぐ」ために必要な意識改革をしよう! 稼ぐことに、ちゃんと向き合う
Part2 より良いキャリアは、日々の行動からはじまる
第3章 キャリアは日々の行動から 「自分らしく生きる」をつくりあげる新習慣
Part 3 人を活かし、自分を活かす
第4章 自分らしいキャリアを築くために、最大限に組織を活かす! 自分も組織も成長するための「組織貢献」を考える
おわりに キャリアナレッジで切り拓く未来
■著者
田中研之輔(たなか・けんのすけ)
法政大学キャリアデザイン学部教授。
一般社団法人 プロティアン・キャリア協会 代表理事。
明光キャリアアカデミー学長。
UC.Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究。一橋大学大学院社学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門はキャリア論、組織論。
社外取締役・社外願問を30社歴任。個人投資家。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
著書は26冊。『辞める研修 辞めない研修』(ハーベスト社)、『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(筑摩書房)、『ルポ不法移民』(岩波書店)、『井家の経営』『走らないトヨタ』(以上、法律文化社)、『都市に刻む軌跡』(新曜社)など。またキャリア・シリーズとして、『プロティアン』(日経BP)、『ビジトレ』(金子書房)、『プロティアン教育』(株式会社キャリアナレッジ)、『新しいキャリアの見つけ方』(アスコム)がある。訳書に『ボディ&ソウル』(新理社)、『ストリートのコード』(ハーベスト社)など。
その他、日経ビジネス、日経STYLEなどメディア多数連載。
■今回紹介した書籍
一番現場に近い先生による、これからの働き方の教科書
「キャリアナレッジ」が、あなたらしい未来を切り拓く!
本書では、キャリア論の知見と私自身の経験、企業登壇やビジネスパーソンへのヒアリング等で得たリアルな悩みをもとに、キャリアの悩みを和らげ、これからのキャリアをあなたらしく築いていくための方法をお伝えします。
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