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おわりに『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』【無料公開#30】

8月28日発売の『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』。マクドナルド・メルカリ・SHOWROOMで事業と組織の成長を加速させてきた著者が、カルチャーを言語化し共有化するための手法をご紹介いたします。組織運営に悩む経営者、人事担当者、マネージャー、すべてのはたらく人に向けて、「新しい組織論」を無料公開にて連載いたします。

おわりに

なぜ私が企業におけるカルチャーを重要視するようになったのか。

そこにはとある苦い経験があります。

私が日本マクドナルドに在籍していた2012年10月のこと、マクドナルドの各店舗で、レジカウンターに置いてあるメニュー表を廃止したことがありました。

当時、マーケティング本部で店頭マーチャンダイジング(ポスターやメニュー表など店頭での告知物)の責任者を務めていた私は、そのプロジェクトの陣頭指揮を執っていました。

この取り組みの目的は、お客様の利便性の向上でした。

メニュー表の廃止自体が目的ではなく、遠くからでも見えるメニューボードや手に取って読めるメニューリーフレットを揃えて、列に並びながら注文を検討できる環境を用意することで、お客様の店舗体験をより良いものにしたいというものでした。

テスト導入も進め、お客様の満足度は向上し、スピードも改善し列も短くなるというポジティブな結果が出たため、自信を持って全国展開へと進めました。

リリース当日、ある店舗のクルーの方がツイッターでこう呟きました。

「本日からレジのメニュー表がなくなります。(中略)最初は戸惑うこともあるとは思いますが、どうぞご協力よろしくお願いいたします」と。

すると一気に不安の声が広がりました。

「わかりにくいのでは」「目の不自由な人はどうすればいいのか」「値段がわからないから不安」……

そのつぶやきは私の記憶では5万以上リツイートされて、いわゆる〝炎上〟状態になりました。

自信を持ってリリースした企画が、お客様から厳しいご指摘をいただき、全国の店舗運営を混乱させる結果を招いてしまったのです。

当時29歳、未熟ながらも部長という責任あるポジションで1年間かけて準備し、大きなプロジェクトを推進しているという自負からか、「絶対に成功させなければいけない」という焦りがあったのかもしれません。

私は、新卒入社して以来、「マクドナルドをよりよい会社にしたい」という強い気持ちを胸に、日々の仕事に邁進してきました。

にもかかわらず、このようにお客様と会社に大きな迷惑をかける結果となり、それまで積み上げてきた自信は脆くも崩れ去りました。

「自分は何のために働いているのだろうか」「本当の意味でお客様のためになる仕事をできているのだろうか」「自分にはまだ知識もリーダーシップも足りてないのではないか」など、自問自答を繰り返し、より自分が成長できる環境を求め、働きながらグロービス経営大学院に身銭を切って通うことを決意しました。

会社とは違う環境に身を置き、自分自身が何を指針に働き、何を実現したいのか、改めて自分を見つめ直すことにしたのです。

経営的な知識よりもむしろ、自分なりの判断軸や信念を持った強いリーダーシップを身に付けたい。

そして、迷惑をかけてしまったマクドナルドに必ず恩返ししたい。

そう、心に誓って入学しました。

経営大学院の卒業を目前にし、学んできたことを仕事でもっと活かしたいと考えていた矢先、社長室長にアサインされました。

食の安心安全問題で揺らぐ組織を、自信を失ってしまっている仲間を、なんとかして再び同じゴールに向かって尽力できるより強い会社にしていこう、という強い想いとともに業務にあたりました。

そんななか、組織風土改革プロジェクトを推進する機会にも恵まれ、私自身がそうだったように、組織にも何を指針に、何を実現したいのか、社員一人ひとりが共有し、信じられるもの―シェアドバリューが重要であり、カルチャーを体現することが重要なのだと、身をもって実感することができたのです。

その後、マーケティング本部に戻って業績を建て直すなか、組織風土改革の効果もあってか、売上はどんどん回復していきました。

施策を打てば、しっかりと成果が出る組織は素晴らしいと感じましたし、何よりも、目を輝かせて働く仲間が増えていくことが、自分にとっての幸せだと気づいたのです。

マーケターとしての理想の姿を考えれば、お客様が第一であり、日本で暮らす1億人の方がどうすれば幸せになれるのかを考えなければなりません。

日本マクドナルドは全国津々浦々に店舗があり、老若男女問わずあらゆる方が訪れる。

まさに多くの方に開かれたブランドです。

けれどもそうやって考えれば考えるほど、果たして私自身はそのお客様のことを深く考えられているだろうか、と疑問に思うようになりました。

私はむしろ、一緒に働く仲間……身近にいる人たちが幸せに働けることが、重要なのではないかと感じるようになりました。

私は「お客様が第一」ではなく「働く仲間が第一」で、「働く人を幸せにできる仕事がしたい」「働く仲間が幸せなら、その先のお客様にも幸せは広がる」と考えるようになったのです。

そんな想いを抱いて転職したのが、日本からグローバルを目指すメルカリでした。

奇しくもちょうど「現金出品」「不正出品」などが大きな問題となり、組織が強い風当たりに直面している時期。

勢いあるスタートアップとして成長を続ける組織が、社会的公器としての責任を求められているさなか、カルチャーを棚卸し、何が強みで、何が足りていないのか、何を言語化し、可視化するべきなのか。

走りながら考え、考えながら走る濃密な2年間でした。

そしてSHOWROOMでは、カリスマ経営者である前田裕二氏の下で、「〝エンターテインメント×テクノロジー〟で世界中に夢中を届ける」というビジョンのもと、第2創業期に差し掛かった組織のアクセルを踏みなおすべく、カルチャーの構築と浸透に取り組みました。

その矢先に直面したのが、このコロナ禍です。

人々の価値観が大きく揺らぎ、不安に陥る人も多いなかで見えてきたのは、「幸せに働く」余裕すらなく、目の前の仕事にただただ忙殺される人や、「自粛」という名目上、働きたいのに働けない状況の人、疑心暗鬼に陥り、新しいことにチャレンジするのを咎めようとする人の姿でした。

企業にも一気に経営危機に陥り、事業縮小を余儀なくされるところや、経営破綻するところが出てきました。

しかし、私はこんな今だからこそ、「幸せに働く」こと……「楽しく働く」ことが重要だと信じています。

幸せに働けない会社、楽しく働けない会社は、いずれ事業も立ちゆかなくなるでしょう。

経営者の多くは資金調達やビジネスモデルばかりに気を取られ、それにしか関心がないようにも思えます。

ビジネスですから、資金を得て売上をつくらないと成り立たないため、ある意味これは当然のことですが、企業の経営資源はヒト・モノ・カネであり、やはり重要なのは「人」だと思うのです。

そしてその「人」は、こうして生まれてきたからには、人生の多くを費やす「仕事」の時間こそ、楽しく幸せなものであるべきだと私は考えています。

何を指針に働き、何を実現したいのか。それは人によって異なります。

「たくさん働いて、たくさん稼ぎたい」という人もいれば、「ほどほどに働いて、早めに帰って趣味に使いたい」という人、「社会課題を解決して、より良い社会を築きたい」という人もいるでしょう。

そうであるなら、企業もまた、何を指針として、何を実現したいのか。

ビジョン・ミッション・バリューを発信して、どんなカルチャーであるかを世の中に提示する。

それによって、人々は「ここでなら楽しく働けそう」「自分らしく働けそう」と考え、企業と人のマッチングが成立するわけです。

そしてそれが双方にとって想像通りのものとなり、願っていた働き方が実現し、結果として成果を生めば、「幸せに働く」が実現するのです。

私はその「幸せに働く」をより多くの人が実現できるよう、新たに会社を立ち上げることにしました。「Almoha(アルモハ)」という会社です。

「A little more happy」というミッションを掲げ、このミッションから頭文字を取って、社名をつけました。

「自分たちが心からやりたいと思うことをやって、社員が幸せに働くことができ、お客様やその家族を”少しでも”幸せにできる仕事をしよう」という想いが込められています。

私はその共同創業者として、すべての人が楽しく幸せに働ける未来をつくっていきたいと考えています。



著者プロフィール

唐澤俊輔(からさわ・しゅんすけ)

Almoha LLC, Co-Founder

大学卒業後、2005年に日本マクドナルド株式会社に入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢。経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、社内の組織変革や、マーケティングによる売上獲得に貢献、全社のV字回復を果たす。
2017年より株式会社メルカリに身を移し、執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長。採用・育成・制度設計・労務といった人事全般からカルチャーの浸透といった、人事・組織の責任者を務め、組織の急成長やグローバル化を推進。
2019年には、SHOWROOM株式会社でCOO(最高執行責任者)として、事業成長を牽引すると共に、コーポレート基盤を確立するなど、事業と組織の成長を推進。
2020年より、Almoha LLCを共同創業し、人・組織を支援するサービス・ツールの開発を進めつつ、スタートアップ企業を中心に組織開発やカルチャー醸成の支援に取り組む。
グロービス経営大学院 客員准教授。


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