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アンラーニングがリスキリングの第一歩。組織の人材成長戦略の考え方『図解 人的資本経営』

2024年1月26日発売の『図解 人的資本経営』は、2023年3月期決算以降、上場企業に対して情報開示が義務化されたことで注目されている「人的資本経営」について、その全体像と自社への適用の仕方が誰でも平易に理解できるよう[50の問い+フレーム+具体的な事例]をもとに解説している1冊です。

今回は本書より、人材の成長の促し方とリスキリングの進め方について紹介します。

※本稿は『図解 人的資本経営』を一部抜粋・再編集したものです。

人材にどのように学んで成長してもらうか?

まず「何を、なぜ学ぶべきか」を学んでもらう

「会社は学校ではありません!」

こう言って新入社員を叱ったことがある(または叱られたことがある)方はいらっしゃいませんか?
確かに会社というのは何かの目的を達成するための組織であり、勉強のための場所ではありません。また、育成をしなくても、採用したり、外部の人の力を一時的に借りたりすれば、組織としては回っていくように思います。
しかし、これまで述べてきたように近年は企業として、人材育成に投資することが強く求められています。では、なぜ会社はわざわざ人の育成をしなければならないのでしょうか。また、そもそも「人の成長」とは何なのでしょうか。

「成人発達理論」によれば、人の成長には2つの方向があるといいます。

・水平的成長・・・知識の拡大やスキルの拡大(分かること・できることが増える)
・垂直的成長・・・人間としての「器」が深まり、認知の枠組み(物事の見方や考え方)が変化する

成長というと、どうしても知識やスキルといった「水平的成長」にばかり意識が向きがちです。しかし人をリードする立場になると、「垂直的成長」によって、多様な価値観を受け入れ、多角的な視野を持った判断が求められます。
圧倒的な専門知識を持っていても、器が小さく、偏見だらけの上司にはついていきたくないでしょう。スマートフォンでいうと水平的成長はアプリケーションのアップデート、垂直的成長はOSのアップデートといえます。

では、なぜ会社として人の育成(成長促進)が必要なのでしょうか。理由は4つに整理できます。

<会社が人の育成を率先してすべき理由>
①人は規格が揃っておらず、採用しても理想のスペックを備えていることが少ない
② 戦略や環境の変化に従って、知識・スキル(アプリケーション)を変更する必要がある
③ 組織の方向性や文化とある程度、物事の見方(向き)を合わせてもらう必要がある
④成長ができる会社であることが、強力な「会社の魅力づけ」となる

もちろん、工場の生産ラインを効率化する投資などとは違い、教育の投資は事前に「○%の生産性アップにつながる」といった効果が計測できるわけではありません。しかし、人という不確実で常に移ろっていくものを取り扱ううえでは、アプリケーションとOSの常時アップデートは避けては通れない道なのです。

大人はWhat よりも、Why で学びに導く

ではどのようにすれば、効果的に人の成長を促せるのでしょうか。それは、まず「何を、なぜ学ぶべきか」を学んでもらうことです。「成人学習理論」によると、大人の学びには、目的や動機、学習者の経験との紐づけが必要とされています。

皆さんも子どもの頃は、なぜ国語・算数・理科・社会を教わっているのか、目的も分からずに勉強していたのではないでしょうか。あえて言うなら、親や先生に怒られるからといった外発的な動機づけで動いていたかもしれません。
しかし大人の学習に当てはめた場合、そうした外からの圧力だけでは、効果的に学ぶことはできません。
最近、本を買ったときのことを思い出してください。おそらく、何か目的があって、何か困りごとを解決するために購入されたのではないでしょうか。そして、本を読むときは、自分の経験や既に持っている知識と紐づけながら理解をされたのではないでしょうか。こうした自発的で、関連性のある学び方が脳科学的にも有効とされています。

会社の育成でいうと、社員にまず「今の職務をうまくこなすうえでの課題は何か」「今後課題になりそうなことは何か」を意識してもらい、健全な危機意識を持ってもらうことです。それには、目指すべき姿の定義と上司の関与が欠かせません。

「今の職務を遂行するうえで、十分できていること・そうでないこと」「今後目指すキャリアにおいて、十分できていること・そうでないこと」など「埋めるべきギャップ」を上司との対話を通じて自己認識してもらうのです。こうした意識づけができれば、育成は半分成功したようなものです。

もう半分は、学ぶ機会の提供です。「職務上の経験」「他者からの助言」「研修や自己学習」の機会などを提供することで実際の成長につなげていきます。特に「職務上の経験」が重要とされており、以下のハードな経験が特に学習を促すとされています。

学習を促すハードな経験

「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」ではありませんが、ある程度の修羅場体験は人の成長に欠かせません。

例えば日立製作所では、若手の優秀層を集中的に育成する「Future50」という仕組みがあります。選抜される社員は主に30〜40歳代で、なかには31歳で選ばれる社員もいます。部下30人ほどの中間管理職の社員を、いきなり社員5,000人、売上5,000億円のグループ会社社長に就任させたケースもあります。
その際、単に千尋の谷へ突き落とすのではなく、「なぜハードな経験をしてもらおうとしているのか」をきちんと本人に理解してもらうこと。しっかりフォローし、フィードバックを行うこと。これらをセットで行うことが大切です。日立製作所でも、一人ひとりに経営幹部がメンターとして随時フォローを欠かさない体制をつくっているそうです。

ここまで「学ばせ方」、その中でも特にアプリケーション(知識・スキル)のアップデート面について解説してきました。事業環境や戦略が大きく変化しないのであれば、最初に立てた計画どおりに育成していけば問題ありません。

しかし、時代や市場に大きな変化が生じた場合には、スキルの大きな転換、つまりリスキリングが必要になります。

どのようにリスキリングを行うか?

2人に1人がリスキリングの必要な時代に

最近、新聞やニュースで「リスキリング(学び直し)」という言葉をよく見かけます。

2022年10月には政府から「個人のリスキリングの支援に、5年で1兆円を投じる」という方針の表明もありました。これには成長市場(特にデジタル産業など)に人が移ることを促したり、労働者の賃上げを支援するといった狙いがあるようです。

一方で、企業が主導するリスキリングも近年活発です。
日立製作所では、毎年4億円を投じて、社員3万人を対象に大規模なリスキリングに取り組んでいます。学習体験プラットフォームを導入しており、現在の仕事やスキルレベル、強化したいスキルの情報を登録すると、2万以上の研修プログラムからAIが受講すべき研修を推奨してくれるそうです。

現状、企業が行うリスキリングは、主にシステムエンジニアやデータサイエンティストなどのデジタル人材を増やすことが目的です。日本では2030年に約80万人のデジタル人材が不足するという予測もあり、こうした人材の確保が急務になっています。
一方で「10〜20年後に日本の労働人口の49%が、人工知能やロボットなどに置き換わる」という調査結果もあります。

つまり今、人が担っている仕事も、いずれ人が不要になり、その人を別の仕事に移す必要が出てくるのです。このデータに基づくと、2人に1人はリスキリングが必要ということになり、誰しも「自分には無関係」とはいえない状況です。

新しいスキル習得の前に、これまでの意識と知識を捨ててもらう

こうした背景から、リスキリングが早急かつ切実に求められているというわけです。ただし、世の中の情報のほとんどは「新しいスキルの習得」ばかりに焦点が当たっています。しかし、立ち返って考えたときに、新しいスキルの習得はなぜ必要なのでしょうか?

スキルを習得すること自体がゴールではありません。最終的な目的は「新しい環境においてパフォーマンスを上げること」であるはずです。
パフォーマンスには、目に見えない「動機・性格・考え方などの特性」が大きな影響を与えています。性格はすぐには変えられないかもしれませんが、「考え方」つまり、OSはアップデートが可能です。つまり、パフォーマンスを高めるという目的を達成するためには、新しいスキル習得の前に、「これまでの意識や知識をどう捨てるか(変えるか)」が重要です。

せっかく長い期間をかけて習得してきたものを「捨てる」と聞いて、「もったいない」と思う方もおられるかもしれません。しかし、この「捨てる」作業こそ、新たな学びの前に大切なことなのです。詳しく説明していきます。

スマートフォンで考えてみましょう。アプリを最新版にしても、OS(iOS やAndroid)のバージョンを10年前から更新していなければ、何かしら不具合が生じてきます。人間も同様で、「これまでのやり方が一番」「変化や新しいものを取り入れる必要はない」という考え方そのものをまず変えることが重要です。
そうした考え方を持っていると、どんなに新しい知識・スキルを学ぼうとしても、脳が「役に立たないもの」と判断して、習得しようとしません。実際の調査でも、リスキリングの最大の阻害要素がこうした「変化抑制意識」にありました。

では、考え方(OS)の更新はどのように行えばよいのでしょうか。それは、近年注目を浴びている「アンラーニング」を行うことです。

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブより

アンラーニングは直訳すると「学習棄却」です。凝り固まった仕事の信念やルーティン(やり方)、知識(「これはこういうものだ」という決めつけ)などをほぐして、新しく組み直すのです。
「学び」が知識の積み重ねを通じて信念を形成することだとすると、その逆を行うのです。アンラーニングという言葉を日本に持ち込んだ哲学者の鶴見俊輔氏は「学びほぐし」と絶妙な和訳をしているので、以降はこちらを用います。

「学びほぐし」の方法は「やばい…」「あれっ?」「そもそも」という3つの感情を持ってもらうことです。

<「学びほぐし」に必要な3つの感情とその促進方法>
・「やばい…(限界経験)」・・・これまでのやり方で通用しない「自分の限界」を感じる経験を与える
・「あれっ?(越境経験)」・・・顧客側などこれまでと違う立場・視点に立つ、副業・兼業・海外経験・他流試合などを行う
・「そもそも(内省支援)」・・・自分の中で「当たり前」となっている信念や前提を根本的に問い直すような振り返りを促したり、上司が模範を見せたりする

こうした想いを引き出すことで、これまでの信念や考え方をほぐし、変化に前向きになるよう導く。ここまでできれば、後は新しいスキルの習得(アプリのアップデート)に移るだけです。

ここからは、これまで解説したことが参考になります。結局は、「普通の学び」も「学びほぐし」も同じで、経験や他者の関与を通じて、学びの「必要性」を生み出すことが肝なのです。


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