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ロシア専制政治の原像〜【読書感想】三浦清美『ロシアの思考回路』

ロシアの専制政治の「伝統」はどこに由来するのか。
それは、ロシア正教によって先鞭をつけられた。
そう回答するのは、三浦清美『ロシアの思考回路 その精神史から見つめたウクライナ侵攻の深層』(扶桑社新書 2022)だ。
現代ロシアについて論じているような題名がついているが、ロシアやウクライナの歴史について書かれた本だ。

三浦清美の前著『ロシアの起源』では、モンゴル侵攻からイワン雷帝前夜までのロシア史を扱っていた。

今回は、キエフ・ルーシ時代からピョートル大帝前夜までの時代を取り上げている。
また、前回はモスクワ国家に焦点が定められていたが、今回はウクライナやベラルーシにも目配りしている。
扱う時代と地域が拡大した分、政治史を中心に歴史を辿っていた前著に対して、今回は主にロシア正教との関わりに重心が置かれている。
キリスト正教の説明や、ロシアで正教が導入された際の説話には、1章まるごと割いている。

特に目を引いたのは、テオーシスとアウトクラトールについての説明だ。
「神がキリストにおいて人間になってくださった以上、人間も神を真似る努力を怠ってはならない」というのがテオーシスという考え方。
ここから、「万物の支配者たる神を真似る、地上の支配者・代理人アウトクラトール」という専制君主像が立ち上がるという。

皇帝とは、
統治のために神自身によって選ばれた、地上世界の唯一の首長であり、
全宇宙の君主としての神の立場の、地上における不完全な反映であり、
彼の活動は神の活動の、地上における不完全な模倣であった。

中世ロシア史家ボリス・フローリャ(三浦清美『ロシアの思考回路』237頁より)

ロシア正教の君主像が、直接そのまま現代ロシア人やプーチンに影響を与えているとは思えない。
しかし、宗教の影響が強かった時代に血肉と化し、歴史的に積み重ねられているうちに、人々の無意識の中でこの君主像が受け継がれている可能性はある。
現代への影響を実証することは無理だが、少なくとも本書が取り上げている時代で統治者像に大きな影響を与えていることは納得させられる内容だった。

また、キエフ・ルーシ時代について、手軽にまとまった記述を読める点で貴重だと思う。
現代のロシアへとつながるモスクワ国家について扱った本はいくつかあるが、キエフ・ルーシについての手頃な入門書はなかなか見当たらない。
本書は、モンゴル侵攻によって滅亡したキエフ・ルーシに約半分の分量を割いている点で貴重だと思う。

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