意味もなく長い修行期間
いつまでも、おいしい日本の和食が食べたい。
今日の日経新聞に「寿司など、高級和食の厨房は今だに男性優位」であり、その労働環境の課題について、ワールド・レストラン・アワード審査員の仲山今日子氏の記事が掲載された。
とくに寿司店では「女性は手の温度が高い」という非科学的な俗説が長くあり、今でも女性が握る店は非常にまれだ。東京にミシュランの星を獲得した寿司店は34軒あるが、女性が主人である店はない。労働条件も一因だ。長時間労働が美徳とされ、休みづらく、下積みも長く厳しい。世界的な和食ブームもあり需要が高まるが、厳しい世界を目指す若者は年々減っている。特に女性は少ない。
ご指摘はごもっとも。
先日もテレビ番組で「ユーチューバーが銀座の有名寿司店で修行する」という企画を見たが、いやいや、今でも相当大変な道をくぐり抜けないと、一人前にはなれない。
これじゃあ、今時の若者も、なりたいとは思わないだろう。
見える化すれば、時短は可能?
寿司職人は、魚の目利きができるようになるまで、何年もかかるらしい。まずは、魚の種類や産地、旬や生育形態とか、覚えることもいっぱいある。
この「目利き」みたいなものを、テクノロジーで「見える化」できないものだろうか? 匠の皆さんの「目利きポイント」データを膨大に集めて、機械学習なりで「よい魚の見分け方/種類・季節別」みたいなものをつくる。
これをスマホにダウンロードして、豊洲市場で「魚とスマホ見ながらでオッケー」みたいな。あるいは、魚にカメラを向けて写真を撮ると「魚の良し悪しを判別するアプリ」も、今なら開発できるかも知れない。
もちろん、機械では判別できない「微妙な具合」は、最後は人間の目、そして、それが匠たちの醍醐味なんだと思うのだが「修行が長すぎて若者が持たない」となると、それはそれで生活者は困る。おいしい寿司や和食が食べれなくなるからだ。
ぜひ、どなたかに「匠の目AI」を開発してほしい。
よく考えたら、10年とかは、普通
職人の修行期間について、さっきも寿司職人が10年とかってありましたが、よく考えたら「フツーじゃね?」と、ふと思いました。
サラリーマンだって、一人前に仕事ができるようになるまで、って何年かかります? まあ、仕事がそれなりにできるようになる/ある部分は任されるようになる、ってだけなら、2〜3年の場合もあるでしょうけど、大企業の場合、課長になるまで10年以上、部長になると、なれるかどうかも含めて15年とか20年とか。
って考えると、職人が一人前になって、暖簾分けとか含め、一本立ちするまでに10年以上かかるとかって、まあ、社会では案外普通なことなんじゃなかろうか、と。
才能ある人は別。
今は、20代、いや10代の高校生でも起業してジャンジャン稼げる時代。ユーチューバーという選択肢もある。だから、キッツイ修行とか下積みとか「ありえなくね?」って感じでしょう。
修行期間とか関係なく「稼ぐ」という意味では活躍できる時代です。もちろん、才能や度胸がないと、そうはなれませんが。反面、普通の人は、何にせよ一人前になるまでは結構時間がかかるでしょう。
いろんなことが見えちゃうから
情報化社会で、昔は見えなかったことが何でもかんでも見える時代。なので「この世界に行ったら、損か得か」「どんぐらいキツイか」の判断も、いろんな人々のネット上の投稿やレビューで、入る前にある程度想像できてしまう。それが二の足を踏む原因にもなっているはず。さらに言うと、その仕事がキツかったり、嫌になったりした人の「ネガな情報」の割合が多いと思う。特に本音的な情報は。
だから、どんどん「見える化」推進
どうせなら「ちゃんとした情報」を見える化することを、国を挙げて推進してはどうだろうか?
サラリーマンの仕事だって、もっと見える化すればいいと思う。サービス業の営業職って「やってて何のスキルが身につくんだろう?」と不安になることも多いらしいが「3年後こうなる/5年後こうなる/10年後こうなる」っていうのが見えれば、それに向かって頑張る人も増えるのではないだろうか?
ここ最近の若いサラリーマンたちは、とにかく「成長欲求」が強くて、会社選びも「自分がいかに成長できるか」が基準。入社した後も「自分が成長してるか」がものすごい気になる。で、「成長できてない」と感覚的に思ったら、すぐ辞めてしまう。それはそれで、すごく正しいことなのだが、仕事ってそういうもんでもない・・・いや、これはオッサンの感覚なので別の機会に。
ポストにくっちゃべったら自動的に完成
営業マンのノウハウを、日々ポストみたいな音声収録マシンにしゃべくりまくってもらい、それらを、どんどん読み込んで分析して、仕事の内容や成長の過程が、文字情報として見える化する。そんなものがあれば、嬉しい。
最初の「寿司職人の匠技」も、情報化されていれば、修行期間の目安や目的も明確になって、その道を目指そうとする人々の納得度を高められるのではないか、と思います。今の溢れる情報化社会では「情報がない/見えない」ことが、人々の、特に若者にとっての最大の不安材料なのですから。
最後は「感覚」
「魚の見分けはそんなに甘いもんじゃねーんだよ」と、寿司屋の大将は言うでしょう。そして、それは真実でしょう。その日の気温や風の肌感、市場の匂いや、売る人の微妙な表情や会話の中身、魚の顔つき、そういった「データ化できない」情報を瞬時に判断して、売り場での買う/買わないを目利きする。
いくら情報化して見える化しても、最後はそういう「感覚」が勝負になる。だから人間として生きてて面白いし、最終的には、それが店や職人の「差別化」になる。
でも、優秀な職人の「成り手」を、これからも増やし続けていかないと、日本の食をはじめ、さまざまな良き伝統がなくなってしまう。だから、今の時代にあったことは、それなりにやっていかないと。
テクノロジーで「継承」
職人技とテクノロジー、最も親和性がないかも知れないが、「文化の継承」においては、最良の組み合わせではなかろうか。
テクノロジーには、その分野でも大いに貢献してほしい。
いつまでも、おいしい日本食が食べたいので。
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