H.Fujita

デザイナー、造形と幼児の教育に関わる人、大学教員。 東京学芸大学大学院連合学校教育学研…

H.Fujita

デザイナー、造形と幼児の教育に関わる人、大学教員。 東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了、教育学博士。 専門は芸術教育と幼児教育、イタリアの創造的教育、ブルーノ・ムナーリなど。

最近の記事

表現の可能性の教育:ブルーノ・ムナーリのメソッドが求めてくる課題

ブルーノ・ムナーリのワークショップ・メソッドの面白さと難しさとは何か、ムナーリのプログラムをとりあげながら、すこし考えてみたいと思います。  ムナーリのワークショップのプログラムの一つに、「segni:サイン」と呼ばれるプログラムがあります。  イタリアの「ブルーノ・ムナーリ協会」のシルヴァーナ・スペラーティさんが来日して子どものワークショップをおこなったドキュメンタリー番組(2016)でも、このプログラムが実践されていました。 「サイン」を直訳すると「記号」ですが、このワ

    • イタリアの人形劇:反権力の伝統から子どもの教育理念へ

      2023年のレッジョ・エミリアでの教育調査をきっかけに、イタリアの人形劇文化に触れ、付け焼き刃ではありますが幾つかの資料を漁ってみました。 19世紀半ばまでのイタリアは各地が異なる権力に支配され、統一イタリア王国が生まれたのは1961年、日本で徳川幕府から天皇への大政奉還(1867)がおこなわれる数年前のことです。 イタリアが近代国家となる大きなきっかけとなったのは、皇帝ナポレオンによる北イタリアの統一とその後のオーストリア帝国による支配ですが、そもそもイタリアの人形劇は旅芸

      • レオ・レオーニとブルーノ・ムナーリ

        絵本『スイミー』などの作者として知られるレオ・レオーニは、青年期と晩年をイタリアで過ごしています。わたしが関心を持って追いかけているイタリアの芸術家ブルーノ・ムナーリとも深い関わりのある人物です。 レオーニについては日本語で詳しく知ることのできる『だれも知らないレオ・レオーニ』という良書がありますが、ローマの美術館が展覧会の際にまとめた資料を見つけて、あらためてレオーニとムナーリの関係について、私なりにすこし考えてみました。 Leo Lionni Palazzo di Es

        • イタリアの人形劇と民主主義と幼児教育の不思議な関係

          2023年末、研究調査のためにイタリアのレッジョ・エミリアを訪れました。 あわただしく調査を終えて帰国の途につく当日、ぽっかり空いた時間に市内の美術館で「マリオネットとアヴァンギャルド」と題した展覧会を訪れたところ、大変内容の深い、面白い展示を見ることができました。 展覧会の概要についてはHPの解説をざっくりと訳して紹介します: MARIONETTE E AVANGUARDIA Palazzo Magnani, Reggio Emilia, 17 Nov 2023 - 1

        表現の可能性の教育:ブルーノ・ムナーリのメソッドが求めてくる課題

          カルヴィーノ、ロダーリ、ムナーリ

          2023年は現代イタリアの生んだ偉大な作家の一人、イタロ・カルヴィーノの生誕100周年にあたるそうです。カルヴィーノの作品は、今日、日本でも広く愛されていると言って良いでしょう。 ヴェネチアの児童文学研究者がウェブ上のオウンメディアに興味深い論考を発表しているのを見つけたので、意訳を交えながら日本語にしてみました。 ロベルタ・ファヴィア、「カルヴィーノ、ロダーリとムナーリ」 『テステ・フィオリーテ』2020年4月1日公開  文学研究者としての私の人生は、そして何よりも文学

          カルヴィーノ、ロダーリ、ムナーリ

          ブルーノ・チアリの新しい教育技術とICTを考える

           レッジョ・エミリアの幼児教育を調べていくうちに、レッジョの教育改革を牽引したローリス・マラグッツィに影響を与えたブルーノ・チアリという教育者の存在を知りました。  これまでにも断片的にチアリと彼が関わっていたイタリアの教育協力運動(MCE)について覚書を書いてきましたが、チアリについて日本語で読める資料が少なく、このところ拙いなりにチアリが1962年に出版した『新しい教育技術(Le nuove tecniche didattiche)』に直接あたってみることで彼の教育の特徴

          ブルーノ・チアリの新しい教育技術とICTを考える

          ブルーノ・チアリと学校という共同体

          …チアリの著書『新しい教育技術』を半分くらいまで読み進んできました。 あたりまえかもしれませんが、その思想と手法は、すでに紹介したマリオ・ローディの『わたしたちの小さな世界の問題』で描かれた内容とよく似ていると思います。 チアリとローディはともに教育協力運動の中心人物でしたが、47歳の若さで世を去ったチアリに対し、ローディは92歳で天寿を全うしたようです。 なおローディは自分の著書を日本に紹介した田辺敬子さんや、イタリアの芸術家であり教育者であったブルーノ・ムナーリとも親交を

          ブルーノ・チアリと学校という共同体

          戦後イタリアの教育改革運動:ブルーノ・チアリの教育論と実践

          レッジョ・エミリアの幼児教育について、レッジョの自治体立幼児教育施設群を運営する、いってみればレッジョの幼児教育のまとめ役のような法人組織、レッジョ・チルドレンの資料(主にイタリア語、SCUOLE E NIDI D’INFANZIA DEL COMUNE DI REGGIO EMILIA, NOTE STORICHE E INFORMAZIONI GENERALIなど)を漁っていくと、レッジョの教育に「ブルーノ・チアリ」(Bruno Ciari:以下チアリ)という人物が影響を

          戦後イタリアの教育改革運動:ブルーノ・チアリの教育論と実践

          ローリス・マラグッツィ国際センターのこと

          先日「レッジョに見学に行きたいと思っています」という方からご相談を受ける機会がありました。私もレッジョ・エミリア(レッジョ)の街を訪れたのは一度きりの「ニワカ」なので、お伝えできることと言ったら自分が訪問したときの様子だけなのですが、この機会に振り返って整理してみようと思います。 レッジョを訪れたのは世界中に新型コロナウイルスが蔓延するパンデミックのすこし前、2019年6月のことです。 レッジョの幼児教育のことは、うっすらと1990年代に日本の研究者の方に教えて頂き、200

          ローリス・マラグッツィ国際センターのこと

          ローリス・マラグッツィの幼児教育改革の包括性

          レッジョ・エミリアの幼児教育改革をリードしたローリス・マラグッツィは生前に自らまとめた著作を残していませんが、彼の没後にレッジョの教育関係者とイギリスの教育学者ピーター・モスによってマラグッツィの言葉をまとめた『Loris Malaguzzi and the Schools of Reggio Emilia: A selection of his writings and speeches, 1945-1993』がイギリスのRouteledge社から刊行されています。この本の

          ローリス・マラグッツィの幼児教育改革の包括性

          レッジョ・エミリアの幼児教育の背景:「ライカ」とは何を意味するのか

          「よりよい教育とは何か」という問いは常に大切なものですが、ともすると私たちは遠くの世界に私たちの知っているものより良いものがあって、その良いものを引き寄せることで自分たちの問題が解決するのでは、と夢を見ます。 遠くの世界にはその世界なりの困りごとや問題があることにまで思い至らないままに「隣の芝生の緑を取り上げて自分たちの問題を論じる」ことには、いろいろな落とし穴が隠れているように思います。 レッジョの幼児教育の形成について、その中心的な存在だったローリス・マラグッツィの言葉

          レッジョ・エミリアの幼児教育の背景:「ライカ」とは何を意味するのか

          教育の越境性をめぐる闘い:ローリス・マラグッツィの言葉から

          レッジョ・エミリアの幼児教育の革新の中心人物であったローリス・マラグッツィについては、日本でも徐々に詳しい資料が紹介されるようになっていますが、英語版で出版されている『Loris Malaguzzi and the Schools of Reggio Emilia: A selection of his writings and speeches, 1945-1993』(Routeledge, 2016)は残念ながら未訳の状況です。 面白いことに、このテキストは母国イタリア語

          教育の越境性をめぐる闘い:ローリス・マラグッツィの言葉から

          La leggerezza del pensiero creativo:創造的思考の軽やかさ アルベルト・ムナーリ教授のインタビュー 〜創造性と障碍について

          イタリア・トリノの「Area onlus」という、障碍のある人たちをサポートする組織が、2010年にジュネーブ大学名誉教授で認識論学者のアルベルト・ムナーリ教授へインタビューした記事を発見しました。 Area onlus Torino https://www.areato.org/ L’Associazione prende vita da una solida tradizione filantropica che inizia negli anni ‘50 con i

          La leggerezza del pensiero creativo:創造的思考の軽やかさ アルベルト・ムナーリ教授のインタビュー 〜創造性と障碍について

          「光で遊ぼう」

          あるていどの年配の人は、小学校で先生が使っていたOHP:オーバーヘッドプロジェクターという機械をご存じだと思います。現在は書画カメラやタブレット、大型ディスプレイに置き換わってしまったので、大学の学生に聞いても「見たことがありません」という返事しか返ってみませんが… 数年前にレッジョ・エミリアのマラグッツィ国際センターを見学する機会があったのですが、レッジョの幼児学校では現在でもOHPを探究の道具として活用しているそうです。OHPの皓々と光るテーブルの上におもちゃやセロファ

          「光で遊ぼう」

          イタリアの「子どもを尊重する教育」に関わる人たち

          論文にまとめるにはテーマが広がりすぎるのと、自分の興味の対象への理解を深めるために調べたあれこれの整理として、まとめてみました。 イタリアの「子どもを尊重する教育」というと、今日まっさきに思い浮かぶのはレッジョ・エミリアの幼児教育かもしれません。 レッジョ・エミリアの幼児教育の発展を牽引した人物、ローリス・マラグッツィの「子どもたちの100の言葉」という詩は、従来の教育が子どもに「大人の学びを強いている」ことの問題を指摘しています。 子どもには 100の言葉がある。 (そ

          イタリアの「子どもを尊重する教育」に関わる人たち

          ブルーノ・ムナーリ『触覚のワークショップ』

          もともとデザイナー・ブルーノ・ムナーリに関心をもって追いかけていたのですが、あるとき出会ったこの一冊がムナーリの教育研究へと踏み込むきっかけとなりました。その『触覚のワークショップ』の冒頭の一節をご紹介します。 「さわることの意味」  子どもたちは自分のまわりの世界を理解するために、色々な感覚を組み合わせている。  様々な感覚の中でも特に触覚はひんぱんに必要とされる感覚で、見て、聴いて感じたものごとを触ることによって確かめ、自分たちを取り囲む世界を知る色々な手がかりを与えて

          ブルーノ・ムナーリ『触覚のワークショップ』