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表現の可能性の教育:ブルーノ・ムナーリのメソッドが求めてくる課題

ブルーノ・ムナーリのワークショップ・メソッドの面白さと難しさとは何か、ムナーリのプログラムをとりあげながら、すこし考えてみたいと思います。

 ムナーリのワークショップのプログラムの一つに、「segni:サイン」と呼ばれるプログラムがあります。
 イタリアの「ブルーノ・ムナーリ協会」のシルヴァーナ・スペラーティさんが来日して子どものワークショップをおこなったドキュメンタリー番組(2016)でも、このプログラムが実践されていました。
「サイン」を直訳すると「記号」ですが、このワークショップのねらいは筆の運びの探究による色々な線表現の探究、ということになります。
 ムナーリ自身が著書の中で解説したメソッド内容を引用します:

I SEGNI
Vengono prese in esame le opere di vari disegnatori senza limiti di epoche e di nazionalità, per scegliere quei disegni che mostrano con evidenza la varietà del segno e come ogni artista inventi o scelga un suo segno che darà qualità al suo disegno.
Fra i più evidenti risultano: Klee Chiaro di luna, Hokusai Bambù, Ben Shan Sacco e Vanzetti, Hartung Ombre e luci, Beardsley Il ricciolo rapito, e naturalmente Steinberg, Leger, Mirò, disegni di Seurat e Boccioni, e qualche altro. Si mettono assieme i più immediati, come comprensione per un bambino, e si compongono per contrasto: un disegno fatto col pennino e la china, vicino a un disegno di Hokusai fatto col pennello. Il primo disegnato con calma e pazienza, il secondo rapidamente con un segno forte.
Per il «come comunicare» questa tecnica si preparano delle lunghe strisce di carta bianca sulla quale vengono tracciate le più diverse linee con strumenti diversi: un filo sottile tracciato col pennino mitchell e la china, e in fondo al segno il pennino. Un segno grosso e sfumato tracciato con un gesso e in fondo un gesso. Tutte queste strisce sono disposte orizzontalmente sul pannello di supporto: su ogni striscia di carta si vede un segno, in fondo alla striscia si vede lo strumento col quale è stato tracciato il segno. Vedi illustrazione in seconda pagina di copertina. Nello stesso pannello sarà disposto anche il testo per gli adulti.
I disegni degli artisti sono fatti con segni diversi, ogni artista inventa o sceglie un suo segno per caratterizzare il suo disegno. Questi segni sono tracciati con strumenti diversi: Klee usava spesso il pennino e la china oppure pennelli grossi per fare segni grossi, Ben Shan un segno spezzettato, Hartung pennellate veloci come i giapponesi quando disegnano le foglie di bambù.
Se tutti gli artisti disegnassero con lo stesso strumento, i disegni non sarebbero così caratterizzati, così personali. È bene quindi che i bambini imparino a conoscere quante possibilità ci sono per fare segni diversi, quanti strumenti si possono usare per disegnare: il pennino, la matita, il pennarello, il pennello, il pastello, eccetera. Ogni bambino sceglierà il segno più affine alla propria personalità, per esprimere quello che lui vorrà.
Per il «con che cosa» (con che cosa giocare ai segni) il bambino troverà sotto al pannello dove ha visto la varietà dei segni, tutti gli strumenti possibili per disegnare. Anche qui si useranno fogli di carta formato album o formato carta da lettere e si userà un colore solo: il nero. Per non fare confusione tra segno e colore. Così l'esercizio del segno resterà memorizzato meglio.
(Bruno Munari, “Il laboratorio per bambini a Brera, 1979, Zanichelli, p.23)

サイン(筆跡)
 時代や国にとらわれず、様々な素描家の作品の中からサインの多様性を明確に示すものを選び、それぞれの作家がどのようにしてサインを発明し、あるいは自分の絵にクオリティを与えるものを選んでいるのかを検証していく。
 顕著なものに、(パウル)クレーの「月光」、北斎の「竹」、ベン・シャーンの「The passion of Sacco and Vanzetti」、(ハンス)アルトゥングの「光と影」、(オーブリー)ビアズリーの「髪盗人」、そしてもちろんスタインバーグ、レジェ、ミロ、スーラとボッチョーニのドローイング、その他にもある。 子どもたちにわかりやすいものをまとめて対照的に、北斎の絵の横には筆と墨汁で描いたドローイングを構成しておく。冷静さと忍耐力によって描かれた1枚目の絵と、強い筆跡で素早く描かれた2枚目の絵。
「伝え方」について。このテクニックは白い長い帯状の紙を用意し、その上に様々な道具を使って異なる線を描いていく。(カリグラフィー用の)ミッチェルペンと墨汁で描いた、細い線。チョークで描かれた大きくてぼやけた筆跡。これらの紙の帯はすべてパネル上に水平に配置される。紙の上には筆跡が表われ、下には筆跡が描かれたツールを見ることができる。2ページ目のイラストを参照のこと。大人のためのテキストも同じパネルに配置される。
 アーティストのドローイングは、それぞれ自分のドローイングを特徴づけるための筆跡を発明し選び、さまざまな筆跡を使って描かれている。これらの筆跡は、異なるツールを使用して描画されます:クレーはしばしば大きな筆跡を作るためにペン先と墨汁や大きな筆を使用し、ベン・シャーン切り刻まれた筆跡、アルトゥングは日本人が竹の葉を描画するときと同じくらいの速さでブラシストロークを行っている。もしもすべてのアーティストが同じツールを使用して描いたらドローイングは個性的でも特徴的ではないだろう。子どもたちは、ペン先、鉛筆、マーカー、筆、パステルなど、どれだけ様々な筆跡ができる可能性があるか、どれだけ多くの道具を使って絵を描くことができるか学ぶのが良い。それぞれの子どもは、自分の個性に合った筆跡を選んで自分の欲するものを表現していくだろう。
「何を用いて」(何を使って筆跡を作るか)。子どもが様々な筆跡、描画するためのすべてのツールを展示パネルの下で見つけられるように準備する。スケッチブックサイズやレターサイズの紙を使用し、色は黒の1色のみとする。筆跡と色を混同しないようにして筆跡の遊びをすることで、よりよく経験できる。

 ムナーリの芸術と表現の教育の根底にあったのは、「子どもたちに多様な表現の可能性を教えること」、そして「子どもたちの表現する内容(テーマ)を大人が提案しないこと。(E soprattutto non suggerire mai ai bambini i soggetti dei loro disegni.)」でした。

 ムナーリのワークショップは、表現の成果の自由度が高く決められた成果から解放された自由な表現活動ができるという特徴があり、これはつまり「ワークショップの中に表現活動を通じた探究の面白さがある」と言えるでしょう。
 一方、ムナーリのメソッドでは、ワークショップがどんな結果にたどり着くのか見通しが立たない面がある、とも考えられます。その結果「どんなことをするのか」という導入・説明の部分で「こんなことができるようになるよ」という提案がしにくいので、ファシリテーターは子どもたちへのモチベーション付けに工夫が求められます。
 すでに自分の中に豊かな好奇心や表現のアイデアをもっている子どもは容易に入っていけるのですが、表現に苦手意識があったり既成概念にとらわれがちな子どもには表現活動のイメージが持ちにくいので面白さが理解されにくい不安があります。
 実のところ、少なくとも日本では、幼児であれ児童であれ学生であれ「自分は造形が苦手だから…」という消極的な気持ちのまま、授業やワークショップにやってくる人が少なくはない、と思います。

 では、どうしたら「面白そう、やってみようかな?」というモチベーションをかき立てることができるのでしょう?
 一つの手がかりとしては、描くためのツールの工夫による導入があるていど有効だと思います。2024年2月にミラノでお会いしたレステッリさんも、ワークショップのはじめに色々なツールや素材の探究あそびを取り入れていると話していました。
「この不思議なツールで線や絵を描いたらどうなるかな?」という、描画以前の「実験への興味」を喚起する訳です。
 一例として私が以前、美術教育の教科書に紹介した描画ツールの解説を引用してみます。

 ペンと紙の種類を組み合わせることで,面白い表現が生まれるかもしれません。画用紙やコピー用紙,アート紙, 段ボールや障子紙,紙以外でも,ビニールやアルミホイルにかいたらどのような絵になるでしょうか?
 水性のフェルトペンでかいた後から筆や霧吹きで紙を湿らせると絵の具のように色がにじんで,不思議な効果が生まれることもあります。フェルトペンの種類と特徴を生かせばいろいろな表現が楽しめます。
 割り箸や小枝などの先に墨汁や絵の具をつけてかいてみると,絵筆やペンと 違うかき味が生まれます。割り箸には四角いもの,丸いもの,先が尖ったもの, 斜めで平たいものなどがあるので,違う種類を用意して比べると表現が広がり ます。
 墨汁や絵の具だけでなく,木の実の汁を使ったり,乾いた石の上に割り箸ペンと水で(乾くと消えてしまう絵を)かいてみるのも面白いかもしれません。


割り箸でペンを作ってみる

「どうなるかな?」という期待の先に、予想外の結果がさらに発想のきっかけになったり、自分で満足できるものになることが望ましいと思います。

 このワークショップを実現するためにファシリテーターが注意すべき点として、なによりツールの準備に知恵を絞る必要があります
 特にワークショップの実践が二度目、三度目になったとき、同じ準備で同じ結果を想定してしまうと、活動から意外さが失われてしまし、子どもにとってもしばしば退屈な活動になってしまうリスクがあります。

 そうしてみると、ムナーリのワークショップはファシリテーターにも絶え間ない創造性の発揮を要求してくる、と考えた方がよいかもしれません…。

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