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記事一覧

詩: 7

 彼岸と呼ばれる方角を得てはじめて呼吸をするものたちへ
 晴天頼みのおぼろな鼓動を歩行の単位とするなかれ
 雲ゆく五月の大空はしかし日の出を抱いてもまだなおひろい
 みずみずしいのは青さではなくなめらかな朝の顔立ちなのだ

 旅人は言おう冷たい土にもときに約束を見ることはある
 サルスベリの樹が冬でも夏でも落花をつづけるそのひともとへ
 こじつけられたたましいの草に呪いをすすめるものとてないが
 

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詩: 6 BPM 94

  BPM 94

 堂々巡りの噂話に
 あの子があくびをしている夜は
 身のほど知らずの予言でいっぱい
 危険も時計も見えなくなって
 神さま気取りの誘惑者たちは
 煙草とお酒を内臓に詰め
 ライブハウスは楽園を真似て
 朝焼けが来てもふるえ続ける

 退屈な嫉妬
 回復してきょうも
 こころばかりが汗ばみだして
 からだは夏でもいつも冷え冷え
 エアコンの風はたぶんおそらく
 毛細管にはよくな

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詩: 5 手は待っている

 時の道行きのどこかの岐路で
 ぼくらと君らが逢うことがある
 君らが来たのはじつにけわしい道だっただろう
 ぼくらもおなじだ
 それが、君たちのよりもけわしかったとは言えないが
 ただぼくらには これからいっそう
 けわしい道が待っているのだ
 君らに会えたのは僥倖だった
 なによりもいとおしい偶然だった
 けれどわれわれは ことさらなれ合うこともせずに
 ただ互いに礼節と敬意を贈り
 なごやか

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詩: 4

 さしあたり 何だっていいのだけれど
 たとえば
 これはあくまでたとえばの話だが
 自分がいまそれに指を触れているというだけの理由で
 キーボード
 とひとまずここに打ちこんでみる
 キーとは鍵のことだろう
 ただ
 玄関の扉を閉ざし、まもっているあの鍵
 すなわち錠前とも呼ばれるものと
 キーボードのひとつひとつのボタンとは、一見
 似ても似つかない
 鍵盤楽器の鍵 [けん] と鍵 [かぎ]

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詩: 3 八月の光

 去るものばかりがまばゆいわけではない
 陽炎すらが水の音に似て
 八月は風の疼き

 ちりばめられた緑葉どもの
 讃歌を 一息も意に介さず
 季節はひたすら多幸に踊り
 時間はふるえる 受肉のごとく

 炎天も影も艶をまぬがれない
 ものたちはのこらず官能を知った
 鳥のすがたが路上をすべる一瞬とはよろこびなのだ
 夏はいま 水であり
 昼が止んでも呼吸は止まず
 波打つ夜の底にはもう朝が沁み

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詩: 2 夜がはじまるとともに、全員が姿を消したのだ

 夜がはじまるとともに、全員が姿を消したのだ
 線香花火の吐き棄てる、あの
 呪文のような
 遺言のような
 宣誓のような
 熱くおさない赤 と同様
 散り散りに走り
 不可視の紙面に吸い取られていく
 それが人であるならば
 誰かが
 わたしか
 あなたか
 それともまたべつのあなたでもいい
 誰かがそれを取りもどさなくてはならないが
 それがもし、言葉であったなら
 一瞬だけ
 ひそかに光って

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詩: 1 

 真っ白な雨だ

 雨粒は
 無調の静穏を奏でる

 その聖なる永遠の反復が
 人
 であることの浮薄を隠してくれるなら

 魂よ 君は歌い
 そして踊るがいい
 歓待の風が君を満たしながら横切り
 境界を突き抜けていくその瞬間

 名はほどけ散ってかたちを失い 君は一つの比喩となるだろう

(2020/4/19, Sun.)