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【短編小説】iPhoneの風景、港町の夏休み

暑い夏の日差しは、港町の街並みを煌めかせていた。舗道に敷かれた石の上に、陽光が踊るように揺れている。プログラマーの大樹は、久しぶりの帰省に微笑まずにはいられなかった。背中に感じるそよ風は、まるで故郷からの歓迎の抱擁のようだった。

町を歩く人々の笑顔や、アイスクリームを舐める子供たちの幸福そうな表情。そんな風景を、大樹は淡々と見つめながら歩いていた。道すがら、路地裏の小さなカフェが目に留まった。昔、友人とよく訪れたその場所に、懐かしい思い出が蘇る。

扉を開ければ、そこはまるで時間が止まったかのような空間だった。木製のテーブルには、アンティークの花瓶が飾られ、壁にかかるレトロなポスターがレトロな雰囲気を演出している。メニューを手に取ると、そこには当時のままのアイスコーヒーと、大樹の大好物であるチーズケーキが載っていた。

オーダーを済ませ、大樹は窓際の席に腰を下ろした。窓ガラス越しに見える風景、港の水面には、太陽の光がキラキラと瞬いている。そこに舞い降りる海風が、熱い夏の日差しを和らげてくれる。

iPhoneを手に取り、大樹は友人に連絡をしようと思い立つ。指先で画面をなぞるうちに、過去の会話や写真が次々と現れる。友人との笑顔あふれる瞬間が、断片的な文字や画像として瞳に映る。

「元気かな?」そんな些細な一言が、遠く離れた友人との繋がりを感じさせた。返信が来るまでのわずかな間、大樹は周囲の風景に目を向けた。カフェの中に流れるジャズのメロディと、外から聞こえてくる鳥のさえずりが、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。

友人からの返信が届き、大樹は文字をなぞる。その一言一言に、遠くの友人の声が聞こえるようだった。現実と過去の記憶が、iPhoneの画面の中で交錯する。時折、大樹は外の景色を見上げ、そこにある風景と過去の思い出をリンクさせることで、新たな意味を見出していた。

時間はゆっくりと流れ、日が傾き始める。大樹は席を立ち、再び町の通りを歩き出す。港の近くに立つ桟橋からは、夕日が美しく輝いている。海面に映るその光景は、まるで幾重にも重なる過去と現在が一つになったかのようだった。

そうして大樹は、日常の中の小さな奇跡を祝福しながら、港町の夏を静かに満喫していった。

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