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【書評】ゴリオ爺さん バルザック 中村桂子訳

〈あらすじ〉

出世の野心を抱いてパリで法学を学ぶ貧乏貴族の子弟ラスティニャックは、場末の下宿屋に身を寄せながら、親戚の伝を辿り、なんとか社交界に潜り込む。そこで目にした令夫人は、実は同じ下宿に住むみすぼらしいゴリオ爺さんの娘だというのだが……。バルザックが描く壮大な小説絵巻《人間喜劇》の代表作を、鮮烈な新訳で。
(Amazon商品説明より)

〈感想〉

最初50ページは下宿の説明、風景描写が丁寧すぎて少々退屈だったが、導入部で背景や人物の雰囲気を掴めたので、中盤以降はおもしろく、本を捲る手が止まらなかった。

この物語は、貧乏貴族ラスティニャックの葛藤とゴリオ爺さんの父性愛が描かれている。

まずは青年ラスティニャックの野心と良心のせめぎ合いについて。
ラスティニャックは出世するために従姉妹の夫人を頼り、なんとか社交界デビューを果たす。
だが、新参者で社交界のルールに無知な彼は、貴族たちに冷遇される。
なんとか場に溶け込み、身を固めようと奮闘する彼に、下宿の同居人ヴォートランが悪魔の囁きをする。

「裕福な貴族の父から認知されていない娘と結婚しろ。自分が彼女の兄を殺すように仕向け、娘に財産をすべて相続させるから。そうすればお前は大金持ちだぞ。分け前を俺にくれればそれでいい」と。

その娘もラスティニャックやヴォートランと同居していて、ラスティニャックに好意を抱いている。
ラスティニャックはこの誘惑に心が揺らぐ。自分が承諾し、その娘と結婚するだけで大金が転がり込んでくるのだ。
こんなうまい話は滅多にない。
ラスティニャックにむくむくと野心が芽生える。
しかし彼はすでにゴリオ爺さんの娘、デルフィーヌ(ニュッシンゲン夫人)と恋愛関係にあった。
彼は葛藤するが結局は良心が勝ち、ヴォートランの誘いは断る。
そしてデルフィーヌとの恋愛関係を続ける。

 
もうひとつのテーマは、ゴリオ爺さんの強すぎる父性愛だ。
ゴリオ爺さんは自分の生活を極限まで切り詰めて、ふたりの娘に裕福な暮らしをさせる。そんな父に対し、娘たちは冷淡だ。
社交界のルールを知らない父を恥じ、普段は近くに寄せつけない。
そのくせ、お金が必要な時だけ頼りにする。
すっかり日陰の身であるゴリオ爺さんだが、彼は娘の幸せが自分の幸せだという。

ゴリオ爺さんの自己犠牲の精神はイエス・キリストを彷彿とさせるが、カルヴァーノの解説では、ゴリオ爺さんの娘への愛はただのエゴなのではと指摘されている。
極悪非道に見える娘たちは、実はゴリオ爺さんのエゴの被害者なのだ、と。

なるほど、そういう見方もできる。
この物語の中で幾度も「愛とは」と語られていて、本当の愛とは何なのか読者に投げかけている。

ゴリオ爺さんの姿に「理不尽」、「かわいそう」という思いを抱かせるだけで終わらせないところがこの小説の素晴らしいところだ。
個人的には、ゴリオ爺さんの、お金さえあれば幸せになれたのに...という旨の発言は読んでいて胸が苦しくなった。(現代でもお金がなくても幸せになれるよ!と言い切ることはできないし)

私が読みながら思ったのが、ラスティニャックがヴォートランの甘言にのり、富豪の娘と結婚して、莫大なお金を手にしていたらどうなったのだろうかということだ。
それを足がかりにして出世して野心を満たし、パリの社交界に溶け込んでいたかもしれないし、逆に根が純粋なラスティニャックのことだから、結婚後、激しく後悔して悩むのかもしれない。

人の持つ良心や野心、やるせなさ、切なさを鋭く切り取った傑作。
他のバルザックの作品も手に取ってみたい。


文章の読みやすさ  ★★★★☆4
テーマの重さ    ★★★★★5
テンポの良さ    ★★★☆☆3
読後感の良さ    ★★☆☆☆2

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