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“新聞が読まれない時代”にあえて新聞を読む意味はあるのか?

皆さん、「途上国のおもしろさって何ですか」と尋ねられたら、なんて答えますか。
 
「やっぱり人が最高! やさしいでしょ。(欧米人とは違い)途上国の人とはフランクに話せる」
 
「見るもの聞くものすべてが新鮮。バイクに4人乗りとか! 屋台巡りも大好き」
 
「熱気にあふれるアフリカで、スタートアップを立ち上げたい。日本にこだわる必要なし。他人と違うことをやるのが人生」
 
「『外国人』でいられることに気楽さを感じる。白人社会だと安らがない。途上国でモテている(?)、目立っている自分が正直嬉しいかも」 
 
「テレビで見た貧しい人たちのために何かをしている自分に自信がもてる。金儲けより社会貢献」
 
多少の偏見が混じっているにしろ、こういった声は少なからずあると思います。これをカテゴリー化するならば、「(体験型の)刺激派」と「自分本位派」か。
 
想像するに、“途上国ワールド”に入って間もない大学生のほとんどは「(体験型の)刺激派」。初めての途上国体験は強烈ですよね。日本に帰ってからも、アフリカ(東南アジアでも、インドでも、コロンビアでも)で頭の中はいっぱい。一生忘れられないほど、心の奥に刻み込まれます。
 
ところがそういった刺激は次第に薄れ、「思い出」と化していきます。現地で暮らしても2~3年後には「日常」に。と同時に、今度は途上国の「負の部分」が目につき始めます。大好きだった途上国への興味が尻すぼみしていくパターンです。
 
これとは別のパターンで、「自分本位派」にシフトしていく人もいます。好きになったアフリカ(アジアでも、ラテンアメリカでも)でビジネスをする。自分が起業家になれる舞台がアフリカ!みたいなイメージです。ちなみにこれは悪い意味で言っているのではありません。ただこの場合、厳密には興味の対象は「途上国(のおもしろさ)」というより、「途上国でビジネスをする自分」に移っています。
 
第3のパターンとしてganasが提唱するのが「深掘り派」です。「途上国ウォッチャー」という言い方もよくします。
 
肝は、さまざまな途上国についての知識を深めていくこと。世界(旧宗主国、隣国、大国など)とのつながり、歴史の流れをベースにとらえて考えると、視覚だけでは拾えない「今までとは違った世界」が見えてくるのです。気づき、発見、知的好奇心型の刺激‥‥。
 
体験型の刺激派とは違って、「深掘り派」は飽きがきません。なぜなら、途上国は山のようにあり(世界のおよそ8割)、景色は似ていても、中身はだいぶ違うからです。すべてがわかるようになることは100%不可能。つまり終わりがありません。
 
同じ国でさえも、どんどん変貌を遂げます。ビルやクルマが増えたとか、ファッションが変わったといった見た目だけではなく、その奥を、こうなのかな、ああなのかなと探りながら「見る」わけです。
 
深掘する際に使えるのが「新聞」。1つの記事を、斜め読みではなく深読みし、その行間を調べていきます。2時間ぐらいかけて!
 
するとどうでしょう? 途上国は飽きないおもしろさをもっている、ということがわかるのです。
 
ganas編集長が途上国に初めて行ってから早37年。もはやどこを訪れても、かつてのような新鮮味は感じなくなりました。ですが知的な刺激はいまだに途上国からもらっています。見える景色が10年、20年、30年とちょっとずつ変わっていく感覚。ハマります。
 
途上国の“見えないおもしろさ”をganas編集長と味わってみませんか? 締め切りは8月31日(月)です。
 

 
【〆切10/31】ganas編集長と学ぶ「途上国ニュースの楽しい読み方ゼミ」、10月・11月・12月の受講者募集!
https://www.ganas.or.jp/news/20220830news/