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英語学習におすすめの洋書:Orange is the new black(オレンジ・イズ・ニュー・ブラック)

魔が差す。

油断した心に悪魔が忍び寄り、判断を一瞬見失い、過ちをしてしまう。誰しも一度や二度、そんな経験があるのではないでしょうか。「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック(Orange is the new black)」は、そんな、ついつい魔が差してしまったごく普通の女性の身に起こった、ちょっとゾッとする実話です。

あらすじ

主人公であるパイパー・カーマンさんは、実在の白人のアメリカ人女性。中流家庭で育ち、それなりにいい大学を卒業し、キャリアを積み重ねるべく仕事に打ち込んでいて、婚約者とも順調……という、アメリカのどこにでもいそうな30歳くらいの普通の女性です。しかしある日、晴天の霹靂のようなまさかの事態が彼女を襲います。

逮捕されてしまうのです。

さかのぼること10年前、大学卒業間もない頃に「魔が差した」ことが起因していました。当時の友人の甘い誘いにのり、軽い気持ちでちょっとした「バイト」を手伝ってしまったのです。そのバイトがやばかった。現金の受け渡し。そしてその現金は、麻薬密売に絡んでいたのです。

もう忘れてしまったような過去の単発「バイト」。しかし、根源の麻薬組織が摘発されたことにより、それまでの全取引の裏がとられ、イモづる式に関わったすべての「共犯者」が明るみに出てしまったのです。

そこから彼女は、後悔してもしきれない自らの「若気のいたり」の責任を取り、試練の日々を送ることになるのです。そう、この物語はパイパーさんの「獄中日記」なのです。

読みどころ

ペーパーバック(欧米の紙装丁の本、日本の文庫本よりかなりでかい)の裏面には、売り込み用ブックレビューが載っているのですが、いい得ているなと思ったのがありました。

“This book is impossible to put down because Kerman(主人公)could be you. Or your best friend. Or your daughter.”—Los Angeles Times

「この本は、止められない(置くことができない)。なぜなら、主人公はあなたかもしれないのだから。もしくは、あなたの親友やあなたの娘かもしれない」

「魔が差す」と、自分やごく身近な人にもこんなことが起こりえるかもしれない。確かにそんな怖さをひしひしと感じ、身につまされるサスペンス感がこの本の冒頭にはあります。

しかし、そんな怖さとは相反して、この本に魅力を感じるのは、「(ほぼ)絶対に知りえないことを垣間見るおもしろさ」、そしてそこで、もがきながらも懸命に日々を過ごし成長する主人公の姿です。女子刑務所の生活などわざわざ見たくないと思うかもしれません。しかし、これは単なる獄中日記ではありません。あなたや私のようなごく普通の女性が、初めて体験することに戸惑い、驚き、恐怖や孤独に耐え、悩み、考え、工夫し、順応し、成長してゆく泣き笑いの成長日記なのです。

鉄格子の中という特異な環境で対峙する非日常は、彼女の「素」の反応や感想として描かれており、読者も一緒に同じ体験をしているような感覚になります。劣悪な環境の描写や、怖そうな女囚とのスリル満点の会話、ガチで恐ろしい体験談などもありますが、人に話したくなるレアな話や、思わず笑ってしまうエピソード、ホロリとくる友情話などもたくさんあり、本当にunable to put down、止められなくなります。

もう一つ特筆すべき読みどころは、主人公パイパーさんを取り巻く周りの人々の反応です。「シャバ」にいる彼女に近しい人々は懐が限りなく深く、私はその部分に実は一番驚き、カルチャーショックを受けました。

まず友人たち。収監されたからって別に誰も離れない。がんばれー、出所待ってるよーと塀の外から普通にエールを送り続ける。

で、親御さん。娘に失望するのかと思いきや、娘を全面的に支援して頑張れと励ます。「あなたは本来そんな子じゃないことはわかってる。でもやったことは反省してしっかりオツトメしてきなさい。で、戻ったらまたこれまで通りの親子だからね」という思考です。

そして、婚約者。「何してくれるんやー!」と怒り狂って婚約破棄かと思いきや、これまた「僕もさみしいよ。お互い(え、お互い?)がんばろうね」と言いながら励ます。そして出所するまでひたすら待つ体制。それ以外の選択肢は、当たり前のように全くない風情なのです。

極めつけは、職場の上司。「服役中は休職扱いにしとくからさ、出てきたら連絡してね」…って?そんなこと、ありえんでしょ!と叫びそうになってしまった次第です。

いまだにはっきりわからないのは、この懐の深い人々の存在が、単にパイパーさんの人徳による功なのか、アメリカ人の普通の思考なのかとどっちだろういうところです。おそらく両方なのでしょう。経験上、アメリカ人は基本的に合理的でフェアな精神の国民性を持っていると思います。なので、後者は間違いなく存在すると思います。
要は、「あなたは確かに過ちを犯した。しかし10年も前のことだもんね。今現在のあなたをよく知っていて、今のあなたが好き。だから、過去の過ちを清算したら、もうチャラ。それでもう全部OK」ってことが、アメリカ人には当たり前のスタンダードだと思うんです。

非常に残念ながら、かつ、ある意味当然ながらこういった境地は日本人にはないと思います。この人々の懐の深さにアメリカという国の強さを垣間見た気がしました。

英語で読む醍醐味

このストーリーを英語で読む醍醐味は、なんといっても新鮮な英語描写です。これだけ人を引き込む文章を書くのですから、著者のパイパー氏にはもともと非凡な文才があるとは思います。しかし彼女はやはり一般人なので、特にこむずかしい言葉を使うこともなく、表現がとても「普通」でストレート、つまり読みやすいのです。聴いたことのない表現ももちろんたくさん出てくるのですが、それこそが一般のアメリカ人が使う一般的な英語表現だと思うので、興味を持って読み進めることができます。

設定がオリジナリティに溢れていることはもちろんですが、バラエティに富んだエピソードは飽きさせないし、多少わからない単語があってももついつい読み進められます。彼女の内側から出てくる言葉とともに、彼女と一緒にに喜怒哀楽を経験し、彼女と一緒に人としての成長の旅をしているようなそんな気持になります。こんな風に感情移入できるのは、英語学習の読み物として、非常に優れている部分といえます。

まとめ

白状すると、筆者は通勤中にオーディオブックの朗読で本作を聴きました。全編は結構長かったのですが、続きが聴きたくて聴きたくて、仕事中うずうずしたことを覚えています。ぜひ観てみたいと思っているのですが、シリーズドラマ化もされ、DVDも発売されてます。

このように読者から圧倒的な支持を受けるこのストーリーの魅力は、状況に果敢に立ち向かい、その環境からでも順応し何かを得ようとする、ある意味貪欲で生き生きとしたパイパーさんの姿です。恐ろしげな設定からは想像できないかもしれませんが、この本から受ける全体的な印象は、なぜか溢れんばかりの希望です。One and Onlyの異彩を放つ印象深いストーリーで、読後はとても爽やかな気持ちになれるちょっと特別な一冊です。

おまけ

ドラマ版の予告編です。

「Orange is the new black」というタイトル、ちょっと変わっていますよね。

おそらく辞書にも載っていない「the new black」という表現は、まさに普通の人々の間で生きている英語です。「流行りのもの」という意味です。

つまり、タイトルは「オレンジ色が今流行りだよ」という意味になります。このストーリーにピッタリな、作者の前向きな姿勢が表れているGoodなタイトルだと思います。

なぜオレンジ色?

アメリカの囚人服の色なのです。

作品データ

著者:パイパー・カーマン Piper Kerman
2010年初版 327ページ
英語:アメリカ/イギリス英語 
難易度★★★☆☆
R言語★★★★☆

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