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「記憶」「想像」「観察」「反射」是枝裕和監督『真実』の演技バトル。

さて今回の演技ブログ「でびノート☆彡」は、前回の『誰も知らない』に続いて是枝裕和監督の最新作『真実』の演技について語ってゆきたいと思います。この映画ご覧になりましたか?

カトリーヌ・ドヌーヴ主演。共演はジュリエット・ビノシュ、イーサンホーク。是枝監督がフランスを舞台に、フランスのスタッフと、フランスやアメリカの俳優たちと一緒に作り上げた大傑作。 いや~まず画面がリッチなことに驚きました。それはロケーションのせいなのか、撮影/照明のせいなのか、それとも俳優たちのせいなのか・・・今までの是枝作品とはあきらかに違ったレベル。

そしてこの『真実』という映画、大女優とその家族の物語でテーマはタイトル通り「ウソとは?真実とは?」なのですが・・・じつは裏テーマとして同時に「俳優の演技とはウソなのか?真実なのか?」が進行していて、さまざまな演技法がさながら演技バトルの様相で対立しあう構造で描かれているのです。超おもしろい!

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『真実』にはファビエンヌ、リュミール、ハンク、マノンという4人の俳優が出てきます。この人物配置がとても興味深いのです。 それぞれの人物像がその俳優の演技法と深く結びついていて、さらにその役を演じている実際の俳優の演技法とも関連するよう脚本が設計されています。

まずは奔放な大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)。 彼女はいまを生きる女。過去の出来事などはドンドン忘れて「いま自分の目の前にある事」に集中するファビエンヌは身勝手だと思われたりもしますが、魅力的で、みなに愛されています。
ファビエンヌの演技法は「反射」。いま目の前にいる人物や出来事に反応することで表現する、コミュニケーション型の演技法です。

次にファビエンヌの娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)。 彼女は子供の頃の夢の女優業を挫折して今はハリウッドで脚本家として成功しています。今回フランスに里帰りするのですが、子供の頃に愛してもらえなかったことで今も母ファビエンヌを恨んでいます。
リュミールの演技法は「記憶」。過去に体験した感情の記憶を使って演じるメソード演技です。

そしてリュミールの夫でアメリカのテレビ俳優のハンク(イーサン・ホーク)。 ファビエンヌには俳優として認められていないが、そんな彼は子供たちを演技で楽しませるのが得意。
ハンクの演技法は「観察」。実在の人物を観察して、モノマネ的に演じてみせる演技法です。

最後は若く才能あふれる女優マノン(マノン・クラヴェル)。 かつてファビエンヌのライバルだったサラの再来と言われ、サラの亡霊的にファビエンヌを素晴らしい演技で脅かします。
マノンの演技法は「想像」。いま目の前に無いモノや状況を想像して、その想像力によって自分を別次元に引き上げて演じる演技法です。

なんだかアヴェンジャーズとかスタンド使いとかを紹介してるような気分になってきましたが(笑)。
日常のシーンではお互いの演技法に対する考え方が台詞としてさりげなく語られ(「記憶なんてあてにならないわ」とか)、撮影のシーンではそれぞれの演技法でお互いを圧倒しあう・・・さながら演技バトルみたいな様相が、物語の中で展開されているのです。

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ボクがこの映画を観て驚いたのは、カトリーヌ・ドヌーヴの芝居に「演技」が見えないこと・・・いや演じてはいるんですよ、しかもかなり大げさにw。でもそれはカトリーヌではなく役のファビエンヌが演じている感じなんです。

目の前に誰かが現れ現れるとその人物に心を動かされて、ファビエンヌは魅力的な振る舞いをし始めます。そして次はその相手の心を動かすために演技的な振る舞いをするのです。(「反射」ですね。)
なので相手のいないひとりの時間になると「反射」する対象が無くなるので、ファビエンヌは無表情であっさりした人格に切り替わってしまいます。それがまた妙にリアルで・・・一般的に俳優ってその逆で、よくひとりの時間により演技っぽくなって説明的に心情を演じちゃったりするもんじゃないですか。でもカトリーヌはけっしてそう演じない。なぜなら実際の人間はそうではないから。 目の前の相手によって人格のモードが切り替わる・・・反射型のリアルな演技で、ファビエンヌという人物をひじょうに魅力的に描写していると思います。

さてそんなカトリーヌの「いま、ここ」の演技に対してぶつかってくるのが「過去の記憶に囚われた」娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)です。
ジュリエットは「過去がこうだったから、今の彼女はこうなる」という過去を深く引きずった芝居でリュミールを演じているので、「過去は忘れて、新しい関係を築きましょう」という母ファビエンヌと話が噛み合わないんですよね。母のことが不誠実に見えてしかたない。

でもこれらのシーンの演技を観察してみると、カトリーヌはいつでもまっすぐな視線で目の前のジュリエットを見ているんですが、ジュリエットはリー・ストラスバーグ式の「感情の記憶」で演じているので彼女の視線は過去のカトリーヌを見ているんですね。「記憶」フィルター越しに見ている感じ。この視線のかみ合わなさが、ふたりの話が噛み合わないことの演技的な表現として素晴らしく機能しているのです。

そして娘リュミールが過去の「記憶」越しでなく、今の母ファビエンヌを見れるようになって、ファビエンヌに対して素直に「反射」出来るようになって、この映画のラストで新たな親子関係が構築されてゆくのですが・・・つまりこれって、サンフォード・マイズナー式の「反射(=コミュニケーション)」が、リー・ストラスバーグ式の「感情の記憶」にとって代わる、ということですよね。ここに是枝監督の演技に対する思想が表れているように感じます(笑)。

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是枝監督って樹木希林さんと『希林さんといっしょに。』という演技に関する対談本を出されていますが、映画監督って演技にビックリするくらい興味がある人と、ビックリするくらい興味が無い人に分かれるんですよね。 是枝監督はまちがいなく前者、演技にビックリするくらい興味がある監督です。

是枝監督が『誰も知らない』で始めた「脚本を渡さない」という有名な子役の演出法は、つまり子役たちがセリフの文言を思い出しながら喋る感じが気持ち悪い、もっと今その言葉が生まれたみたいに自分の言葉で喋って欲しい・・・それはつまり子役たちに「記憶」ではなく「反射」で演じて欲しいということになります。

是枝監督はもともとドキュメンタリー畑から映画の世界にやってきた方なので、リアルな人間の振る舞いばかりを延々と見てきた彼の目には、おそらく俳優の演技には違和感があったんだと思います。 その『誰も知らない』で始まった演技的な試行錯誤は、今回の『真実』でも形を変えて継続中ということなのでしょう。

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『真実』のBlu-rayに収められたメイキング映像で、カトリーヌとマノンの読み合わせのシーンがあったんですが、これがひじょ~に面白かったんです。

マノンが涙を流すシーンなのですが、数テイクやってもマノンが泣けないんですよね。マノンも泣こうと必死になるのですが、まあプレッシャーでなおさら泣けなくなるわけです。
是枝監督もマノンに「気持ちが溜まったらいけると思うから」とか元気づけていて、おそらくマノンも気持ちを「溜めよう」と必死に今までの人生の中で一番悲しかったこととかを思い出したりしながら演じていたんだと思いますが・・・でもそれでは泣けないんです。

そんな時カトリーヌがマノンのところにスタスタと歩いて行って、一言声を掛けてさっと帰ってゆくんですね。そうしたら急にマノンの様子が変わって、なんとその次のテイクでは泣けたんですね。しかも涙がポロポロと溢れ出るように・・・いったいなにが起きたのか・・・カトリーヌがその時言った言葉は「何テイクでも付き合ってあげるから」だったらしいのですが、それよりもその時にカトリーヌに腕に触れられたことがマノンを変えたらしいのです。

このメイキングに収められたNGシーンでのふたりの演技を客観的によく観察してみると・・・泣けなかったテイクではマノンはカトリーヌのことをよく見ていないんですよ。それはマノンが泣こうとして自分の記憶や自分の感情に集中しようとしていたから、自分に意識が行きすぎて内向していたからです。それをカトリーヌが優しい言葉をかけて身体に触れることによって、意識を外、相手の方に向けさせたんですね。

で、その次のOKテイクでは、マノンはしっかりとカトリーヌを見ています。そして会話を交わし・・・涙がポロポロと溢れ出したんです。

感情とは反応によって揺り動くものなので、自分の心を揺り動かさなければいけない時には自分の内側に意識を向けてはダメで、逆に相手に意識を向けて素直に反応する必要があるんです・・・それによってインプットされる刺激によって自分の心は揺り動かされるので。これが「反射(=コミュニケーション)」の演技です。

この一件に関してインタビューでカトリーヌは「これは私の心から出た行動であると同時に、テクニックでもある」と答えています。
カトリーヌ・ドヌ―ヴが役柄上だけでなく、実際にも「反射」を知り尽くした「反射使い」であることがよくわかるエピソードでした。いや~おそろしい女優ですw。

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この映画に出てくる4つの演技法は是枝監督の著書『こんな雨の日に』によると、「記憶」はリー・ストラスバーグ式、「反射」はサンフォード・マイズナー式、「想像」はステラ・アドラー式だそうです。「観察」については多く語られていないのですが「キャラクター」を演じる演技法の事でしょう。

「記憶」と「想像」は内面を演じる演技法で、「観察」は外面を演じる演技法、「反射」はコミュニケーションの演技法になりますが、これらの演技法は実際に競い合い、混ざり合いながら、ここ10年くらいの世界の映画の演技法はこの映画の結論と同じくやはり「反射」型の演技法が主流になっています。

しかもこの映画『真実』は家族のコミュニケーションの物語なので、当然結論的には「反射」に辿り着くわけですが・・・しかし、こんな演技法の違いの物語を映画にしてしまうだなんて(笑)・・・是枝裕和監督、まだまだ絶好調。 次回作は韓国で撮影中なんですよね。なんとソン・ガンホ主演で・・・おおお、またとんでもない映画になりそうw。待ちきれないなあ!

小林でび <でびノート☆彡>




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インディーズ映画監督の小林でびです。演技トレーナーや外国映画の音響監督もやってます。そしてここnoteでは「よい演技について」「映像の演技の歴史」について書いてます。演技の不思議や面白さについて一緒に考えていただけると嬉しいです~☆