noteシティオブゴッド

感情を使うな!感覚を使え!『シティ・オブ・ゴッド』の超リアルな演技

2000年代前後に「ドキュメンタリータッチ」という演技法が流行りまして。

ドキュメンタリータッチの映画の代表作としては『ブエノスアイレス(1997)』とか『ブレア・ウィッチ・プロジェクト(1999)』とかいろいろありますが、「ドキュメンタリータッチ」の”演技”の代表的映画と言えばやはり『シティ・オブ・ゴッド(2003)』でしょう。

このドキュメンタリータッチという演技法は「ドキュメンタリー映像に出てくる人みたいにリアルに見える」という目標点があるだけで、そこに至るまでのアプローチは映画によってバラバラなのですが、映画『シティ・オブ・ゴッド』におけるそれは、同時代の他のものに比べてかなりアクティブで明るく、エモーショナルなものです。・・・しかもまるでドキュメンタリー映像みたいに見える!

アップショットでは登場人物の生々しくて活き活きとした表情が描写され、ロングショットでは登場人物の躍動する肉体が描写され、そして全てのショットで大きく小さく爆発する感情が撮影されています。

そう、映画『シティ・オブ・ゴッド』の演技の素晴らしいところは、「表現がメチャクチャ豊か」でしかも「超リアル」・・・この2つの一見相反する要素がしっかり両立しているところです。

撮影や舞台の現場で、演技をリアルにしたい時に演出家が言いがちな言葉ベスト1&2は「もっと抑えた演技で」「もっと普通にやってくれていいですよ」ですよねw。で、その結果俳優たちの演技は「無表現」に近づいていってしまうのですが…(泣)。

一般的にリアルに演じるというのは「大げさな動作や大げさな喋り方をしない」みたいな事になっていて、「そこが舞台と映像の演技の違いだ」みたいによく言われるんですが・・・本当にそうでしょうか?

皆さんの周りに生活しているリアルな人間たちって、いわゆる「リアルな演技」みたいな抑えた感じですか?・・・違いますよね。もっと表情豊かで、全身で感情を表現しながら談笑したり、恋愛したり、飲み会で盛り上がったりしていますよねw。

そう、本当にリアルな人の営みって言うのはぜんぜん「抑えた感じ」じゃないんですよ。

映画『シティ・オブ・ゴッド』は銃を無邪気な笑顔で撃ちまくる子供の衝撃的なポスターで有名なブラジル映画ですが、この映画の演技はまさに本当にリアルな人間の営みそのものだと思います。どの登場人物もすごい表情豊かで、喜怒哀楽の感情を爆発させまくっています。

では『シティ・オブ・ゴッド』のこのリアルな演技はどうやって撮影されたのでしょうか。

じつはこの映画『シティ・オブ・ゴッド』に出ている登場人物のほとんどは非俳優で、みんなオーディションで2000人の中から選抜されたブラジルの本物のスラム街「神の街」の住人達なんです。

そして、ここからが凄いんですが、そこから6ヵ月間の演技レッスンを受けてエチュードなどで俳優として立派に鍛え上げられ、短編映画『ゴールデン・ゲート』を撮り、そこから『シティ・オブ・ゴッド』本編のキャスティングが決まって、役を貰った人達はさらに4ヵ月間のリハーサルを経てから撮影されているんです。

計10ヵ月間の俳優としての訓練を重ねた上でのドキュメンタリータッチ表現って!w
びっくりですよね。10ヵ月も俳優として訓練したら、素人としての良さが消えちゃうんじゃないか?とかつい思っちゃうじゃないですか(笑)もったいない!ってw。

でも結果そうはなってないんですよ。ハイブリッドです。「本物の生々しさ」と「台詞回しやストーリーテリングする技術」の両方を兼ね備えた、ある意味「理想的な俳優の姿」がそこにあるんです。

メイキングの演技トレーニングシーンを見ていてとにかく驚くのは、みんな全身を使った感情表現をしながらギャングを活き活きと演じていることです。これは彼らがリアルなギャングだからできることですよねw。あえてギャングを演じてみせる必要が無い(笑)。

スタイルとしてギャングを演じて見せようとしてないのに充分リアルなギャングに見える。ここがポイントなんです。

彼らがスタイルとしてのギャングを演じようとしていたのは1シーンだけです。それは主人公ブスカぺに写真を撮られる時。その時だけはかれらも「かっこいいギャング」を演じようとしてギャングっぽいポーズをとっているんですw。それがまたリアルでリアルで(笑)。ドキュメンタリー的なんですよね。

たぶんリアルなブラジルのギャングたちの生活と同じものが演じられている(笑)。

ここらへんが10代からずーっと俳優の世界だけで生きてきた俳優と違うところなんですよねー。

俳優って俳優以外の人間を演じる職業なので、リアルに俳優以外の人生を生きてきて急に俳優をやることになった人間がポンと俳優になって、結果ひとり勝ちしちゃうことってあるじゃないですかw。

日本映画では三船敏郎とか、最近では『凶悪』でのリリー・フランキーとピエール瀧なんかまさにそれですよねー。

『シティ・オブ・ゴッド』のメイキングのオープニングのナレーションがその点にふれていて素晴しかったので一部引用します。

「彼らは生きる上で身につけてきた。
 声高に叫びたいという熱い思いで満たされた心。
 素晴しいリズム感と力強いまなざし。そして研ぎ澄まされた直感。
 彼らはやってきた、何かに夢中になるために。
 彼らはアドリブで真実の世界を演じきった。
 監督はそばで見守りそれに磨きをかけた。」

映画『シティ・オブ・ゴッド』最初の6ヵ月間の演技トレーニングを担当した演技トレーナー:グチ・フラガ先生は言っています。「言われたことをやるんじゃダメ。やりたいことがないと」 「自分を生かせる役が見つかれば上達が早い」

そうなんですよ。先程挙げた『凶悪』のリリー・フランキー&ピエール瀧も「あ~こういうヤバいおっさんいるよね~!げらげらげら」みたいなスタンスで映画のシーンの中に自分たちの表現したい面白さをどんどん盛り込んでシーンがどんどん最高になってゆく過程がメイキングなどで見れます。

この人間に対するボキャブラリーの豊富さ! コレがまさに俳優に必要なことです。

よく撮影や舞台稽古の現場で俳優が「何をしたらいいですか?何でもやります!」って言ってる姿を見るんですが、あれって「自分にはやりたいことが特にありません!」って言ってるのと同じだと思うんですよねー。

そして映画『シティ・オブ・ゴッド』次の4ヵ月間の映画のリハーサルを担当した演技トレーナー:ファティマ先生は言っています。「感情をつかって演じてはダメ。俳優がつかうべきなのは感情ではなく感覚です」・・・この言葉が衝撃でした。

では感情を使わずに、映画『シティ・オブ・ゴッド』では荒れ狂う怒りや悲しみや喜びはどうやって演じられているのでしょうか?それってどういう演技法なのでしょうか?

「感情」とは内的な作用です。

俳優たちが「激怒」を演じようとする時、もしくは演技のなかで「泣く」ことをしようとする時、俳優たちは過去の記憶の中から「激怒の体験」や「深い悲しみの体験」を思い出して、その時の感情を汲み出そうとします。

この自分の記憶の井戸から汲み出した劇的な感情を使って演じる、というのがメソード演技の素晴らしい特徴の一つなのですが、その感情を汲み出した時に一緒にその体験時に受けたトラウマ(精神的外傷)まで汲み出してしまってメンタルに異常をきたすことがある、というのがメソード演技が批判される時によく言われることです。

それは危険すぎるので絶対にダメ!というのがファティマ先生の主張です。そして「感情」をつかわなくても「感覚」をつかえば同じように劇的な感情を演じることができる!と彼女は言っています。・・・さて「感情」と「感覚」はどう違うんでしょうか?

英語で「感情」はemotion、「感覚」はsenseです。

senseの意味を調べると「物事の感じや味わいを微妙な点まで悟るはたらき」だそうです。・・・つまり「感情」が内的な作用であるのに対して、「感覚(sense)」は自分の外側にある物事について感じる作用なんです。 センサーですよね。 つまり・・・

「感覚」をつかって演じるとは、自分の内面をつかうではなく、外界に対して感じる感覚をつかって演じることなのです。

たとえば激しい怒りを相手にぶつける演技をする際に、過去に感じた強い怒りを汲み出して相手にぶつけるのが「感情をつかって演じる」行為だとすれば、「感覚をつかって演じる」というのはいま目の前にいる人間や状況に対してリアルタイムに感じた怒りを、相手にぶつけ返す作業になります。

映画『シティ・オブ・ゴッド』の俳優たちは目の前にある拳銃に対してリアルタイムに恐怖し、目の前にいる無礼な人間に対してリアルタイムに怒り狂います。

そしてそれは現実の世界で起きていることと同じメカニズムで出来ています。 映画『シティ・オブ・ゴッド』の登場人物たちはみな、その目の輝きが印象的です。まなざしの強さがハンパない。
瞳が常にパワフルに輝き続け、周囲を注意深く観察し続けています。そしてその観察の結果にセンシティブに反応し、素早く行動する。その過程そのものが演技になっています。

そしてそれはスラム街「神の国」で生き抜くために必要な行動そのものと完全に一致していて・・・なので彼らが演じる全てが超リアルに感じられるのです。

あ~!もう予定文字数をはるかに越えてしまいました。

この「感情をつかって演じる」と「感覚をつかって演じる」の違いについてはすごく重要なことだと思うので、近いうちにまたこのブログで詳しく書きたいと思います。たぶん図解入りでw。

しかしこの映画『シティ・オブ・ゴッド』本当に最高なんですが、この作品のあとに撮られたTV版の『シティ・オブ・ゴッド』もこれまた最高なんです。 使われている演技法は同じで、グチ・フラガ先生が演技指導しているみたいです。

スラム街の子供たちを主人公にした可愛い物語で、その可愛いドラマの中でブラジルという国が抱える問題を鋭くえぐり出してゆきます。脚本も演出も素晴らしいのですが、子供たちのこの「感覚」の演技がとにかく本当に素晴らしい。ブラジルという国の抱えている問題が子供たちの演技によって描写されてゆくのです。ああ、演じるって素晴らしい!

ところでこの『シティ・オブ・ゴッド』初回DVDの56分間のメイキング映像、演技のことばっかりなんですよねーw。
ボクは大喜びだったけど、普通にバイオレンス映画として楽しんだ人はバイオレンスシーンがどう撮られたか?とか見たかっただろうなあ、と(笑)。

…てなわけで、映画『シティ・オブ・ゴッド』を楽しんだ俳優さんには、メイキングも必見ですよ!

小林でび <でびノート☆彡>

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