見出し画像

短編小説「バレリーナたちの青春―後編」(使い捨てコンテンツと芸術の狭間で)

(前回までのあらすじ)理沙は神田にあるバレリーナ養成学校に通う練習生で、優秀な裕美を励みにしている。ある日、マネージャーの春日部が次回公演が中止になる報告のため控え室に飛び込んでくる。突然大雨が降り出し、理沙とその仲間はマネージャーと雨宿りをするため控え室で盛り上がる。
(前編リンクはこちら)
(中編リンクはこちら)


(本文)
何日か経ったある日の午後のこと、買い物に行く途中で裕美にばったり出会った。
裕美とわたしはそんなに遠くないところに住んでいる。ただ裕美は地下鉄をよく利用し、わたしは中央線を好んだため、バレエ教室の行き帰りに一緒になったことはない。

なにかを押しつぶすがごとく照り付ける太陽と暑さのせいか、外を歩いている人はほとんどいない。

裕美は白のワンピースに地味な花ばかりをとりつくろった花束を持っていた。

正直ルックスではわたしは全然負けている。それにしても夏が似合わないおんなのひとだ。きっと冬か秋生まれのひとだろう。

「どうしたの、そんなもの持って?」

「今日はお父さんの命日なの」

よく考えたら、そんなようなことに決まってるのに、なんて野暮な質問をしてしまったのだろう。

「裕美はやっぱり本物のバレリーナになるの?」

はぐらかすように話題を変えた。

「何人かの人には声をかけていただいているんだけど、それで生活が成り立つ自信は正直そんなにないの。でもやれるところまではやってみようと思ってるの」

突き抜けるような光線に照らされた裕美の表情は、毅然としてるような、それでいてどこか翳りがあるようなよく分からないものだったが、強く真っすぐどこかを見ているように思えた。

裕美はバレエに青春を賭けている…

「裕美はTikTokなんて興味があったりするのかな?」

さらに場を壊すような質問を重ねてしまった。

「面白そうって思うこともあるのよ。でもわたしはあそこまで大胆になれないの」

ようやく裕美からすこし笑みが漏れた。

大勢の人前であんなに力強くて真っすぐな演技をする裕美が、TikTokでパフォーマンスの自撮りをやってる娘たちを大胆と表現するのはなんか不思議な気もしたが、全否定してるわけでもなかったようだ。よかった。

T字路に差し掛かると、わたしたちはそこで別れた。
わたしは、可憐な裕美の後ろ姿を少しのあいだ見つめていた。

気づいたのか裕美がうしろを振り返った。

「どうしたの?」

「えっ、いや、裕美少し痩せたんじゃない?」
あわててその場を取り繕った。

「気のせいよきっと、何も変わってないわ」

「じゃあね」

そう言うと、軽く笑んで手を振ってくれた。





それからさらに数日後、理沙は押入れにまだ高校生の頃の制服が入っているのを思い出した。

「わたし、どちらかといえば童顔だから制服を着れば、まだまだ高校生でも通用するんじゃないかしら…」そんなことを考えた。

その瞬間、友里から電話が入った。

「ねぇ、理沙、聞いてよ。わたしもついにTikTok始めたの。すぐ見て理沙もフォローして」

スマホで見てみると、少し笑えたが、他の何千という女の子がやってるパフォーマンスと特別変わったところはないように思えた。

すこし頑張って押入れの奥にある高校の制服を引っぱりだした。

膝の上にそれをのせて、しばらく目を落とす。

控え室での春日部のはなし。

さっきスマホで見た友里のパフォーマンス。

まぶしい光の中、花束を持って立ち去った裕美の後ろ姿…


いろいろな思いが錯綜する




        
バレリーナたちの青春(使い捨てコンテンツと芸術の狭間で)

       
       ― 終 ―


(あとがき)このはなしは全てフィクションで実在の人物、場所、団体等には一切関係ありません。ですので、東京神田・TYG・バレエ養成学校とかで検索をかけたりしても意味がないでしょう。

(製作うらばなし)次の投稿として考えていたnoteをしばらくお休みする旨の投稿の腹案を練ってる最中(今から約1か月前です)に、報われない人々…報われない努力…報われないバレリーナ…報われない美しいバレリーナ…という連想の連鎖が起こったんです。それはものすごく悔しい想いを伴うつらいもので、何としてもこのバレリーナのことを書きたいという熱情にとりつかれました。しかし実際に書き出すと美しく報われないバレリーナ(裕美)を完全な主人公として書くのは今の自分には難しく、そこでそんな裕美を取り囲むバレリーナたちの青春という形にして、形式上の主人公は理沙になりました。裕美は影の主人公に落ち着きました。最初の悔しい熱情とは随分違うところへ結果的に着地してしまいました。多くの記事はハプニングから生まれているとも言えそうです。そういう意味でこの小篇は副産物で、肝心な記事が今日現在出来てないという有り様です。とはいえ嬉しい副産物となりました。
尚、この作品はTikTokやそれをやってる方々を批判する目的でつくったわけではございませんので、その辺は誤読なさらないようにお願いします。

御一読ありがとうございました。

サポートされたお金は主に書籍代等に使う予定です。 記事に対するお気持ちの表明等も歓迎しています。