短編小説「バレリーナたちの青春―前編」(使い捨てコンテンツと芸術の狭間で)
東京神田にTYGというバレリーナ養成学校がある。
今日もわたしはそこへ通う。
わたしがそれを望んだというより、よくあるはなしだが親にその道を歩まされてるにすぎない。
それほど才能があるというわけでもないということにだんだん気づきはじめたわたしにはこうして学校に通うことにもちろん少し迷いが生じている。
しかし幼少の頃から続けているバレエとその練習がどうやらそんなに嫌いでもないらしい。
練習が終わったあとにはどちらかといえば、何ともいえない充実を感じることが多い。
もちろんなかなか乗り越えられなくて苦労したこともいっぱいある。
神田のビル街に容赦のない夕陽が照り付ける。
あと20分で18時だというのにこの熱さはなんだろう。
向かいから裕美がやってくるのが見える。
わたしが学校を辞めない理由のひとつはこの裕美という不思議なエースの存在もあるのだ。
アン・ドゥ・トゥロウ、アン・ドゥ・トゥロウ…
きついレッスンも終わり控え室にみんながだべってる。
裕美をはじめ余計なだべりを嫌うひとはレッスンが済むと手早く帰宅する。
「裕美はサラブレッドよね。将来を有望視されてるのは何だかんだ裕美だけじゃない。この学校も裕美みたいな人のためにあるんじゃないかしら」
「でも、バレリーナとして有望ってどうなの?ここは日本よ。バレエだとかクラッシク音楽だとかいった高級芸術はこれからどんどん斜陽化していくんじゃないの」
「裕美さまも案外10年後は乞食でもやってるんじゃないかしら、オッホッホッ!」
「美亜って、相変わらず口が悪いわね」
「そ~うよ、セイカクもわぁ~るいのよぉ~う、ってかっ!」
「どうしてあんたみたいのがバレエとかやってるのかしら、ハッキし言って対局じゃない、中身と一致してるのはハッキし言って裕美だけじゃない」
「それ、ちょームカつくんだけど、裕美のはなしとかもやめてくれる」
「でもさぁ、美亜みたいのに彼氏がいてさぁ、裕美みたいな娘に彼氏がいないみたいってのもおかしなはなしよね。美亜なんて今年だけで3人目でしょう?」
「あたしは欲望に正直なだけよ。裕美はさぁ、気取りすぎてんのよぅ、あんな近寄り難い女に最近のおとこが声かけるわけないじゃない。ジジイと中学生以下をのぞけば3人に2人は出すもん出す場所に飢えかわいてるもんよ」
「裕美には裕美の理想があるんじゃないかしら。きっとわたしたち凡人には分かり得ない理想が…」
「裕美みたいな気取ったやつがいるから国の出生率が下がるのよ」
「美亜は、だって避妊してるんでしょう?」
「おかぁさんなんかになるつもりはないわ、バレエを辞めたらあたしクリエイターになるの。
これでも子供のころ絵が上手かったのよ。いまはクリエイターを支援するサイトやファンドがいっぱいあるってはなしよ」
「この道を進んでいくのは、やっぱり裕美だけなんじゃないかしら」
「あたし裕美から聞いたことがあるわ、裕美は祖父の代でロシア人の血が混ざってて、お父さんが日本でクラシックバレエの普及に尽力した人らしいわ。裕美はお父さんが50歳のときできた娘らしくて、お父さんに溺愛されたってはなしよ」
「そんなの、ハッキし言って利用されてるだけじゃない」
「あっ、もう10時じゃない。あたしもう帰らなきゃ」「あたしも」…
こうしてとりとめのないはなしは今日も幕を閉じる。
3日経ったある日、マネージャーの春日部が駆け込んでくる。
「大変だ、今度の公演が中止になったんだ。前売りの売れ行きが悪すぎるんだ」
― つづく ―
(あとがき)〈前〉〈中〉〈後〉3部作になってます。このはなしは前編です。中編・後編も是非読んで下さい。
本来次に出す予定だった記事が難航しているので、その間に出来てしまったこの記事を先に出すことになりました。中編と後編も既にできているのでよかったら読んでくださいね。
(中編リンク) (後編リンク)
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