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短編小説「バレリーナたちの青春―中編」(使い捨てコンテンツと芸術の狭間で)

(前回までのあらすじ)東京神田のバレリーナ養成学校に通う理沙は一番できる練習生裕美を励みにしていたが、辞めたい気持ちも半分くらいある。練習後、理沙は控え室で美亜たちとぶっちゃけばなしで盛り上がる。
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(本文)
3日経ったある日、マネージャーの春日部が駆け込んでくる。

「大変だ、今度の公演が中止になったんだ。前売りの売れ行きが悪すぎるんだ」
突然…(というわけでも実はないのだが)の展開にスクール長を始めとする人は対応に追われ、今日のレッスンは誰が指示を出すわけでもなく自然と中止になった。
外は夏にしては珍しく大雨が降り出し雷まで鳴っている。
裕美を始めとする何人かは学校が特別に呼んだタクシーに同乗して帰宅したが、美亜とわたしを含む何人かは雨が止むまで例によって控え室でダべることになった。この大雨はどう考えても一時間以内に止むだろう。控え室にはマネージャーの春日部もいる。

春日部は言う「バレエなんてさ、今どき観るやつ少ないよ。裕美だけじゃん頑張ってるの」

「その言い方何よ、口を慎みなさいよ、マネージャーの宣伝の仕方がわるいだけじゃない」

「おっ、言うねぇ、宣伝のせいだっていうのかい?
でもさぁ、分が悪いよ。裕美は確かに美しいけど、いまどきクラシックバレエをねぇ…誰が…」

「それをやめなさいって言ってるのよ、第一、宣伝を担当するあなたがそんな気でいるっていうのがもうだめなのよ」

「言うねぇ、ほかに誰かいるって言うんなら、オレはいつクビになったっていいんだぜ。それにオレみたいなヤツと組むことになったのもここにいる連中のカルマとかだろ?」

「なに、その妙な屁理屈。ほんとクビにされるわよ」

「でも、たしかに世の中はコンテンツの洪水よ。それもスマホで見れるお手軽なものが人気なのは仕様がないんじゃないかしら」

「高級芸術は、たしかに分が悪いわ」

「そうね、観衆って、不満しか言わない。
感動がない、とかしれっと言うもんね」

「オレに言わせりゃぁさぁ、豚みたいな生活してるやつに感動もへったくれもあるもんかっって言いたいよ。どうして人はこうも手軽に感動ばかりを欲しがるんだろうねぇ。こういう連中はタイムマシーンで神風特攻や硫黄島玉砕があった時代にでも送り込まれちまえばいいんじゃねぇかって思うけど」

「それゴーマンよ、パフォーマンスは観衆あってこそよ」

「陳腐な正論だね、お客様は神様だっていうのかい?」

「でも、実際、わたしたちを観にきてくれるのよ。もちろん全員が満足して帰るわけじゃないけど」

「しかしその観にきてくれる人ってのも減ってるみたいだね」

「だから、あんたが宣伝に知恵を絞ればいいのよ、何度言ったらわかるの?」

「だけどさぁ、オレなら気取ったクラシックバレエの公演なんぞを観に行くより、部屋でスマホでTikTokを見るぜ」

「あんた、マネージャーとしてサイテー、絶対クビね」

「でも、わたしたちの努力は結局TikiTokみたいな安っぽい芸に駆逐される運命なのかしら」

「おっ、TwitterとかでTikTokでもやるしかない連中にケチをつけたら、またビルのひとつでも丸燃えしかねないぜ」

「でも、あんたそのTikTokを楽しんでるんでしょう?」

「おうよ、そこそこかわいい女子高生とかが、部屋で面白い動きを披露してくれるんだから、これは画期的なアプリだよ。まぁでも、じつはオレも、みんなの努力が会社の忘年会のへそ踊りみたいな瞬間芸にも敵わないのかと思うといたたまれなくなることがあるよ」

「あんた、ホントにそう思ってる?」

「いや、これはホントだぜ。オレだってさぁ、裕美をはじめとするみんなの努力が、何年もの歳月をかけた努力が女子高生の自室で撮った10秒に満たないパフォーマンスに愚弄されるなんてどちらかといえば耐えられないよ」

「でも、あんたもTikTokのほうが好きなんでしょう?」

「いや時によりけりだよ、行列のできるラーメン屋の本格ラーメンがありがたいこともあれば、カップラーメンのほうがありがたいこともあるだろう?
オレだって、裕美の美しいパフォーマンスに息を飲むことだってあるんだぜ」

「また裕美?あんた実は裕美に惚れてるの?」

「いや、でも、正直いえば、裕美を最初に見たときは、マジっ…て思うくらいでフリーズしちゃったけど、つき合いたいとかさぁ、そういうのってまたべつのはなしじゃん?なんか裕美は芸術品って感じで一緒にハンバーガーを食べれる人じゃないって思ったんだ。まぁ、実際の裕美はハンバーガーも食べるんだろうけどね」

「あ~あっ、あたしもTikTokやろうかな」

「おっ、自己顕示欲ってヤツかい?」

「だって、結局公演を見に来る人も裕美ばかりを見てるんじゃないかしら。
とくに男性の客はそうなんじゃないかしら。あたしもあたしだけを見られたいわ、ていうか、単純に楽しそうじゃない?」

「春日部っちは、自己顕示欲ないの?」

「えっ、オレっ?だってさぁ、オレとかが注目浴びるわけないじゃん。オレなんか完全に裏方向きだよ。おんなはさぁ、太ももや胸の谷間を強調すればとりあえず駅とかで5人くらいの注目は浴びれるわけじゃん。男はそうはいかなねぇからさ、大変なんだよ。脱ぎさえすればとりあえず誰かしら食いついてくる女とは違うのさ。それにオレはもう3年もつき合ってる料理の上手いかわいい彼女がいるんだぜ。自己顕示なんてあまり必要ないし、君たちみたいのにボロクソ言われたって痛くもない」

「へぇ~、いたんだ彼女?」

「残念でした。打たれ強さの秘密ここにありってね」

「でも、彼女がいてもTikTokで女子高生眺めてるんでしょう?そこに出てる娘に惚れたり連絡とりたいと思うことはないわけ?」

「そこそこイケてる女の子ばかりだと思うけど、一番最初に見てしまったのがあの手のパフォーマンスじゃ恋心は芽生えないよ。なんていうか、覗き小屋でみせてもらった女のひとに求婚することはないっていうのかなぁ、まぁあそこに投稿してる女の子たちも就活を始める年齢くらいには投稿を全削除したほうがいいと思うけどね」

「あんた、意外に保守的なのね。でも削除してしまったら青春の記録や証拠も一瞬で消えてしまうのよ。ところで何なのよ、その覗き小屋って?」

「素っ裸でポーズをとってるのさ。穴や小窓から覗くんだけど女のほうからこっちの姿は見えないようになってる。あと、昭和のころのはなしらしいけど、街角に女が立ってて、100円だか50円だか払うとスカートをまくしあげておとこがマッチをすって、スカートのなかに頭つっこんで10秒ならOKよ、みたいのがあったらしいぜ。でも、求婚したりつき合ったりがそこから生まれるなんてまずないだろ」

「へぇ~、詳しいのね。そんな商売があったんだ」

「ライターじゃなくてマッチだぜ。100円じゃなくて10円の間違いかもしれないな、それにしても今はなんでもタダがあたりまえだから、人口の6割はなんらかのガス欠に苛まれてるんじゃないのかな。むかしは10円でビックリマンチョコが買えたらしいけど、いいねを1000個集めてもビックリマンチョコひとつ買えないからね」

「でも、どうせ金がもらえないなら、たくさんの人の注目を集めたいわ。あたしもやろうかな、TikTok」

雨が止み、窓からまぶしい夕陽がふたたび差しこむ。

美亜と理沙と春日部をはじめとする雨宿り組はそれからそれぞれの家に向かって散っていった。

           ―つづく―

(あとがき)前・中・後3部作の中編になります。後編も(前編が未だの方は前編も)よろしくお願いします。(後編リンクはこちら)


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