note_第23回_猫からの電話かもしれない

猫からの電話かもしれない/新井由木子

 もうすぐ節分ですね。
 節分のすぐ後には、わたしの誕生日がやってきます。
 小さな頃は嬉しさと恐怖の入り混じった誕生日(思いつき書店0019参照)は特別な日でしたが、近年、年齢のせいかめっきり自分の誕生日に興味がなくなりました。ふと考えても自分の歳がすぐにわからないくらいです。先日ちゃんと数えてみたら、もう半世紀生きていて驚きました。

 節分には年齢の数だけ豆を食べますね。
 まだ年齢が一けたの頃は、あと数日節分が遅かったらもう1コ食べられたのになあ、なんて思ってましたが、今はもう食べきれない数です。あと10年20年経ったら、もっと大変です。
 成長の早い麻の若木を毎日飛び越えていると、やがて大木も飛び越せるようになるというのは、どこかで聞いた忍者の修行の話です。節分の風習はそれと同じように、年齢を増すごとに固い炒り豆をたくさん食べても大丈夫なくらい、元気な年寄りになるべく、編み出されたという側面もあるのではないでしょうか。

 誕生日といえばちょっと不思議な話があります。あれは、わたしが結婚生活にサヨナラし、新たな暮らしの基盤を築くべく娘を式根島の両親に預けて、単身本州のとある会社で働いていた30代前半のあるバースデーのことでした。
 その日、わたしは会社の倉庫で作業を行っていました。呉服まわりのものを扱うその会社の倉庫では、年配のおじさんおばさんが合わせて10人程、和気あいあいと働いていました。その日の急ぎの任務である呉服店のちらしを封筒に入れる作業も、年季が入っていてスピーディー。合いの手も『あがったよ!』『ハイヨッ』『◯ちゃん次持ってきて!』『残りの仕事量を見るとやる気がなくなるから手元だけを見ろ!』などと、コミュニケーションもスムーズに、終始明るい空気です。昼休みには、とうとう老眼鏡を遠近両用にしたとか、入れ歯を飼い猫が引きずっていって無くなったとか、シニアな話題で盛り上がっていました。
 居心地がいいなあ、そういえば今日誕生日だったな、別に誰にも祝われなくてもこんな誕生日もいいな、と思いながら一日中一緒に笑って過ごした後、帰ろうとすると、滅多に着信のないわたしの携帯が鳴ったのです。見ると発信元は自宅でした。

 自宅にはその時間、誰もいません。というか、ずっとわたし1人(と猫)しかいない家。誰もいない家から携帯に着信するって、どういうことでしょう。誰か侵入しているのか、猫の仕業なのか? 猫だとしたら猫が電話をかけるという離れ技をやってのける程の、何か一大事があったのか?
 モヤモヤしながら帰ると、こたつから飼い猫が何事もなかった顔で出迎えにきました。人が入った気配はどこにもありません。家の電話を調べてみると、リダイアルは娘の声を聞くべく昨夜かけた式根島の実家の電話番号。そこに自分の携帯電話宛てに発信した記録は残っていませんでした。

 この一件について、わたし個人の解釈をすると、わたしは寂しかったのかなあと思います。誕生日なんてどうでもいいと思っている気持ちの底で、離婚をしたばかりで娘とも離れている一人きりの寂しさが、ポッカリと開いた穴が水を呼び込むように、そのありえない着信という現象を呼んだような気がしています。

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 今はSNSで毎日が誰かの誕生日とわかる時代ですね。
 以前まではお誕生日のメッセージを一生懸命書いていましたが、もうやめてしまいました。その人のことを考えて文章を作っているだけで、すぐに1時間くらいかかってしまうから。毎日誰かのことを考えていたら、くたびれてしまったのです。ハピバ!くらいの軽いやりとりができればいいんですけれど、そのあたりが器用にできません。自分の誕生日も、誰にも知られずに過ごしたい気持ち。もしもこの気持ちの底で本当は寂しいのだったら、また電話がかかってくるでしょう。

 それでも人が、おめでとう、ありがとう、と言い合っているのを見るのはとても好きです。1年に1回特別な挨拶をするっていいですよね。誰かが誰かに心を込めた文章や明るいメッセージを送っているのを見ると『そうそう、同感』とうなずいています。

(了)

※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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