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大河ファンタジー小説『月獅』54         第3幕:第14章「月の民」(3)

前話(第54話)は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

第3幕「迷宮」

第14章「月の民」(3)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で「隠された島」をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し「藍宮」を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。古代レルム文字で書かれた『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔に幽閉されているイヴァン(ルチルの父)と出合う。

<登場人物>
カイル(17歳)‥‥レルム・ハン国の第二王子、貴嬪サユラの長男
キリト(12歳)‥‥レルム・ハン国の第四王子・王妃の三男
シキ(12歳)‥‥‥星童、ラザールの養い子、女であることを隠している
ラザール‥‥‥‥‥星夜見寮のトップの星司長、シキの養父
イヴァン‥‥‥‥‥天卵を生んだルチルの父、エステ村領主

藍宮‥‥‥‥‥‥‥カイルの宮・外廷にある
月世史伝げっせいしでん』‥‥‥古代レルム文字で書かれた古文書
エステ村‥‥‥‥‥白の森の東を守る村

天、裁定の矢を放つ。
光、清き乙女に宿りて天卵となす。
孵りしものは、混沌なり、統べる者なり。
正しき導きにはごととなり、
悪しきいざないには禍玉まがたまとならむ。

『黎明の書』「巻1 月獅珀伝」より跋

 イヴァンと名乗った男性は低いがよくとおる声で微笑みながら布を差しだすと、奥に消えた。シキが渡された布を手に呆然と佇んでいると、すぐに盆をもって戻って来た。壁際に暖炉がある。その前に木製の大きなテーブルがあり、椅子が六脚ならんでいた。男は盆を卓の上に置くと、暖炉に火をくべる。シキは棒立ちのまま、イヴァンのようすを目で追った。
「捕らわれの身だからかせでもはめられていると思われたかな」
 火をおこしながらイヴァンが振り返る。シキが黙っていると、衛兵が太い声を響かせた。
「イヴァン様は罪人ではない」
 シキはイヴァンと衛兵に視線を泳がせる。捕らわれているのに、罪人でないとはどういうことか。
「といっても、塔から出ることはできないのだがね。それ以外は自由にさせてもらっている。まあ、掛けなさい」
 シキに暖炉の前の席をすすめる。
「そなた、名は何という?」
「シキです」
「シキは、なぜ私が捕らわれているかわかるか」
「よくは……わかりません」シキは肩をこわばらせる。
「では、天卵を知っているかな」
「『黎明の書』の予言と、二年前に生まれたことくらいなら」
 イヴァンはシキの蒼い瞳を見つめ、ふっと息を吐く。
「二年前に天卵を生んだのは、私の娘だよ」
 石の壁にことばが沁みこむ。暖炉で薪がはぜる音がした。
「二年前に娘のルチルは天卵を抱いたまま、カーボ岬から海に沈んだ。レイブン隊が確認したはずだった。だが、今になって『天はあけの海に漂う』との星夜見ほしよみがあった」
 星童ほしわらべのシキなら当然知っていることだ。
「『天』とは天卵を指し、天卵の子は南の海のどこか孤島で生きているのではないか」
 イヴァンは暖炉の炎に目をやる。
「それが、此度こたびの星夜見に対するおおかたの見方だ。それゆえ、私が巽の塔に拘束されている。ルチルと天卵の子をおびきだすために」
 唇の端をひきつらせ、自嘲をひっかける。その瞳に苦渋がにじむ。
「ほら、冷めぬうちに飲みなさい」
 うながされるままにシキがカップに手を伸ばす。前垂れの下に抱えていた紙片が一枚床に落ちた。あわてて拾おうと立ち上がると、残りの紙束が石の床に散らばった。
「む? これは古代レルム文字か。ラルムスコンセラシエテイヒ……七の月に嵐が起こり、か」
 一枚を手にとりイヴァンが読みあげた。
「古代レルム文字が読めるのですか」
 膝をついて紙を集めていたシキが驚いて顔をあげる。
「ご祈祷に必要だからね」
「ご祈祷?」
「白の森は知っているかな」
 イヴァンは立ちあがり、椅子に腰かけながら問う。

(to be continued)

第55話に続く。


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