大河ファンタジー小説『月獅』54 第3幕:第14章「月の民」(3)
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。
第3幕「迷宮」
第14章「月の民」(3)
イヴァンと名乗った男性は低いがよくとおる声で微笑みながら布を差しだすと、奥に消えた。シキが渡された布を手に呆然と佇んでいると、すぐに盆をもって戻って来た。壁際に暖炉がある。その前に木製の大きな卓があり、椅子が六脚ならんでいた。男は盆を卓の上に置くと、暖炉に火をくべる。シキは棒立ちのまま、イヴァンのようすを目で追った。
「捕らわれの身だから枷でもはめられていると思われたかな」
火を熾しながらイヴァンが振り返る。シキが黙っていると、衛兵が太い声を響かせた。
「イヴァン様は罪人ではない」
シキはイヴァンと衛兵に視線を泳がせる。捕らわれているのに、罪人でないとはどういうことか。
「といっても、塔から出ることはできないのだがね。それ以外は自由にさせてもらっている。まあ、掛けなさい」
シキに暖炉の前の席をすすめる。
「そなた、名は何という?」
「シキです」
「シキは、なぜ私が捕らわれているかわかるか」
「よくは……わかりません」シキは肩をこわばらせる。
「では、天卵を知っているかな」
「『黎明の書』の予言と、二年前に生まれたことくらいなら」
イヴァンはシキの蒼い瞳を見つめ、ふっと息を吐く。
「二年前に天卵を生んだのは、私の娘だよ」
石の壁にことばが沁みこむ。暖炉で薪がはぜる音がした。
「二年前に娘のルチルは天卵を抱いたまま、カーボ岬から海に沈んだ。レイブン隊が確認したはずだった。だが、今になって『天は朱の海に漂う』との星夜見があった」
星童のシキなら当然知っていることだ。
「『天』とは天卵を指し、天卵の子は南の海のどこか孤島で生きているのではないか」
イヴァンは暖炉の炎に目をやる。
「それが、此度の星夜見に対するおおかたの見方だ。それゆえ、私が巽の塔に拘束されている。ルチルと天卵の子をおびきだすために」
唇の端をひきつらせ、自嘲をひっかける。その瞳に苦渋がにじむ。
「ほら、冷めぬうちに飲みなさい」
うながされるままにシキがカップに手を伸ばす。前垂れの下に抱えていた紙片が一枚床に落ちた。あわてて拾おうと立ち上がると、残りの紙束が石の床に散らばった。
「む? これは古代レルム文字か。ラルムスコンセラシエテイヒ……七の月に嵐が起こり、か」
一枚を手にとりイヴァンが読みあげた。
「古代レルム文字が読めるのですか」
膝をついて紙を集めていたシキが驚いて顔をあげる。
「ご祈祷に必要だからね」
「ご祈祷?」
「白の森は知っているかな」
イヴァンは立ちあがり、椅子に腰かけながら問う。
(to be continued)
第55話に続く。
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