大河ファンタジー小説『月獅』49 第3幕:第13章「藍宮」(2)
これまでの話はこちらのマガジンから、どうぞ。
第3幕「迷宮」
第13章「藍宮」(2)
書物はすべてシキが借りていたのだと知って驚いた。
ラザール星司長の薫陶を受けているらしい。「学ぶことは楽しい」とまっすぐな瞳でいう。その楽しみはカイルもよく知っている。書物はさまざまな世界への扉を開いてくれた。カイルは師について学んだことはないが、良き師に巡り合えば独学では得られぬ喜びもあるのだろうか。ラザール星司長は高潔な人物ときく。いつか会ってみたいものだ。
吐き気がなければ心配ないと医師がいうので、書斎に案内するとシキは警戒を解いた。
「ラザール様の書斎のようです」
これも、この書もありますと、瞳に興奮を宿してカイルを振り返る。
「ラザール殿の蔵書にはかなわぬであろうが、読みたい書があれば貸そう」
とたんに目を輝かせたが、前垂れをぎゅっとつかんでうつむく。
「読みたいものはないのか」
首を横に振る。書斎の机に積まれている書物を指さす。シキが床にばらまいた書物は、数冊に血痕がついている。
「気にせずとも、汚れはできるだけ落とさせて、吾が返しておく。落ちなければ、その頁だけ新たに書写させよう。血のついた理由も吾が説明するゆえ心配せずともよい。そのくらいは吾の力でもなんとかなろう。案ずるな」
「あ、ありがとうございます。ですが……」と口ごもり、思慮深げな蒼い瞳を泳がせる。
「たいせつな書物をお借りして、また、このように汚してしまってはたいへんです。カイル殿下だけでなく、ラザール様にまでご迷惑をおかけすることになっては……」
少年がなにを懸念しているのかに合点がいった。
「相わかった。では、読みたくなったら遠慮なく宮を訪れよ。ちょうど話し相手がほしいと思っておった。気が向いたら、読んだ書物のことや星夜見のことを聞かせてくれぬか」
「はい」と元気よく答えて、はっと思い出したのだろう。慌てて跪拝し、
「承知いたしました」と言い直した。
以来、ひと月に数度訪ねてきては、ぽつりぽつりと賊に襲われふた親を亡くした身の上なども話すまでになっていたが、初秋にラムザ王子が病でとつぜん身罷ったころから訪問が途絶えがちになっていた。
(to be continued)
第50話に続く。
サポートをいただけたら、勇気と元気がわいて、 これほどウレシイことはありません♡