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大河ファンタジー小説『月獅』44         第3幕:第12章「忘れられた王子」(2)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
前章(第11章「禍の鎖」)は、こちらから、どうぞ。

前話(第43話)は、こちらから、どうぞ。

第3幕「迷宮」

第12章「忘れられた王子」(2)

<あらすじ>
天卵を宿したルチルは王宮から狙われ「白の森」に助けを求めるが、白の森の王(白銀の大鹿)は「隠された島」をめざすよう薦める。そこでノアとディア親子に出会う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手から孵ったグリフィン飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国の王宮では不穏な権力闘争が渦巻いている。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後に3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。王太子の空位が2年続き、妾腹の第2王子カイルを擁立する派と、王妃の末息子第4王子のキリト派と王宮を二分する権力闘争が水面下で進行していた。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。

<登場人物>
サユラ‥‥‥貴嬪・第2王子カイルとカヤ姫の母
カイル‥‥‥レルム・ハン国の第2王子・妾腹・貴嬪サユラ妃の長男
エスミ‥‥‥サユラの侍女頭・侯爵家から付き従ってきた
ウル王‥‥‥レルム・ハン国の王
ラサ王妃‥‥レルム・ハン国の王妃・トルティタンの第一皇女だった
王太后‥‥‥ウル王の母・レルム・ハン国の陰の実力者

 サユラは侯爵家の娘として自らの役割を幼いころから諭されて育った。
 後宮に入内じゅだいし妃嬪となり王子を授かることは、敷かれたレールの輝かしいゴールのはずだった。ゆりかごですやすやと寝息を立てるカイルに目をやる。王太后様の言葉が耳の奥でこだまする。
 嬰児あかごの頬をそっと指先でなぞる。
「お抱きになられますか」
 背後からの声にさっと手を引っ込める。侍女頭のエスミが立っていた。
「私どもの目のあるところでなら、お抱きになられてよろしいのですよ」
 エスミがカイルをゆりかごから抱きあげ、サユラにさしだす。サユラは叱られた子のような目でエスミを見あげた。カイルを産んでからサユラはいっそう臆病になった。
「王家がおそれているのは、サユラ様がカイル様をさらって後宮から出奔され、ご実家の侯爵家に身を寄せられることでございます」
 エスミは侯爵家から付いてきてくれた侍女のひとりで、気の弱いサユラは姉のごとく頼りにしている。
「先日の王太后様のお話は、カイル様に玉座を望まぬようにとの仰せだったのではございませんか」
 サユラは驚いて切れ長の目を大きくし、口を開けて空気を呑み込む。
「姫様」とエスミがことさらに昔の呼び方でサユラを見つめる。
「ものは考えようでございます。玉座から遠ざけてよいと王太后様からお墨付きを賜ったのです。我らはカイル様の無事な成長だけを願い、目立たぬようつつましやかに暮らせばよいのです」
 ああ、とサユラの頬に紅がさす。
「なれど、いかがいたせば」
 サユラは幼いころからの癖でエスミに答えを求める。
「そうでございますね」とエスミは赤子をサユラの腕に抱かせる。
「気をつけねばならぬことは、おふたつかと」
「ふたつ?」
「お辛いでしょうが、第一はご実家とのつながりを絶たれることです」
「侯爵家や父上とは、今後いっさい関わりを持ってはならぬということか?」
 サユラが不安げに瞳を揺らす。
「いっさいとは申しませんが」と断ってからエスミは続ける。
「姫様は、お父上である侯爵様に異をとなえたり、意見なさることはできますか」
 サユラは激しく首をふる。
「お立場上はサユラ様のほうが侯爵様よりも上なのですよ」
「そうかもしれぬが、父上に逆らうなど……」
 サユラはぶるっと身を震わせ、吾子あこを抱きしめる。
「サユラ様のご気性では難しいでしょう」
 エスミは他の侍女たちに目配せして下がらせる。
「侯爵様はなにゆえ姫様を入内させたのでしょう」
「それは……」と答えかけて、はっとする。
「そうです。サユラ様がお産みになられる御子みこを玉座につかせ、外戚として権力をほしいままにしたいからです」
 サユラは下唇を噛み、腕のなかのカイルに目をやる。視線を察したわけではあるまいが、小さな瞼が開く。泣くかとたじろぎ、見よう見まねではあったがそっと揺らしてやるとかすかに笑んだ。
「父上にとっては、わらわも、カイルも、ジェムの駒でしかないということか」
 エスミはそれには無言で応じる。サユラは気が弱く自らの意見はめったに口にしないが、思慮深いことは知っている。
「いまひとつは、カイル様を武芸から遠ざけ、できるだけ目立たぬようにお育てになられることです」
「ああ、それなら」とサユラは表情を明るくしたが、エスミは目を伏せる。
「姫様のご気性を継いでいらっしゃれば問題はありません。ですが、先代王のご気性をお持ちであれば、それを押さえることは……」
 文武両道に秀でることは名君に求められることであるというのに。それを吾子あこには封印させねばならぬのか。「堪忍してたもれ」とサユラはつぶやく。熱い滴がひとつ、子の頬に落ちた。

(to be continued)

第45話につづく。

 



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