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大河ファンタジー小説『月獅』39         第3幕:第11章「禍の鎖」(4)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
第3幕「迷宮」第10章「星夜見の塔」<全文>は、こちらから、どうぞ。
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第3幕「迷宮」

第11章「禍の鎖」(4)

<あらすじ>
(第2幕までのあらすじ)
「天卵」を宿したルチルはレルム・ハン国の王宮から狙われ、白の森に助けを求める。白の森の王(白銀の大鹿)は「蝕」の期間にあるため力になれぬと、「隠された島」をめざすよう薦める。「隠された島」でルチルは、ノアとディア親子に出会う。孵った天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが生れるが、飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ、嘆きの山が噴火した。
(前回までのあらすじ:舞台はレルム・ハン国の首都リンピア)
孤児のシキは星司長ラザールの養子となる。「天は朱の海に漂う」との星夜見がなされ、ダレン伯が天卵の探索に向かうことになった。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後に3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。以来、王太子の空位が2年続き、王宮には不穏な権力争いの災禍が渦巻く。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙う。

<登場人物>
ラザール‥‥星夜見寮のトップ星司長
ウル王‥‥‥レルム・ハン国の王
ラサ王妃‥‥レルム・ハン国の王妃・トルティタンの第一皇女だった
アラン‥‥‥元王太子・18歳で事故死
ラムザ‥‥‥レルム・ハン国の第3王子・病で急逝
カムラ王‥‥レルム・ハン国の前王
<補足>
ノルテ村‥‥白の森の北にある村・貴重な鉱石が採れる
スール村‥‥白の森の南東にある村・交易の拠点
トルティタン皇国‥レルム・ハン国の西隣に位置する・ラサ王妃の出身国
コーダ・ハン国‥‥ノリエンダ山脈の北にある武力国家
セラーノ・ソル国‥南方の海洋国家

 ラザールが王に呼ばれたのは、「天はあけの海に漂う」との星夜見がなされてまもないころだった。王太子の空位はすでに二年近くになる。
 通されたのは、謁見の間ではなく王の執務室だった。
「ラザール星司長をお連れいたしました」
 部屋の中央には大理石の円卓があり、王はその上に並べられたジェムの駒を真剣な顔つきで動かしていた。大理石の円卓そのものがジェム盤になっているのだろう。ジェムは戦を模した棋盤ゲームで、通常は丸い盤上で二つの陣営が争う。対戦相手を四陣営まで増やすことができ、それだけ戦いも複雑になる。戦略を考えるのに良いとされ王侯貴族が興じた。ウル王のジェム好きは有名だ。ノルテ村で採れた色とりどりの輝石を細工したジェム駒が王宮に収められたと耳にしたことがある。スール村の豪商が特別にこしらえさせて献上し、商人は王室御用達の称号を得た。ラザールの入室を告げられても王は顔すらあげない。ベールで顔をおおった喪服姿の王妃が傍らのカウチに斜めに横たわり物憂げに盤を眺めていた。縦に長い格子窓からそそぐ午後の陽は弱く、部屋の空気はけだるく淀んでいた。
 これが一国の執務室の光景かと、ラザールは目を疑った。
 マホガニーの大きな執務机には国璽こくじを待つ書類が山積みにされている。ジェムに興じるよりも、それらを裁可することのほうが先ではないのか。なぜ王妃がここにいるのか。謁見の広間に居並ぶことはあっても、玉座に華を添える飾りにすぎず、政治の実務を行う執務室で王妃を見かけたことなどついぞなかった。そもそも妃嬪は後宮で暮らし、表の政庁にお出ましになることなどない。
 世継ぎを立て続けに失い、陛下はまつりごとへの興味を失速されている。もともと強いカリスマ性も、王としての覇気も持ち合わせてはおられなかった。
 ウル王が即位されたのは、御歳おんとしわずか十歳のみぎりだった。
 父王のカムラ陛下は歴代の王のなかでもとりわけ勇猛果敢で知られ、常に戦の陣頭指揮をとった。若き王の勇姿に臣下はもとより民も熱狂した。
 レルム・ハン国はけっして強国ではない。コーダ・ハン国やセラーノ・ソル国などの比ではなく、歴代の王たちはノルテ村が狙われれば応戦するにすぎなかった。
 弱小国のレルム・ハンが独立を保つことができたのは、その地形による。レルム・ハン国はカーボ岬を頂点に東に大きく湾曲した逆三角形をしている。北の底辺には急峻なノリエンダ山脈が聳え、南はレルム海に面し、西には人を寄せつけぬ広大な白の森がある。ノリエンダ山脈の東端はレルム海に迫るように裾野を伸ばしているため、東の国境は鳥の喉笛ほど狭く、そこさえ守っておけば国は安泰であった。天然の要害に囲まれた稀有な国として栄え、温暖な気候は農耕に適し、神より賜りし土地と称されてきた。ノルテ村が襲われでもしない限り、レルム・ハン国から戦を仕掛けることはなかった。亀のように天然の甲羅のうちに首をすくめて閉じこもっておればよかったのだ。
 ところが、血気盛んなカムラ王は防禦のみの軍事方針にいらだち異を唱えた。
「防戦一方ゆえになめられ、ちょろちょろと周辺国からノルテが狙われるのじゃ。こちらから蹴散らしてやろうぞ」
 双頭の鷲の戦旗が各地ではためいた。
 だが、長年平和を謳歌してきた軍隊は一朝一夕では如何ともしがたく、疾駆する騎乗の王を追ってわらわらと付いていくのが精いっぱいであった。
 西隣のトルティタンとの戦乱のさなかだった。流れ矢が王に命中した。
 矢傷は致命傷ではなかったが、雨季にはいったばかりで季節が悪かった。雨でぬかるんだ土壌に馬が脚をとられ姿勢を崩したところに矢が的中し、馬もろとも泥水に転倒した。泥にまみれたため矢傷からじゃが入り傷口が化膿し高熱にあえいだ。酒ぐらいでは邪気をはらうことはできない。驟雨の続く戦場の天幕では手のほどこしようがなかった。王は枕頭にはべる副官のウロボス将軍に影武者を立て停戦交渉に入るよう指示するとあっけなく身罷みまかった。
 王の死は秘匿され、実力伯仲の消耗戦のなか停戦交渉がすすめられた。王の遺命どおりトルティタンのラサ第一皇女をウル王太子の妃として迎え、ウル王太子の妹のアン王女がトルティタン皇太子の皇太子妃に、末永く両国は強固な同盟関係を結ぶことが決定した。ていのいい人質交換である。
 王の影武者は署名すると立ちあがり、トルティタン皇帝ムフルと握手を交わした。

(to be continued)


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