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アンノウン・デスティニィ 第14話「アンノウン・ベイビー(2)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第14話:アンノウン・ベイビー(2)

【2035年5月11日7時、鏡の世界・山際調査事務所】
 目を充血させたアラタは朝一番に「ごめん」と悔しそうに謝った。
 徹夜で透のUSBと格闘していたアラタは、ピンポイントの座標を割り出すことができなかった。
「たぶん次に鏡界が開く場所だと思うんだけど、GPS座標が少数第2位までしか確定できなかった。南北2キロ、東西1.5キロぐらいのおよその範囲でしかない。このなかにラボも黒龍会の事務所も含まれてる」
 そういってパソコンのモニター上の地図をマーキングする。つくば駅の南エリアでラボも黒龍会の事務所もすっぽり入っていた。
「でもさあ、卵を盗んだ犯人がどうしてまた越鏡するの。せっかく奪ってきたのに。向こうに行く意味がわかんない。それでなくても『愛の行方』とかって、おっそろしくセンスの悪い暗号でマークされてんだし」
 キョウカがもっともな疑問点を指摘する。
「そこなんです、わかんないのが」アラタが両手で自らの頭をわしづかみにしてゆらす。
「なあ、なんで越鏡することが前提なんだ」
 瑛士の根本をつく疑問に一同がはっとする。
「メモの数字が鏡界の開く場所だったから、てっきりそうだと思いこんでた。ねえ、日時はどうなってんの」
 キョウカが身をのりだす。
「2035051113だから、2035年5月11日の13時台です」
「時間もアバウトかあ」
「すみません」アラタが肩をおとす。
「一晩でここまでわかっただけでも、たいしたもんだ」
 瑛士がアラタの前に湯気のあがったマグカップを置きながらいう。
「あの……」とアスカがためらいがちに口を開く。「鏡が開く場所じゃなくて、犯人がいる場所、とか?」
「そんなのどうやって計算で割りだすの? 人の行動なんて計算できないでしょ」
 キョウカが即座に返す。
「透には未来透視能力があったの」
 三人は顔を見あわせる。
「なんでも視えるわけじゃなくて、すこし先の未来の断片が視えるらしくって」
「そんな能力があるなら、事故も避けられたんじゃ」
 キョウカが矛盾をつく。
「自分のことは視えないって」
「仮にそうだとしてさ」キョウカは反論の手をゆるめない。「どうして計算式にする必要があるの。この範囲ですって、GPSを記せばいいだけじゃん」
 わざわざ計算させるなんて意地悪すぎる。キョウカの言いぶんにもうなずける。透は意味のないことはしない。何かわけがあるのだ。それがわからない。天才の考えなんてわかるわけがないか。
「まあ、とにかく行ってみるしかないね」
 頭より体動かすほうが得意だし、とキョウカが笑う。
 
【2035年5月11日13時、鏡の世界・つくば市・基礎応用科学研究所前】
 ラボの正門前の通りは街路樹が緑の蔭をつくり、木漏れ日がプロジェクションマッピングを描いていた。緑の光がゆらゆらと躍っている。きょうは朝から陽射しが強い。通りの北から白いコンパクトカーが速度を落として近づいてくる。
 ライトブラウンの巻き毛をゆらしながらハンドルを握っているのは、左目の下に泣きほくろのあるキョウカだ。ドルマンスリーブのブルーグレーのロングシャツに黒のスパッツ。アスカも機動力を重視して昨日と同じ水色のTシャツと黒のランニングパンツをキョウカから借りた。アスカの戦闘服だ。毛先にシャギーの入ったダークブラウンのウィッグをつけ、スモークガラスで覆われた後部座席からあたりを観察していた。
「いた!」アスカが鋭い声をあげる。
「どこ?」キョウカがミラー越しに問う。
「あそこ」助手席のヘッドレスト脇から顔を出し、100メートルほど先を指さす。
 ジュラルミンケースを持った白衣が、基礎応用科学研究所前の歩道を歩いていた。猫背で前のめりぎみの歩き方が特徴的だ。
「あれが犯人?」
「たぶん。後ろ姿が似てる」
 キョウカがちらっとバックミラーに目をやる。
「どうやら、あたしたちも尾けられてるみたいよ」
 アスカは姿勢を低くし左のサイドミラーを後部座席から確認する。
「わっかりやすい黒塗り車だから、黒龍会ね」
 ――黒龍会の事務所前を流してから来たけれど。それだけでどうして尾けられる? 車はナンバーも偽装しているし、街中でよくみかけるファミリーカー。黒龍会と山際事務所のあいだに、なんの接点も縁も因果もなかったはず。あたしたちが黒龍会への潜入を検討したのだって昨夜。どうして? 
 頭のなかを駆け巡る疑問に気をとられていた。
「あ、走り出した」キョウカの声に我にかえる。白衣の男がジュラルミンケースを抱えて走る。キョウカがアクセルを踏む。
 5月の陽光がアスファルトにぎらつく。突然、道路の先がまぶしい光につつまれる。宇宙船から照らされるサーチライト、そんな光だった。
 男はまっすぐに光に向かって走る。
 キョウカの運転する車も、光に突っ込む――。

(to be continued)

第15話に続く。


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