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大河ファンタジー小説『月獅』43         第3幕:第12章「忘れられた王子」(1)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。

第3幕「迷宮」第10章「星夜見の塔」は、こちらから、どうぞ。
前章(第11章「禍の鎖」)は、こちらから、どうぞ。

第3幕「迷宮」

第12章「忘れられた王子」(1)

<あらすじ>
天卵を宿したルチルは王宮から狙われ「白の森」に助けを求めるが、白の森の王(白銀の大鹿)は「隠された島」をめざすよう薦める。そこでノアとディア親子に出会う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手から孵ったグリフィン飛べず成長もしない。王宮の捜索隊が来島し、ルチルたちは島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国の王宮では不穏な権力闘争が渦巻いている。王国の禍は2年前に王太子アランが、その半年後に3男ラムザが相次いで急逝したことに始まる。王太子の空位が2年続き、妾腹の第2王子カイルを擁立する派と、王妃の末息子第4王子のキリト派と王宮を二分する権力闘争が水面下で進行していた。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。

<登場人物>
ウル王‥‥‥レルム・ハン国の王
ラサ王妃‥‥レルム・ハン国の王妃・トルティタンの第一皇女だった
王太后‥‥‥ウル王の母・レルム・ハン国の陰の実力者
アラン‥‥‥元王太子・18歳で事故死
ラムザ‥‥‥レルム・ハン国の第3王子・14歳で病で急逝
キリト‥‥‥レルム・ハン国の第4王子
カイル‥‥‥レルム・ハン国の第2王子・妾腹・貴嬪サユラ妃の長男
サユラ‥‥‥貴嬪・第2王子カイルとカヤ姫の母
アカナ‥‥‥淑嬪・オリ姫とマナ姫の母

 後宮の池にはりだした四阿あずまやにはすでに王太后が腰かけていた。池面を初秋のぬるい風がわたる。
 カイル王子のご誕生に、サユラ妃の父であるギンズバーグ侯爵は狂喜し「よくやった」と娘を手放しでねぎらった。宿下がりから後宮にもどるとすぐにサユラ妃は王太后に呼ばれた。
 四阿に続く柱廊を渡る。池の畔の柳が風に裳裾を揺らす。正装の胸もとに汗がにじんだ。乳母に抱かれたカイルの泣き声が届くと、ドレスの裾をひるがえして王太后が立ちあがった。
「元気なお子じゃ。よくぞ無事にお産みになられた。礼を申します。乳が欲しいのやもしれぬ。ここは風も淀んでおる。邪気にあたってはならぬゆえ、カイル殿はさがられよ。皆もさがりや。わらわはサユラ殿と少し話がある」
 王太后は人払いをし、サユラに席をすすめた。警護の衛兵のみ回廊の端に控える。
 鯉が朱と白の肢体をくねらせ跳ねた。浮草がゆれ水紋が広がる。
 カイルが泣くとサユラの乳首からじんわりと白い液体がにじむ。わが子に与えることのかなわぬ乳。胸に巻いたさらししか吸ってはくれぬ。初乳は赤子に必要だからと、生まれてすぐに一度だけ吸わせた。小さな口がぎゅっと吸いつき、まだ歯も生えておらぬのに、乳首をかりっと噛んだ。「痛っ」と小さく叫び、声を挙げたはしたなさを羞じいり、慌てて口をつぐんだ。思いのほかの力強さに、愛おしさが胸の奥からこみあげ涙がひと筋こぼれた。だが、乳を吸わせたのはその一度きり。吾子あこはわが手から取りあげられた。
「喉が渇いておるであろうが、我慢してたもれ。毒見のものもさがらせたでな」
 はっと、サユラは顔をあげる。
「そなたに害をなすつもりは妾にはない。なれど、どこに悪意がひそんでいるやもしれぬ。王宮とは魔宮よ。危険は避けるにこしたことはなかろう」
 王太后はゆるりと笑む。
吾子あことは愛しいものであろう」
 ぬるい風が頬をなでる。
「ひと度手にしたものを失いたくはのうなる。ましてやそれが吾子となれば」
 サユラは激しくうなずく。
「カイル殿を無事に育てられよ。そのためには、玉座からもっとも遠ざけられよ」
 また鯉が跳ねた。サユラは膝に置いた扇を握りしめる。
「トルティタンとの同盟を反故ほごにはできぬ」
 王太后は池の向こうに目をやる。
「そなたとアカナ殿にはむごいことをしたと思うておる。なあ、王族とは虚しいものであるな。そうまでして護らねばならぬ国とはなんであろうな」
 冷たい汗が胸もとを滑り降りた。

(to be continued)


第44話に続く。

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創作大賞向けの『アンノウン・デスティニィ』などを間に挟んでいたため、
ずいぶん長らく間があいてしまいました。
『月獅』の第3幕の続きを再開いたします。
舞台は変わらず、レルム・ハン国の王宮内部。
忘れられた第2王子カイルの物語です。

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