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大河ファンタジー小説『月獅』55         第3幕:第14章「月の民」(4)

前話(第54話)は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

第3幕「迷宮」

第14章「月の民」(4)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で「隠された島」をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し「藍宮」を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。古代レルム文字で書かれた『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔に幽閉されているイヴァン(ルチルの父)と出合う。

<登場人物>
シキ(12歳)‥‥‥星童、ラザールの養い子、女であることを隠している
ラザール‥‥‥‥‥星夜見寮のトップの星司長、シキの養父
イヴァン‥‥‥‥‥天卵を生んだルチルの父、エステ村領主

月世史伝げっせいしでん』‥‥‥古代レルム文字で書かれた古文書
エステ村‥‥‥‥‥白の森の東を守る村
白の森‥‥‥‥‥‥王国西端にあり、人が入れぬ森。白銀の大鹿が森の王
四村‥‥‥‥‥‥‥エステ村(東)・ノルテ村(北)・スール村(南)
         オクシ村(西)、白の森の四方を守る
※白の森については、こちらを参照してください。   

「白の森は知っているかな」
 イヴァンは立ちあがり、椅子に腰かけながら問う。
「西の国境にあって、白銀の大鹿が森の王だということだけですが」
 拾い集めた紙束を卓の上でまとめ、シキも腰かけた。
「白の森の周りには四つの村があって、森の恩恵を受けている。わがエステ村はその一つで森の東にある。白の森に人は入ることはできないのだよ」
「どうしてですか」
「森が拒むのだ。入ろうとすると、枝やツルが伸びてきて排除される。代わりに遥拝殿で祈りを捧げ、森の恵みをわけていただく。その祝詞のりとは古代レルム語で書かれていて代々の領主に受け継がれている」
「では、エステ村の人は皆、古代レルム語がわかるのですか」
「村人たちは祝詞を聞くだけだから、古代レルム文字を読むことはできない。呪文のように思っているだろうね。ただし、四村の領主は祝詞に記されている文字の読み方や意味を親から学ぶ。祝詞にある言葉ならわかるよ」
 シキの目が輝く。
「では」と身を乗りだす。
「古代レルム語を教えてください」
「これらは何を書き写したのかな」
 紙の束を指してイヴァンが問う。
「いにしえの月の民の記録です」
「月の民……か」
「知っているのですか」
「滅びた民と云われているね」
「月の民の史書を図書寮で見つけました。『月世史伝げっせいしでん』といいます」
「なんと! 幻の、幻の書はあったのか」
 イヴァンが卓に両手をついて立ちあがる。椅子が激しい音を立てて床に転がった。
「幻の書?」
 終始おだやかに落ち着いていたイヴァンのとつぜんの昂奮にシキは驚き、目をしばたかせる。
「そう云われている」
「ラザール様はそんなことは……。いえ、そもそも『月世史伝』のことを知らないごようすでした」
「ラザール殿とは、星司長せいしちょうの?」
「はい。私は七歳でラザール様に拾っていただきました。それからずっとお世話になっています」
「そうか、シキはラザール殿の養い子か。ラザール殿の学識は、王国随一と誉も高い。そのラザール殿でもご存知なかったのか」
 ふむ、とイヴァンは腕を組む。シキはちらっと衛兵のほうを見やる。話の内容は聞こえているのだろうか。直立不動のまま戸口脇に立っている。
「おそらくだが」と、イヴァンはシキに視線をもどす。
「『月世史伝』という書がいにしえの世に存在したことを知り及んでいるのは、四村の領主だけ……かもしれぬ」
 シキは無言でイヴァンを見つめ返す。その瞳はなぜ、と問うていた。
 ――ああ、この童は聡い。
 衛兵が控えていることをシキは心得ている。
「私は塔から出ることができぬ。写しがあれば、でき得る限り解読の手助けをしよう」
言いながら、戸口脇に控える衛兵を振り返る。
「それくらいは、かまわないだろうか」
「上官のユラ大尉に確認をとりますが、問題ないかと思われます」
「ということだ。いつでも遠慮なくおいで」

(to be continued)

第56話に続く。

 

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