百島のキシ子さんの「もどりうけ」grandma's life recipes
鞆の浦からフェリーでたった10分でたどり着く百島。穏やかな海に囲まれてた家々の庭には美しく花が咲いている。ここは、あちこちにかわいいばあちゃんがいる、フレンドリーなばばパラダイスだ。
島の人口は約500人。じいちゃんばあちゃんはみんな、自分で野菜を育てて料理をして、自分の力で暮らしてきた。超少子高齢化が進み、コンビニどころかスーパーもレストランもない。それでも数年前からは廃校を利用したアートの拠点に外国人アーティストたちがやって来たり、移住者が登場したりしている。
「かわいくて料理上手なおばあちゃんがいるよ」と聞いて、やって来た家に着くと、ばあちゃんがちょこんと待っていてくれた。小柄で、にこにこしていて、まるで小動物のようにかわいいばあちゃんは、名前をキシ子さんと言う。
「キシ子さんって変わった名前ですね」と私が言うと、「きっと『メキシコ』と関係あるんだろうと思ってたんだけど、関係ないみたいなのよね」と真顔で言う。そのキュートな不意打ちに一瞬でメロメロになってしまった。キシ子さんは、生まれてこのかたずーっと百島に住んでいるのだと言う。80年以上になる。それは晴耕雨読そのものの生活で、キシ子さんは農業を「新鮮な材料に命をもらっている」と表現する。
私が到着したのを見て、キシ子さんと親戚の早智枝さんは台所に立つ。「もどりうけ」という料理を私のために作ってくれるのだそう。
「百島は仕事がないからね、昔から男性陣は出稼ぎに行ってね。鯖漁は3ヶ月、マグロ船ならば半年戻らなかいこともしょっちゅう。それで男衆が戻って来る日に決まって作ったのがこの『もどりうけ』ね」
船が着いたという声を聞いて、夫を迎える妻たちが慌てて料理をするのがこの料理だったのだそう。ひとまわり若い70代の早智枝さんは、「私らみたいな若い人はもう知らない料理ね」とチャーミングに笑う。
漁の仕事をする男衆は稼いだお金をパーっと遊びに使ってしまうことが多かったが、シキ子さんが24歳のときに結婚した5歳年上の旦那さんは、お酒も飲まず、とっても真面目な人だったのだそう。いつもまっすぐ家に戻って来て、美味しそうにもどりうけを平らげたのだと、すでに他界してしまった旦那さんのことをキシ子さんは照れくさそうに思い出す。
もどりうけをつくるには、小麦粉に水を入れて捏ね、休ませる。そして麺棒で伸ばして、きしめんより太く短いサイズに切って茹でる。「急いでつくるものだから」と、その時家にある野菜を入れ、出汁と酒、醤油、麦味噌で味付けをした汁に混ぜて仕上げる。
当時のこの島では、輪作をしても穫れるのは豆ばかり。玉ねぎやじゃがいもは、昭和の中頃からしか育てられなかった。それでも、船上での日々は魚ばかりで栄養が偏るだろうと、家にある野菜をとにかくたくさん入れたそう。
夫たちの身体を想う工夫が詰まったご馳走。船上での日々から帰ってこの味にありつけたら、きっと涙が出るほど美味しいに違いない。
【ばあちゃん訪問】
中村 優(なかむら・ゆう)
タイ・バンコク在住の台所研究家。『40creations』代表。大学時代にさまざまな国をまわる中で「食は国境や世代を超えて人々を笑顔にする」ことを実感。2012年、世界各国の地域からの「とびきりおいしい」をおすそ分けするサービス『YOU BOX』スタートと同時に、世界中のばあちゃんのレシピ収集を開始。3年間で15カ国の100人以上のばあちゃんたちと台所で料理しながら会話し、彼女たちの幸せ哲学を書き上げた『ばあちゃんの幸せレシピ』(木楽舎)著者。2018年、タイにてTASTE HUNTERSを現地パートナーとともに立ち上げる。
瀬戸内への旅の玄関口
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