マガジンのカバー画像

作品

53
運営しているクリエイター

2024年6月の記事一覧

詩『鼻濁音』

溜息で曇る公衆電話の玻璃に薬指で似顔絵を描く、 受話器越しに響く鼻濁音がくるりと鼓膜を叩く。 風邪気味なんだね 無機質に唇を震わす台詞、 銅製硬貨で購入する五十六秒間の執行猶予。 闇の緞帳で覆われた公園の中で 異様に白く光る私的会話の部屋。 革靴で躙る公衆電話の砂礫に爪先で渦巻を描く、 受話器越しに響く鼻濁音がかちりと感情を敲く。 本当は泣いてたでしょ 無機質に喉を震わす台詞、 銅製硬貨が底をつき五十六秒間の静寂が幕を開ける。

詩『embrace』

凋む風船に息を吹き込んで膨らますように 海藻に金魚が産み落とした卵を見守るように、 深夜の即席麺に静かに熱湯を注ぐように 寝癖に気付かない人を見て黙って微笑むように。 極彩色の蠟燭を誕生日ケーキに並べるように 月面探査記が撮影した写真を壁にピンで貼るように、 役目を終えた鍵盤楽器の蓋を静かに閉じるように 残し物だらけ弁当箱を黙って片付けるように。 私達は互いに抱擁する 邂逅のときも惜別のときも。 太陽に温められた洗濯物を小さく畳むように 軒先に芽吹いた氷柱の体細胞分裂を

詩『紙一重』

故障した照度感知器のせいで取り残された光の隙間、 深煎り珈琲の表面に牛乳の泡沫が白雲のように浮かぶ。 円盤の海を泳ぐ蓄音機の針が増幅する録音スタジオの雑音、 翠玉色のマスカットの果皮を齧るとき溢れるあまい潮。 目障りな光線に癒やされる日と、 平穏の毎日に苛立つこと。 蓋を閉め忘れた清涼飲料水で滲んだ鞄の中身と予定表、 未開封の避妊器具が横たわる抽斗に相合い傘の落書き。 球鎖の輪廻に絡まる別邸用の鍵が再生する幼少期の騒音、 煉瓦色のアーモンドの果皮を齧るとき拡がるにがい空。

詩『先行配信』

新曲の先行配信を世界で最初に再生した人類になれたら 大衆の前衛に立って誇らしく死ねるような気がした。 新曲の先行配信を世界で最初に聞き終えた人間になれたら 銀河系の対蹠点にも手が届くような気がした。 ただ垢抜けたいだけなのに 直ちに蛻の殻となりたいだけなのに、 目眩く遊星の殻は単位時間ごとに破れ 数多の破片が鳩尾に突き刺さる。 新曲の先行配信を世界で最初に再生した人類になれたら 両肩を腫らした重荷が霧同然となる気がした。 新曲の先行配信を世界で最初に聞き終えた人間になれず

詩『生きる』

甘く酸っぱく色付いた葡萄の実が零れて紫の雨を注ぐように 無意識に蒔かれた種子は みどり色の産声を庭に根付かせる。 朝陽に浮かぶ飛蚊症の影が真白な世界を不完全にするように 言葉や記号の並ぶ紙束は 時間の蟲に喰われ焼け野原となる。 雨垂れの夜に稲光に遅れて鼓膜を刺激する雷鳴のように 無気力に泡立つ後悔は 祭りの帰路で眼から吹き溢れる。 夕陽に映える防災無線の夢が真黒な世界に帰宅を促すように 感情や記憶の混ざる脳髄は 制御装置に操られ機能停止となる。 暴れ狂う地面が自転車の銀色

詩『goodness』

胎盤から剥がれ落ちた魂の容器 銀河の星粒が降り注ぐ格子、 自我の部屋には非常口がない 他者の言葉に溺れる外ない。 無限級数の回廊を昇り 発散されては復た振り出しに、 喉に溜めた血混じりの唾 毀れた刃物で指し示す脳髄。 喧嘩する子がいたら止めましょう。 嘘をついたら正直に言いましょう。 聖人君子の絶対条件は善良なる模範生たること、 外れ者は問答無用で放棄しましょう。 痴情を垂れ流す魂の瘴気 酸素に毒なわれし玉鋼の原子、 自我の部屋には玩具はない 他者の言葉を寄せ集める外

詩『蜚語流言』

初対面の通行人に脈絡なく投げつけられた可塑性物質、 自然に分解されず蓄積される淘汰の血腥い痕跡。 土壌に跳ね返された徒種は蜚語流言となり発芽する、 疑心暗鬼が熟れず終いの果実を慾り喰らう。 誰も理解してくれないなんて嘆く前に、 持ち合わせる限りの災厄悲劇で 洒落にならにくらい自虐的な想い出で、 貴方を咲わせてみせるから。 見ず知らずの相席者に突如として擲たれた金属光沢、 他人格に憑依されて暴徒化する民衆の薄穢い燃料。 土足に踏み砕かれた徒種は蜚語流言となり発芽する、 明

詩『蟻』

血管の如く砂場を駆け巡る洞窟の住人、 帝国の憲法が刻まれた染色体 震え続ける生体電気。 何故 君達は生きようとするのだ。 冷酷な黙秘権の膜が弾き返す淡い疑問符。 理由なき生者の行進、 雪後の街に息絶える光。 角砂糖を手に砂場に還り来る洞窟の住人、 帝国の言語で組成された碧い血液 忘却された痛覚。 何故 私たちは死のうとするのだ。 残酷な幸福追求権の語が括り付ける微苦い絶望。 理由なき生者の行進、 踏み潰された点線の光。

詩『塔』

蜘蛛の巣が張り巡らされたベランダに軋む足音が響く、 増殖する苔の絨毯は闇夜に照らされ鮮やかに光る。 不完全燃焼の真っ赤な蠟燭を月灯りに静かに焼べる、 苺色に染まる太陽系最古の美術品を合図にして。 この氷菓みたいな塔を翔び立つ。 航空障害灯を掲げる摩天楼の密林を潜り抜け、 罵詈雑言で装飾された掲示板を突き破れ。 薬缶が沸かす金紅石色の湯気が結露する天井、 暖かい自分の部屋が欲しかっただけなのに。 氷菓みたいな塔の中で揺らぐ風前の灯火、 夢見がちと嗤われた過去を静かに焼べる

詩『初恋』

扇風機の回転が貴方の愚痴を輪切りにして 異性間通信ごっこの始まり、 皺くちゃの七曜表をあと六回捲れば 桃色の雪が街を踊る。 淡く みどり色した市松模様の田畑に垂れ込む送電塔の夕影、 濛々と煙を吐く機関車を追い掛けるは 朝顔の蔓をぶら下げた自転車。 湯煎で溶けていく初恋の味、 誰にも届けないままで誤魔化して。 夏のジオラマ模型で迷子になる帰り道 二秒遅れで灯りだす街灯りの列、 名前も知らない植物の意匠が彫られた銀色の突き匙を愛でる。 柔く 水色をした水母姿の風鈴に流れ込む偏

詩『薫(我が恩師に捧ぐ)』

猩々緋色の襟締を最低限度の堅さで結んだ貴方と 罅割れた盃を酌み交わす日を待つ月輪の切り株。 幾重にも重なる年輪の層が濤打つ窓際の贈答歌、 木漏れ陽が薫る夏の旅路は終点間際。 貴方が揺さぶった涙腺の鈴音、 今生の別離じゃないよな。 腫らした目蓋を逸らして咲う、 夕焼ける帰路につく。 二藍色の装束と最高純度の儚さを纏った貴方と 草臥れた暁を抱き締める日を待つ日輪の果実。 幾重にも積もる後悔の汗が湿らす記憶の哀悼歌、 木枯らしが薫る秋の旅路は終点間際。 両腕の中で吐き出す嗚咽

詩『復活の日』

未開封の段ボールの上で 殴り書いたメモ用紙の置き手紙、 粘っこく離れないガムテープの球体を お守り代わりに出掛ける。 吊り広告の下で座席に影を落とすは 街角に降る冬色の薄明、 傲慢にも吐く溜息が曇らせた鏡には 暈ける自分の輪郭線。 円卓上に散蒔かれた粉砂糖さながらの甜言蜜語、 空中給油の如し危険な若者の火遊びを許される齢も疾うに過ぎた。 未開封の冷蔵庫の中で 馨り拡がる似非林檎の擬芳香、 嚙みついて離れないファスナーの隙間を 縫う風の肌をなぞる。 幟広告の上で頭上に影を落

雑談⑤

こんにちは、蜂です。 今回は私共の「名前」について記事を書こうと思います。 「虎井春&蜂芳弌」は無論ペンネームなのですが、由来となったのは英単語のtrifleとhotchpotchです。それぞれ「取るに足らないもの」と「寄せ集め」という意味の単語なのですが、これは以前申し上げたように、私達が基本的にネガティブな性格であることが根幹にある名前です。 私(蜂)は様々なものに対して興味を持ちやすい子供でした。 最初に興味を持ったのは「自我」についてだったことを記憶しています。

詩『呪縛』(ルネ・マグリットによる絵画作品『The Great War』に寄す)(作:虎井春)

自分の影に懐中電灯を当てて、 貴方は私の心臓めがけて閃光を放つ。 麦溜ボンボンに微酔いながら枕に噛みつく、 愚痴り合う長電話が微弱な電波を共鳴させる。 散々歩いてきたふりをして足踏みを何万回も 繰り返すだけの貴方を救える強さを。 呪いの鎖で互いの体躯が繋がったまま、 性懲りもなく抱きしめ合う毎日をいつしか 墓場の隅っこで蠟燭点けて百物語るんだろう。 爛々光っている眠気は忘却の彼方へ 寝言を吐く貴方の頬を拭える弱さを。 継ぎ接ぎの岩肌が聳える山脈の麓に、 星屑が落とした