宇樹義子(そらき・よしこ)

発達障害当事者ライター。2019年9月20日、河出書房新社より初の著書『#発達系女子 の明るい人生計画 ―ひとりぼっちの発達障害女性、いきなり結婚してみました』 https://amzn.to/2klyDVm を発売。Amazonアソシエイト利用中。

しばらくの間「どうぶつの森ポケットキャンプ」を熱心にやっていた。最初は楽しかったのだが、ここ数日、楽しさよりも苦痛が増すように。なのになぜか一生懸命やっている自分に気づいて馬鹿らしくなってしまった。どうも、「課題はこなさねばならない」スキーマが出ているよう。少し距離を置いてみる。

今日のミサは「いつか来る神の国のため、私たちは自分らの土壌を耕しておかねば」という内容。永遠の命とは、人の物理的不死ではなく「霊的には生も死もない」という、マインドフルネス的な発想転換を言っているのかもと思った。福音は常に降ってきている。私たちはその福音を実らせるための土を耕す。

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    宇樹義子

自分のままならない心身を少しずつでも許すようにしている。理想からはほど遠い障害者の自分でも、キリシタン風に言えば「デウス様のお大事」なのだから。そんな大仰なことを考えながら猫といっしょにぐうぐう昼寝している。

昨日は人間ドック。疲れてしまい、朝は寝坊して宅配の人に初めてパジャマ姿を見られる。たまった家事などしていたら午後になってしまい、仕事しようとするも頭が動かず昼寝。昼寝から起きても脳みそが回復しないので、先方に今週中の第一稿は無理と伝える。自分のこういう身体、嫌だけど仕方ないな。

自動思考に待ったをかけられるようになると、ストレス反応が起きたときに「これは自分の中の何かの要素によって起きている」と気づけるようになる。毎日、これはAからか、こっちはBからか、なんとCもあったか!と気づく。こうした「自分の洗い出し」は少なくとも当分続きそうだが、やり抜きたい。

ティク・ナット・ハン禅師によるマインドフルネスの本『恐れ』を再読中。マインドフルネスの修練では「喜び」と「悲しみ」の混ざりあった甘く切ない感覚を感じることができるとのこと。私は夫と死に別れることをイメージするとそういう感じになるのだが、泣いてしまうので困る。これでいいんだろうか…